第7話・そう思わせてくれた彼女はきっと、ひとりだった

 本当なら、わたしたちまで付き合うことなく星野さんと今村さんの二人で出かけて、何かしら話し合いをもってもらうべきなのだろうけれど。


 「おー、ぜっこーのお出かけ日和、ですなー」

 「………そうね」


 中学生が着ていそうな、明るい水色のシミーズっぽいワンピース姿の今村さんが、右手を目の上あたりに掲げて眩しそうに空を見上げていた。もともと背は低い方だし、一見すると幼く見える言動のせいもあって、わたしたちといると中学生がお姉さんたちと一緒にお出かけ、という雰囲気になる。どーいう心積もりなのかは分からないけど、髪も黒く染め直してあるし。まあ今村さんのことだから、諸々計算尽くでの格好なんだろう。たぶん。

 で、一方の星野さんは、ゆるいチュニックにニットを合わせ、下半身はジーンズ。チュニックは白で、袖なしのニットも麻色の大人っぽい装い。普段の物腰によく似合うことは似合うけど、あんまり乗り気ではなさそう?


 「どうかした?」


 チェックを入れてたわたしの不躾ぶしつけな視線に気付いて視線が絡むと、気付いてしまった。化粧、大分気合い入ってるなー、って。

 わざとらしくチークを塗りたくったりはしてないけど、目元をだいぶいじってる。ただ、よく見ればあんまり慣れてないのが分かるくらいではあるから、試行錯誤はしたようだ。それだけに今回のデート(とは言ってなかったけど)にかける意気込みというものがうかがえる。まあ今村さんから、星野さんが今村さんのことを好き、たぶん、なんて話を聞いてなかったら気付かなかっただろーから、星野さんの作戦としては成功なんだろう。


 「ううん。こういう風に遊びにいく誘いに星野さんが応じてくれるとは思ってなかったから、ちょっと意外だなー、って」

 「ひとを尼僧みたいに言わないでよ。私だって気晴らしに出かけるくらいはするわ。それに…」


 と、隠しきれない興味をなんとか抑えつつ、って顔で、秋埜となんだか漫才みたいなやり取りをしている今村さんを、ちらと見て続ける。


 「…どうせこないだの相談の続きなんでしょう。持ちかけた身で断ることなんか出来ないわ」

 「まあそれはそうか」


 肩をすくめて作戦の第一段階が失敗したことを白状する。もっとも本命は、星野さんが今村さんに抱いている気持ちの存在に気がついてもらうこと、なんだけど。


 学校で話をするくらいの関係しかない二人を、夏休みの最中にどーやって二人きりにするのか上手い口実も思いつかなかったので、今日はわたしと秋埜のデートに付き合わせる、という設定だった。当たり前の話だけれど、夏休みの、貴重な日曜日に。だって平日と土曜は予備校があって、勤勉な受験生たるわたしと星野さんが出歩けるのなんか日曜日しかないのだし。


 「さーて、面子が揃ったことなんで、早速行きましょーか」


 そーいうことを心配しなくていい二年生組のうち、今回は比較的責任の重くない秋埜が張り切った声をあげる。

 わたしと星野さんはそれを聞いて一様にため息をついた。内心は大分異なっていただろうけれど。




 で、四人でどこに行こうか、って話だったけど、その点についてはわたしと秋埜でよーく話し合って決めた。

 最初、海とかプールとかも考えたのだけれど、女の子四人組で行くとナンパとかが鬱陶しいしなー…ってことで却下。それ以前に八王子の高校生にとって日帰りで海というのはハードルが高い。

 動物園は、真夏の盛りの中屋外で一日過ごすとか、判断力がアレしてとんでもない結果を導きかねないし。

 結果、相模原の水族館、という選択になった。動物好きの秋埜の意向が強く反映された結果ではあるのだけれど、冷房も利いてるしわたしとしても文句は無い。


 「子供の頃何度か行ったことがあるわね」

 「あ、そうなの?じゃあ失敗したかも…」

 「ふふ、大丈夫よ。友達と来るのは初めてだから、それはそれで新鮮だと思うし」

 「そっか。じゃあ案内は星野さんに頼もうかな?」

 「中務さんと鵜方さんのデートなんでしょう?わたしに案内させてどうするの」


 行き先を教えた時の星野さんはそんなことを言ってたけれど。

 八王子から横浜線一本で相模原駅へ。そこから水族館へはバスも出ている。

 道中、年長組と年少組…って表現すると幼稚園みたいになってしまうけれど、星野さんとわたし、秋埜と今村さん、って分かれて会話になってしまった。それは車内での座席の関係もあったけど、星野さんはもとより今村さんも何か警戒するような心持ちになっていたからなんじゃないだろうか。

 秋埜とも視線が合ったとき、「どうする?」「あんまよくないっす」って感じのアイコンタクトもあったから、現状雲行きとしてはわたしの思った通りにはなっていない。まあこの件でわたしに出来ることなんかそれほど無いのだけれど。


 「ふむ。では現地に着いたらあっきーと麟子先輩は二人きりにしてあげて、あーしと星野先輩で周りましょーか?」


 そして目的地に到着し、さてどーしよーか、と首を捻っていたわたしの悩みを解決してくれたのは、意外なことに当事者の一人たる今村さんだったりする。


 「うちはおっけー。っていうかセンパイと一緒にしてくれるもっちーに今年最大の感謝を捧げちゃる」

 「うっせえやつだな、あっきーは。別にあーしもウマには蹴られたくねーから好きにしろ、好きに。てことでセンパイズもそれでよろしいか?」


 提案を聞いてどこか逡巡しゅんじゅんする様子を見せていた星野さんからは見えないように、今村さんがわたしにウインク。なんなのこの土壇場での頼もしさ。

 後輩に友だちの苦境を託す、ってことに少し心苦しさはあったのだけれど、もうこうなったら今村さんだけが頼りか。わたしはもとより秋埜だってアテにならないし。っていうかこのコ、わたしとのデートにするつもりでめっちゃ興奮してて、全然役に立ちそーにない。困ったものだ。


 「わたしはいいけど。星野さんは?」

 「………っ、う、うん…構わないわ。今村さんもいいの?」

 「本音を言えば、あっきーが麟子先輩を襲って返り討ちに遭うところを遠くから見届けたいのですが。ま、野暮ヤボは無しってことで。星野先輩もあーしでよければお付き合いくださいな」

 「うん……まあ、よろしく」


 なんとなく、そんな流れになった。

 星野さんがどこか浮ついた、というかふわふわしてたのが気になるけれど、まさか後を付けるわけにもいかないしなー。


 「んじゃな、あっきー。末永くしあわせになー」

 「おー。まあうまくやれよー」


 なんとも気の置けないやりとりの後輩二人だった。

 さて、なんだか今村さんに星野さんが引っ張られていく、って態の姿を見送ったわたしたちのやることとなると。


 「…あと、つけません?」

 「つけない。まあ言うとは思ったけど、わたしをほっといてそうしたいならお好きにどうぞ」

 「ああっ、センパイのいけずっ!!」


 そんなこと言われてもね。

 けど二人になればいつも通りの秋埜とわたしだ。先に入館していった二人のことは気にしつつも、わたしたちは自分のデートを堪能したのだった。



   ・・・・・



 その後、特に連絡もなく現在に至る。

 わたしはお風呂からあがって自室で髪を乾かしながら、星野さんたちがどうなったのか考えている。

 途中星野さんに、帰りはどうする?ってLINEを送ると、返事があった。自分たちで帰るから、わたしと秋埜は好きにして、って。

 送って割とすぐの返信だったから、あんまり上手くいってないのかな、って秋埜と話ながら帰ってきた。それ以上踏み込むのもなんだか微妙な空気で、それが伝染したみたいにわたしと秋埜も帰りの道中は静かになって、きっとそれははしゃぎ疲れて、ってことじゃなかったと思う。


 「……どうしようかなあ」


 わたしが悩んでいたときに話を聞いてくれた、星野さんの顔を思い出す。聞いてくれた、っていうよりわたしの様子がおかしいとでも思ってか、無理矢理連れ出されてなし崩し的にそーいう話になったのだけれど。

 …そういえば、秋埜のことを思っておかしな気分になったりしないか、って聞かれてもにょもにょしたんだっけか。いや最初は否定して、でも…それよりも前に大智に対して抱いた、肌を重ねたい、って欲求を秋埜にも感じるのか、みたいに聞かれてそれで自覚したんだっけか。

 ……秋埜と、したい、か。

 そりゃあ…まあ、したい。わたしだってその頃とは違って、女の子同士でいっしょに気持ちよくなる行為のやり方とかは、知っている。ていうか勉強した。したあとに自習もした。ひとりでもこーなんだから、秋埜と一緒だったらどうなるんだろう、って思った。その後、機会はあったけど果たせてはいない。


 「………」


 そんなことを考えていたら……まあ、そうなるよね。わたしだって、気持ちいいことしたいもの。


 (秋埜ぉ……)


 ベッドの上。その端に腰をおろした姿勢からこてんと横になる。そのままごろりと、ベッドの真ん中に移動。あ、部屋が明るいままだった。電気消して……お父さんたちはもう寝たのか、廊下の灯りも消えている。

 仰向けから右に体を向け、両手を足の間に差し入れた。パジャマと下着の布地の向こうにある自分自身を強く意識する。それだけで下半身をなにかが侵してくるのを感じた。


 (…ん、あきの……っん、う、ん……)


 大好きな彼女の顔を思い浮かべる。わたしだけを見て、とても切なそうに微笑む。それから想像の中の秋埜は、我慢出来ないみたいに目を瞑ったまま、わたしを奪った。唇を。舌を。

 足の間の感触を惜しみながら左手を抜き出す。右手はそのまま。じっとしたままだけど、あてているだけで何かが違う。それから左手をゆっくり顔の前に持っていき、指を自分の唇に当てた。それだけじゃ足りない。もっと、強く侵して欲しい。

 人差し指。中指。抵抗するフリだけはする自分の唇を押し分け、中に入れた。指二本で自分の舌を摘まむ。優しく、でも秋埜がしてくれるように、激しく求めて。


 「……ふっ、ん………ひぅ……」


 声を押し殺したつもりで、けれど抑えきれない嬌声が、早くも洩れ始めた。

 自分の左手に侵される口。右手は…まだ、早い。

 しばらくしゃぶったあとで口から引き抜いた左手の指は、暗がりの中でも僅かな明るさを投じられることで、自分の涎で濡れているのが見えた。わたし、すごくいやらしい。すけべだ。分かっていても、彼女と一つになるところを想像して、止められない。


 「……はあ……あきの、さわって…ンっ!」


 この間は結局秋埜の指に直接は触れてもらえなかった、わたしの敏感なところ。パジャマのボタンを一つ、二つ、三つ外すと、そこが丸見えになってしまう。本当に見て欲しいひとの視線を、焼き切れそうになる頭で想像しながら、濡れた指で先端に触れた。


 「!!………っ、だ、め……これ……すご、っ……ん、んんッ!」


 触れるだけじゃ足りない。もっと、もっと秋埜にいじって欲しい。触るだけじゃない。押し潰してもいいから、強く、いじめて欲しい。ううん、指だけじゃなくて、舌でねぶって、秋埜の同じところと重ねて、二人一緒にはしたない声を遠慮なくあげたい。


 (ん、っく、んん………んんんッ!!)


 必死でパジャマの襟を噛み、声を堪える。時間はどれくらい経っているのか。よくわからない。けど、もういい。時間のことなんか知ったことか。気持ちのいいことを、止められない。秋埜と一緒に気持ちよくなりたい。

 そんな風にして何分か経った、と思う。それでも、越えられなかったもの。わたしの、女の子のところに、それはある。


 (っ、はあ………ん、もうすこし、ね………あきの?)


 たかぶりが収まってしまわないように左手で胸を揉みしだきながら、今度は右手の指を口に含む。たっぷりと、まぶすように唾液を絡める。もういいか、って熱くなった指先を口から出す。たぶん、涎がすぅっと糸をひいていただろう。見えなくてよかった。見えたらきっと、そのいやらしさだけで達してしまっただろうから。


 (………ん、んん……あきのぉ……さわって…わたしの、だいじなとこ……いっぱい、いっぱいさわって…ぇ……っ!)


 音に出してたら悲鳴にすらなり得ただろう、声にならない叫びと共に、濡れた右の指先を下半身にあてる。パジャマのズボンのなかに。それから、下着のなかに。


 (…うわ、こんなになってる………えっちだなあ、わたし……)


 もう恥ずかしくて自分でも見られない有様になっているだいじなところは、わたしの指を…ううん、秋埜を迎える準備はとっくに整っている。

 まばらな茂みを這って、指は先に進む。左の方も、ずっとサボらずに敏感な先端を捏ねている。

 上半身の刺激は、でもこれから下半身で得られる悦びに比べたらずぅっと足りないことだろう。けれど、どんな僅かな快感も取りこぼしたりするもんか、って、いっしょうけんめいに左手を蠢かしながら、わたしの右手の指はそこに向かい、そして……。


 「………?……え、わあっ?!」


 …きっとわたしの五感は、全てにおいて過敏になっていたんだろう。いつもならそれほど気にもならないLINEの着信音に耳が吃驚びっくりしてしまい、跳ねた体はその勢いのせいか、寸前まで全身が溜め込んでいた快感なんかあっというまに霧散してしまった……………………って、わたしはひとりえっちすら最後まで出来ないのっ?!


 「……うー、もう、誰よぉ…秋埜だったら責任とらせちゃるっ!!……って、あ……」


 上のか下のかはわかんないけど、自分の出したモノで濡れてた右手はやめて、まだかろうじてマシな左手でスマホをとる。相手が星野さんと分かると、慌ててトークを開いた。

 わたしと、星野さんだけのルームの、そこには。


 『ふられちゃった』


 と、それだけが新着のメッセージとして、あった。

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