第9話・顧みられぬ迷惑というもの

 「お見合いってそんな簡単にまとまるものなんすか?」

 「さあ…やったことないし。おばあちゃんが言うには、先方も大変乗り気だったので、ってことなんだけど」

 「うわどんな切羽詰まってんすか、このヒトを嫁に迎えよーってんだから相当なもんですって」

 「わたしに言われても。わたしが結婚するわけじゃないし」

 「センパイはうちと結婚するからそんなこと気にする必要ないです」

 「よねー」


 「「………(ちらっ)」」


 本人目の前にしてよくもそこまでざまに言えるわね、とか、ガキが結婚を口にするたあ十年以上早いのよ、とかいったバリゾーゴンを待ち構えていたわたしたちは、揃って向けた視線の先にあった相原先生の顔を見て、なんか良い感じに絶望した。


 「……センパイ、なんとかしてくれません?」

 「なんでわたしが。秋埜の従姉妹でしょーが」

 「イヤですよ、こんなオバさんうちの記憶に存在してなくて知らないひとみたいですもん」

 「だったらわたしだってイヤに決まってるわよ。身内なんだから責任とってなんとかして」

 「そもそもセンパイがお見合いの紹介しますぅ、なんて言い出したからこんなことになってんじゃないすか」

 「そんなもの本気にされるだなんて思わなかったもの。しゃこーじれー、って概念を先生に学ばせられなかった教育の敗北なんでしょ」

 「うちも結構なモンですけど、センパイも大概っすよね」

 「ありがと。気が合うって素敵なことだと思うわ」

 「っすねー」


 「「………………(ちらっ)」」


 「…………ふふっ」


 目が合った。微笑まれた。とても、上機嫌に。優雅に。かつてないくらいに。

 わたしと秋埜はその有様に恐怖し、抱き合って震え上がる。


 「……ねえ、やっぱり帰らない?」

 「と言いましても。なんか世話になったからおごらせてー、とか言われたら来てしまうのが人情ってもんじゃないすか」

 「食い意地張ったお陰で地獄に引きずり込まれた、って気にしかならないんだけど」


 まあ、なんていうか。

 とても珍しいものを見せてもらっただけで、もう充分て感じ。おばあちゃんのお見合いコネクションを紹介した見返りとしては。




 折角の休日に先生の家に何しに来ているのか、っていうとだな。

 秋埜が言ったとおり、お見合いの件では世話になったから、わたしと秋埜に何か美味しいものでもご馳走してあげよう、って言われたからのこのこやって来たのだ。いやほんと、「のこのこ」って表現がぴったりだ。何を食べさせてくれるんだろう、ってわくわくしながら自分たちの首根っこを掴んで「やめておけ」と言ってやりたい。三十分前の自分たちに。

 ……だってねー。満面の笑みでマンションに迎えてくれたまではいいんだけど、まだ顔合わせもしてない相手の写真と、釣書つりがきっていうんだっけ?…なんか相手の履歴書みたいな書類を見せられて、すげー勢いで惚気られたんだもの。あの、センセ?お見合いっていうのは顔合わせしていきとーごーして、それからが本当のお付き合いが始まるってもんじゃないんですか?


 「センパイ、言っても無駄ですって。もー舞い上がっちゃってどうしようもなくなってますもん、このヒト。世話になったから、って名目じゃなくてセンパイとデートする時間浪費させられた代償が欲しいっす。出来れば現金で」

 「まあまあ。なんかこーなるともう、何言っても怒ったりしなそーだから、普段言えないこと全部ぶっちゃけてしまえば?」

 「……しっかり覚えとかれて後が怖そーなのでそれはやめときます」

 「……そうかもね。今からこれじゃあ、お見合い失敗した時がどうなるかわぁっ?!」

 「なんてこと言うのよこの子はッ!しっ、失敗…失敗っ?!そ、そんなことになってたまるもんですかこれが最後のチャンスだと思って私は、私は……くぉら秋埜ッ!!あんたの保護者が失礼な発言かまさないようにしっかり監督しておきなさいっ!!」

 「もー、どこから突っ込んだらいいのやら……オバさん?いーからちょっと落ち着く。ハウス!」


 いや、ハウスもなにも、ここ先生の家でしょーが。

 でも秋埜が呆れつつもそろそろキレそーな感じだったので、わたしは黙っておく。


 「な、なによ」


 飲み物も出されない、招かれざる客であるわたしは、秋埜が何を言うのか今のガラステーブルの上に両手を置き、右手の人差し指をトントン叩いて苛立ちを主張する。

 流石に先生も気まずさを覚えてだろうか、片膝立ちでいたところを座り込んでシュンとなっていた。


 「男日照りが続いて結婚も急かされ、焦ってるのは分かる。まさかそんなに切羽詰まっていたのか、って父さんも謝ってたから、オバさんだけが悪いわけじゃねーけど、それにしたって今日はヒドすぎ」

 「……もう少し言い方ってもんがあんじゃないの?」

 「うるさい。一番ヒドいのはだなー、嬉しいのはいーけどなんだってうちらを巻き込むんか、ってこと。オバさん、そーゆー話出来る友だちとかいないん?」

 「…………」


 畳み掛ける秋埜の剣幕に、先生黙り込む。図星を突いたか、そろそろ反省タイムに入ったか。半々ってところかなあ。


 「まー、その辺は武士の情けで追求は勘弁しちゃる。だから、うちらにこれ以上迷惑かけんな。オバさんが幸せになることは祈ってるけど、それ以上求められたって高校生に何が出来るっての。しかも立場上、オバさんはうちらの先生。こっちは生徒。おけ?」

 「お、おーけー」

 「よし。センパイ、あと何か言いたいことあります?」


 秋埜が大体言ってくれたから別に無いかなあ、って、それでも考えるフリで首を傾げてみたけれど……なんか、引っかかる。秋埜の言説に従って完璧に物事が運んだとしても…どこかでこっちが割を食う展開になりそーな………。


 「…ま、いっか」


 …って考えてもよく分からなかったので、投げた。有り体に言えばお腹も空いたので、早くタダ飯食わせろー、って気分になった。


 「うん、いいよ。あとは約束通り、美味しいものご馳走になって帰ろ?先生、期待してますからね」

 「……わーったわよ。寿司でもステーキでもなんだって奢ってあげるわ」


 高価な食事で寿司とかステーキが出てくるってのもなんだかなあ。食べ盛りの男の子じゃないんだから。あ、そういえば中学の頃、大智がうっとりした顔で「リン姉…俺こないだすんげーウマイ肉食った!」って報告してきた時はどん引きしたなあ。


 「んじゃ行きましょ。オバさん、車出して。で、帰りは送って」

 「そこまで増長させる程悪いことした覚えなんか無いけどね。いいけど。で、中務は何が食べたいの?」


 で、昔を思い出してたわたしに、先に立ち上がって出かける支度を始めてた先生が聞いてきた。


 「高いもの!」

 「あんたには聞いてないわよ!」


 秋埜がよくぼーに忠実過ぎた。まあわたしとしてはそんなに沢山食べたいわけじゃないので、高いものならそれほど量は出てこないだろうし、それほど反対でもないのだけれど。


 ただ、その後連れて行ってもらったイタリア料理のいー感じのお店で、パスタのコースをご馳走になっている間も、話の最中引っかかっていたことが時折頭に浮かんで、デザートのティラミス(けっこーなサイズだったので、半分秋埜に食べてもらった)と紅茶を楽しんでいる最中も、なんだか気の晴れないわたしだったりする。



   ・・・・・



 「別にお詫びとかいいんですけどね」

 「そうは言ってもね…結構な醜態晒した身としては口止めも兼ねないといけないし」


 その割には緒妻さんも余裕たっぷり、という様子で、もともと綺麗な人ではあったけど最近は会う度に色気みたいなものも出てきたなー、って思いつつ、お茶の湯飲みを傾ける仕草に見入るわたしだった。まあ色気云々に関しては、大智との関係がイロイロと順調なせいだろうけど。あ、イロイロってのはダブルミーニングで、って何ゆってんのわたし。


 「そうね、お麟ちゃんのお陰で充実してるわ。色々と、ね」

 「それはなによりです。で、まあ秋埜も大智も抜きでわたしだけとサシっていうのは、なんだかいろいろ不穏なんですけど」

 「気の回しすぎよ。受験勉強の方とかどうかな、って思ってね。問題無し?」

 「それはまあ、私生活も起伏なし、ってわけにいきませんからねー…」

 「ふふっ、公私ともに充実してて結構じゃない。ね?」


 友だちが同性の後輩に恋してフォローに駆け回ったりとか、学校の先生にお見合い紹介したら離してくれなくなったとか、それって充実してるうちに入るんだろうか。

 流石に緒妻さんにぶちまけるわけにもいかない事情を脳裏の片隅に、わたしは「あはは…どーも」って愛想笑い。

 夏休みだからって医大の学生としてはそんなに暇でもないだろうに、平日の午後、わたしは緒妻さんちにお邪魔中。丁度折良く、わたしも予備校の授業は午前中で終わっていた。

 地元の名家らしく、和風の保志家邸宅は中心部からやや外れた場所ではあるけれど、結構な広さだ。今は緒妻さんのお兄さん二人も外に出ているので、家族でいっぱいってわけではなく、お手伝いさんとかいれても緒妻さんの部屋にまでお家のひとの声が届くことも無い。

 そんな中、ご招待を受けてわたしは勉強のことを聞いたり、最近ご無沙汰だけどお菓子談義なんかをしている。わたしは元々そんなに食べる方ではないけれど作る方は割と好きなので、小学生の頃からお菓子にとどまらず料理の研究に熱心だった緒妻さんを師匠と仰いでいるのだ。

 もっとも、ありがたーい教えを頂戴しても実践する時間が最近無いのが悩みの種だ。


 「最近はホットケーキミックスのアレンジばかり上手くなってしまってるんです」

 「あら、ホットケーキミックスはお菓子の材料としては万能選手よ?勉強の気分転換には丁度良いんじゃないかしら」


 なので、突っ込んだ話になんかならず、いかに簡単に、且つ美味しいものを作るか、みたいな話になってしまう。

 といって緒妻さんは現役の受験生時代も、あれこれ凝ったお菓子作ってくれたからなあ。ほんと、運動以外はなんでも出来るひと……ああいや、大智に関してはポンコツもいいところだった。そういえば。まあそんなところもかわいいひとなんだけど……あれ?


 「…あ、ちょっとすみません。秋埜からみたいで」

 「ええ、どうぞ。あ、お茶入れ替えておくわね」

 「はい。ありがとうございます」


 さてこれからコスパ最高のホットケーキアレンジを伝授してもらおうか、というところでスマホに着信。麗しき恋人からじゃなかったら無視するとこだけど、秋埜が相手じゃあそうもいかない。そんなことをしたらきっと「お菓子に負けたんすか、うちは……」って落ち込んじゃう。いやそういうことじゃなくて。


 「ああ、はいはい。お菓子談義にもっと甘味が加わっちゃうわね。気にしないからごゆっくり」

 「そんなんじゃないですよ、もー……もしもし、秋埜?」


 一応礼儀として座を外し、緒妻さんの畳敷きのお部屋から廊下に出る。

 真夏でもひんやりとした床板が足裏に心地良い。


 『せんぱぁい……たすけて……』

 「……どうしたの?」


 そして電話口の秋埜は、かつて聞いたことが無いほどに情けない声をあげていた。


 『どーしたもこーしたも…今ホテルにいるんすけど。京王の』


 なるほど。わたしは行ったことはないけど、高いホテルよね。確か。そんなところで何してるんだろ。


 『えとですねー……拉致らちられまして』

 「?!……無事?!怪我とかして…ああ、うんちょっと待って今警察に電話するから……それより無事なのっ?!」

 『………ああ、うん。そうとられてもしゃーない言い方したうちが悪いんすけど、そういうんじゃないすから。そのですねー、オバさんに引きずり込まれましてー…』


 先生に?あ、う、うん、誘拐とかじゃないのなら良かったけど…。


 「何ごとなの?」

 『……見合いっすよぅ……なんでか知りませんけど、オバさん…うちを付き添いに指名してくれやがりまして…』

 「……ごめん、秋埜。意味わかんない」

 『うちだってそんなもん分かりませんて。ていうかおばーちゃんも面白がってますもん。どーしろってんですか、うちに』


 秋埜にしては珍しいなあ…何があっても動じないことが多いのに。そんなに慌てるようなことなんだろうか。

 それにしても。


 「こないだあんなにぶっとい釘刺しておいたのに、先生も随分な話よね。教え子を妙なことに巻き込むな、って」

 『……うちは身内だからそっちでカウントした、とかゆってました。そーでなければセンパイも巻き込まれてたパターンですよぅ』


 それは流石にないと思うなあ、おばあちゃんのことだから。

 っていうか、こないだ引っかかっていたのはコレのことか。身内だから巻き添えにするのに躊躇ちゅうちょは無い、って。ひどい話だなあ。

 まあでも、そーいうことならわたしのやることなど一つしかない。


 「…うん、がんばってね、秋埜。骨は拾ってあげるから」


 ぼーかんしゃを決め込む決断をしたわたしは、明るい声で修羅に入る恋人を送り出す。


 『………うぅぅぅらみますよぉぉぉセ・ン・パ・イぃぃぃぃぃぃ……。っていうか今何してんすか?』

 「あ、緒妻さんとお菓子談義。いろいろ新レシピ仕入れたから、今度作ってあげるね」


 だからあと数時間ガマンしてね、と明るく伝えたら、地獄の底から響くよーな声色でまた恨み言を言われてしまった。仕方ないでしょ、わたしは先生の身内じゃないんだから。

 被害が自分に及ばないというのであれば、慌てる必要はない。恋人の奮戦を心から祈りつつ、呑気な気分で緒妻さんとの楽しい時間に立ち戻るわたしなのだった。

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