第21話『究極のおっぱい』


突然だが今、俺の手の中に大きなおっぱいがあった。

意識がハッキリしない中――俺こと大灰触は今、最高の夢を味わっていた。

――そう。今、俺の手の中には水をたっぷり入れた水枕のようなぼよんぼよんと弾力のある柔らかいおっぱいを掴んでいたのだ。

視界も真っ暗だし、他に音も匂いもそして味も無い、触覚だけを残した夢の世界の中で俺はそれはそれは見事なおっぱいをもみもみしているのだ。

女の子のおっぱいは男のロマンであり、そしていつの世でも多くの男が求めるものでもある。

俺は夢の世界でほの温かい柔らかなおっぱいをどれくらいか解らないほど揉んでいた。

――ああ、いつまでも揉んでたいなコレ。

俺はこの現状に何の疑問を抱くことなく、ひたすらおっぱいをもみもみし、至福の時を味わっていた。その時、不意にどこからか小さな声が聞こえてきた。

……ク

(……?) 俺はその声に気付き、いつの間にかおっぱいを揉むのを止めていた。

……ョク

(何だ……? この声……どこかで……)

「ショク」

その瞬間、俺の体は夢の世界から飛び出し、俺は自らの感覚を全て取り戻す。目の前には――

俺の傍で横になったエニスの顔があった。

俺は大きなベッドの上でエニスと身を寄せ、向かい合わせになって眠っていたのだ。

「――なっ……?」

動揺に上手く頭が働かない俺は、自分の手にまだ夢で感じた感触が残っていることを理解し、自らの伸ばした両手の先へそっと視線を落とす。

その手は、エニスの大きなおっぱいをむぎゅうと鷲づかみにしていた。夢の中と全く同じ感触。

「ショク……よかった。起きたんだね」

おっぱいが握られても気にせず、その微笑んだ口から僅かに漏れる甘い吐息が俺の鼻先を撫で、気付けば俺はベッドから飛び上がっていた。

「んなぁあああああ――――――ッ!!?」

幸いベッドから出た俺の姿は素っ裸のエニスと違い、昨日から着ていた制服のままだった。

「ショク……どうしたの?」

掛け布団を身によせながらエニスはベッドの上で体を起こし、動揺する俺をいつものように見つめてくる。何て光景だ。朝日の差し込むベッドの上で半裸で腰を起こしているエニスの姿はまさしく、俺が夢までに見た事後そのものの光景だ。

「どうしたの――って……あれ? ここは、どこだ?」

俺はベッドから出た自分の周囲を見渡して言う。

俺達の寝ていた唯一の大きなベッドの他には、豪奢な装飾品や家具などが散りばめられていた。

傍の部屋の壁にはめ込まれた大きなガラス窓からは、眩い朝の日差しが差し込んでいた。

「女王様の部屋……私も今起きたところだからどうしてここにいるのかわからない……」

「そういえば、この部屋見覚えが……。――!! そうだ。こころはどうなったんだ……?」

「え?」

エニスが目をぱちくりとさせて言う。

俺はエニスに答える余裕も無い位、俺は真剣にこれまでの事を思い出そうと記憶の糸を辿る。

昨夜、魔法を使いすぎて血を吐いて倒れた俺が目覚めた時――そこには傷一つ無く元気になっていた女王とカナデ、ティミト、レニティア、カナデがいた。

どうやら俺は女王の回復魔法によって息を吹き返したというのだ。

それから俺は手短に女王達からエニスは逃げたシルフを追って空へ行ったと、事情を説明された時、俺もすぐさまシルフを追う事を決め、空へ向かったエニスの元へ魔法を使い、急いでいた。

何故俺がエニスの所へ向かったか。その理由はエニスは恐らくシルフを――こころを殴れない。

俺は人を傷つけることが文字通り死ぬほど嫌いなエニスの性格を知っていた。

そして、二行目の刻印で強化された魔法の風で俺は、シルフに飛ばされて落ちているエニスを受け止め、そしてシルフを思い切り殴りつけ――気絶させた。

それから……それからの事はよく覚えていない。

女王やカナデ達が俺の風の魔法でゆっくりと降り立った俺達へ駆け寄るのを見た瞬間、俺は安堵と共に猛烈な眠気に襲われ意識を失ったのだ。

先ほどのエニスの言葉から察するに同じくエニスも俺とほぼ同時に死の淵から乗り切った安堵のあまり意識を失ったのだろう。

「こころは大丈夫なのか……? それにシルフは……」

女王の部屋で目覚めた俺の頭の中にはそんな疑問がどこまでも膨れ上がってゆく。

思えば俺はこころの体からシルフが出るのを見届けていない。

ただ、シルフの纏う風が消えただけで、もしかするとまだシルフは――

「その疑問、私が同時に答えましょうか? ――おにいちゃん?」

「え……」

俺はその聞き覚えのある声に呆然と立ち尽くし、明るい声と共に扉を開け入ってきた一人の少女に目をとめる。

それは長い黒髪を頭の後ろで大きな赤いリボンで纏めてポニーテールにした、胸の無い小学生のような体形に女王の法衣を子供向けに小さくしたような純白の衣服を纏った――

愛忠こころ。俺の妹がいた。

「こ……こころっ……! お、おまえ――うぐぅっ!」

どーんっ!!

俺が何かを言おうとする前にこころはラグビー選手のような素晴らしいタックルで俺の無防備な腹めがけ頭から突進してきた。

「ぐふっ……お、おま――」

俺が痛みに呻いていると、こころは俺の体に顔をうずめてぎゅう、と抱きしめた。

「……おにいちゃん」

「……?」

「こころね……さっきこのお城の女王様から全部聞いてきた……」

こころの口からでた『女王様』と言う言葉。

俺より先に起きていたらしい、こころは既に女王と会っていたのか。俺は静かに口を開く。

「……何をだ?」

「おにいちゃんが……こころを、それからラウンズヒルっていうこの国の皆を助けてくれたって事。……だからね……その、おにいちゃん……助けてくれてありがと。また会えて嬉しいよ……っ」

こころは顔を俺の腹にうずめたまま小さく言う。こころの言葉にもう先ほどのような悲しみを感じさせるものは無かった。

その、どこか恥ずかしくも嬉しそうなこころの声に俺は思わず微笑んでいた。

「俺もだよ。……とにかく、お前が無事でよかった」

「兄妹の感動の再開は無事に済んだようですね。いやぁ。よかったよかった」

部屋の扉から聞こえてきた予想外の声に俺はビクゥッ!と身を震わせ驚く。

「じょっ……女王様!!?」

相変わらず白い法衣を纏っている女王は俺の驚きの視線を半ば無視するようにすたすたと開いた扉から部屋の中へ入ってゆき、ベッドにいるエニスの方へ歩み寄り何かを手渡した。

「ほらエニス、隣の衣装棚から服を持ってきてあげましたよ。どうぞ。私のお下がりですよ」

「あ、ありがとうございます……」

エニスはベッドの上で戸惑いながら差し出されたその服を受け取った。

「エニス。シルフの件は良くがんばりましたね。あなた達『黒百合』は見事、この国ラウンズヒルを守りぬきました。本当にありがとうございます」

「い、いえそんな。女王様の力もあってのことで――」

「ふふふ。エニスさん。私が『黒百合』に協力したのはあくまで非公式の事です。他の国民の皆さんにはくれぐれも内緒にして下さいね? ……特にあの宰相のジジイには」

「……?」

俺はこころから離れ、妙なやり取りをしているエニスの傍の女王へ駆け寄ってゆく。

「じょ、女王様! アンタ何、そんな露出の高い恥ずかしい服をエニスに渡しながら世間話してるんですか!? 寄る歳波に負けて、ついに痴呆症までこじらせ――ぎゃあああッ! 痛い痛い痛い痛い痛いッ!」

「んー? ショクさん、何か言いましたかー?」

「言ってない! 言ってないですぅ!! 女王様! こ、コブラツイストは止めてェーッ! いっ、息がぁー!!」

最早、パターンとなったこの流れ――しかし、今日はその流れを変える一人の人物がいた。

「おにいちゃんっ!!」

こころは鋭く叫び女王と俺の方へ走る、時間にしておよそ一秒後――こころの体が宙を舞い、こころは走ってきた勢いをもったまま女王の横腹に足裏を叩きつけるドロップキックをブチかました。

「いもうと・あた――――っく!」

「みぎゃう・ぶいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!??」

女王はこころの人間離れした力のキックを受けて真横に飛ぶとやがて部屋の壁に体をぶつけ「ふみゅう」と短く呻き、その場に崩れ落ちた。

「おにいちゃんっ、大丈夫?」

ようやく解放された俺が目を開けたとき、そこには俺を心配し不安げに顔を覗き込んでくるこころの顔があった。

「あ、ああ……」

俺はこころのドロップキックを受け吹っ飛んだ女王の事を心配しながら、こころが差し出してきた手を借りてよいしょ、と起き上がる。

「あの女王……ッ! こころのおにいちゃんになんて事を……ッ!!」

俺を守る為、女王を蹴り飛ばしたこころに俺は自分の居た世界でのこころが今まで俺にしてきた数限りない非人道的なオシオキ思い出しながら複雑な思いを味わっていた。

こころの目は部屋の壁でくずおれる女王をギロリと危ない目つきで睨んでいた。

――……あ、れ……? 俺はそこで初めて目の前のこころに疑問を抱く。

「おい、こころ……お前その目――」

俺はこころの両目を交互に指差す。こころは俺の疑問に気付いたようで目を僅かに見開く。

「あ……気付いちゃった? えへへ」

こころはそこで無邪気に笑ってみせる。

俺を見るそのこころの目は俺の知っていたいつもの黒色の目ではなく――その目はまるで『水晶』のように透き通った『藍色』に輝いていたのだ。

「う……ぐ……し、ショクさん」

何か苦しそうな声がしたと思い、その方を見ると、そこではドロップキックを受けた女王がよろよろと壁に手を着きながら立ち上がり口を開いていて、やがて続けて言う。

「こころさんはどうやらシルフとの戦いの後……召喚女士(ミストレス)になってしまったのです」

「え……ええッ!!?」

俺はとっさに傍のこころを見つめる。

女王がよろよろと横腹をさすりながら俺達に近づいてきて、また口を開く。

「どうやらシルフはこころさんの体が意識を失う寸前、こころさんの目に召喚石となって入り込んでしまったのです。その影響かこころさんの左腕の刻印も消えてしまいました……私も、シルフにこんな事ができたとは思いもしませんでした」

「入り込んでって……そ、それじゃあ……こころはまだシルフに体を乗っ取られたままなんですか……?」

俺が震えた声で不安を口にすると、女王は安心させるように微笑み首を横に振った。

「いえ、召喚石となった召喚獣はその自我を完全に失います。従って、こころさんはシルフの力を得ただけで、もう体をシルフに操られる事もないでしょう」

言って女王は最後に、私に捕まりたく無かったシルフの最後の抵抗といったところでしょうか――と締めくくった。

俺は、その言葉に安心しつつも、どこか複雑な思いで目の前のこころの藍色の輝きを持つ召喚石を見つめた。

――こころがエニス達と同じ召喚女士(ミストレス)になったのか……

「どうしたの? おにいちゃん?」

「いや……何でもない心配するな」

俺はそう言って、こころの頭を撫でてやる。

こころはそれにえへへ、と嬉しそうに笑顔を見せて喜んだ。

「女王様……」

「はい、なんでしょう?」

貰った服を体の前に抱え持ったまま、ベッドの上で腰を起こしているエニスの声に女王が振り返る。

「カナデ達……他の皆はどこにいるんですか……?」

「心配要りませんよ。ほら、もう着く頃です」

女王がいたずらっぽく微笑み、視線をエニスからスッ、と動かして部屋の扉へ向ける。

するとその開いた扉の向こう側から数人のにぎやかな声が聞こえてくる。


「えにえにとショク……大丈夫かなぁ? すっかり遅くなっちゃった」

「もうっ、誰のせいだと思ってんの? ティミト、アンタがいつまでも服を着ないせいで遅れたのよ――ってアンタいつの間に服脱いでるのよ!?」

「えーだって、こっちの方が軽くて涼しーんだもん? ね、れにちー?」

「ええ、そうですわ。衣服を纏えばその分、召喚魔法の発動も遅れますし……カナデも露出癖があるのなら解ってくれそうなものですが……」

「だっ、だからぁっ! 私に露出癖なんて無いっての!!」

「えー? そうかな……あっ、かにゃで。そういえばボディスーツ新調してるよねっ!」

「そっ……そうよっ! 今更、それがどうしたのよ。アパートを出た時から着てたでしょう? ……な、何よ二人共ニヤニヤしてっ……気持ち悪いわね」

「ねえ~かにゃで~? そのボディースーツちょっと肌の露出高くなってない~?」

「な……っ!! そ、そんなッ少ししか違――」

「ええ、そうですわね。ここの横腹の部分に縦に丸く開いた所とか、胸元の谷間を強調するように開いた部分とか、そのボディースーツの全体の色といい、総合的にいやらしさが高くなってますわ……」

「べっ……別にこれはエニスを助けてくれたショクに喜んでもらうよう選んだとか、そんな訳じゃなくって……その……」

「ふむ……なるほど。カナデはわたくしと同じくショク様に身を尽くすタイプですのね? エニスに続き、カナデもわたくしのよき恋敵(ライバル)になりそうですわっ!」

「身を尽くすタイプ、かぁ。あたしはどっちかって言うと攻める方かなぁー。温泉の時、えにえにを泡でくすぐって、喘ぐ声を聞くのが好きになっちゃったみたい。あぁ、またえにえに苛めたいなぁ~……♪」

「変なのに目覚めてんじゃないわよ! このド変態ッ!!」

「ぎゃんっ! れにちぃ~かにゃでがあたしをグーでぶったぁ~っ!」


「「「「…………」」」」

ドアの向こうから漏れる、そのカナデ達の会話の一部始終を聞く女王の部屋の中にいた俺達四人は皆、その会話の内容に皆、何も言えず、口を閉ざし沈黙していた。

やがて静まり返った女王の部屋の中で一人、こころが俺にむけて静かに口を開いた。

「ねえ……おにいちゃんの仲間って、おにいちゃん以上に変態なの?」

それに俺は首をかしげて――

「おっ、おかしいな。もうちょっとマトモな奴等だったと思ってたんだが……」

俺が曖昧に言うと、やがて開かれた部屋の扉に、廊下から歩いてきたカナデ達三人が姿を見せ、そのまま俺達のいる部屋の中になだれ込むように入ってくる。

そしてその中で、女王は皆が揃った時に言っておきたかったことがあると言って、

『エニスの国外退去の処分取り消し』がシルフの一件を解決した事で今朝の協議の結果、正式に決まったことを伝えた。

それに俺を含む、皆がその報告に喜び、カナデやティミトやレニティアも涙を流して、処分の撤回や俺達の無事を飛び跳ね、嬉しそうに喜んでくれた。

やがて意気投合したのか、こころはティミトとレニティアに話しかけて行き、二人は仲良く楽しそうに話を交わしている。

――そして、ベッドの上のエニスに泣きじゃくりながら抱きついているカナデのボディースーツは確かに露出度が上がってセクシーになっていた。

あと、もう一つカナデは服装をセクシーに変えてきたことで俺の視線を意識しているのか、時々カナデは頬をほんのり赤く染めてエニスと話しながら俺の方をちらちらと見てくる。

――うーん、カナデがここまで可愛くなるとは正直思わんかったぞ。しかし、おっぱいではカナデはエニスに少し負けているので総合的な可愛さは今のエニスの方が『遥かに』上だ。

「え!? ティミトちゃん、ホントに!?」

「うんっ。女王様に聞いてみれば?」

その頃、ティミト達と談笑していたこころは部屋の隅でまだ痛むのか蹴られた横腹をさする女王へおずおずと近づいていった。

「あっ……あの女王様?」

「ひ――、なっ……何ですか?」

その場から振り返って返事をした女王の言葉の裏にはほんの僅かに目の前のこころに対しての恐怖が見えた。

「その……こころも『黒百合』に入ってもいいですか?」

その言葉に驚き、俺はすぐさまこころに駆け寄っていた。

「――なッ!? こころ、お前何を言い出すんだ!!」

「これからこころも……おにいちゃんとこの世界にいるんだもん。元の世界に帰れるようになるまでずっと一人で待つのなんて嫌だもん……。こころ、おにいちゃんのお手伝いがしたいっ……だって……こころは……こころはおにいちゃんのことが、だっ……大好きなんだもんっ……!」

「……こころ。でも、お前は刻印の力を失って――」

「それでも、『召喚魔法』は使えますよ。ショクさん」

「女王様……?」

すると、その女王の言葉の後を引き継ぐようにレニティアとティミト、そしてカナデが――

「ショク様。あなたの妹君――こころ様が持つシルフはエニスの『火蜥蜴(サラマンダー)』やカナデの『土塊翁(ノーム)』という強大な力を持つ四大精霊の一つに数えられ、こころ様は貴重な戦力になりますわ。わたくしもショク様の妹君ならば是非、歓迎したいと思っていましたの」

「それにっ! 今この国にはもうあたし達以外の召喚女士(ミストレス)はいないんだよ? シルフを持つこころちゃんが戦力になってくれればあたし達すっごく心強いよ!」

「私も、その案に賛成するわ。……ねえショク、まかせて。いざという時は私がこの子を守ってあげるわ」

「お、お前ら……」

「で、でもやっぱり私はできればその……あまり戦闘に不慣れなこころさんに危険な事はして……ほっ、欲しくは~……」

そう言って女王がチラッ、とこころを見る。

「――――――――――――(ギロリ)」

「ひっ、ひぃぃっ! ……さっ、賛成ッ! 賛成でェーすッ!! 私はこころさんの『黒百合』入りに喜んで賛成しまーすッ!」

何に怯えたのか、女王は法衣の袖をばたばたさせ、慌てふためきながら言う。

部屋の隅では、「もっ、もういいでしょう!?」という声が小さく聞こえたような気がした。

その時、不意に俺の前に誰かが姿を見せる。それは、女王の持ってきた服に着替えたエニスだった。

「ねえ、ショク」

「あ、ああ。どうした?」

「その……私…………――ッ……」

目の前のエニスの表情が途端、くしゃっ、と悲しみに歪む。

俺は驚き肩を震わせ、突然泣き出したエニスを両肩にそっと手を置く。

「お、おい、エニスどうしたんだよ……!?」

「私……シルフの時……また何度もショクに助けられた……な、なのにっ……なのに私、ショクに何も出来なかったっ……ごめんなさい、ごめんなさいっ……」

しかし、俺はそんな申し訳なさそうに謝るエニスの頭に手を置いてやった。

「そんなことない。エニスは俺に十分恩返ししてくれたよ」

「え……」

「エニスは皆がシルフに倒される中……片腕を失っても、たった一人でシルフの前に立ちはだかった。お前があの時、立ち上がらなかったら俺はシルフに怯えきって皆に俺の三行目の魔法を唱える事はおろか、立つ事すらできなかったんだ……」

「…………」

「こころや、俺達の命が今こうしてあるのは、全部――全部、あの時、シルフの前で立ち上がったお前がいたからなんだよ。――だから……」

「ショク……?」

「だからあの時、お前は俺に戦う勇気をくれて……十分すぎるほどの恩を返してくれたんだよ……エニス……ッ」

「……ショク」

俺は気付けば涙を流していた。

目の奥が熱くなって、堰を切ったようにとめどなく涙が溢れる。

エニスに言った俺の言葉はさぞ涙声に裏返っていて、カッコ悪かっただろう。

これで、エニスの前で泣くのは三度目だ。我ながら情けないその数字に俺は心の中で苦笑した。

女の子の前で三回も涙を見せるなんて、無様にも程がある。――あ、ティミトの対決の後に女王にも一度見せかけたか。

――そして、エニスはそんな情けない姿を晒す俺にそっと近づき、その細い手で優しく抱きしめた。

俺の体にエニスの肌が優しく押し付けられる。

「え、エニス――?」

「……ショク。……私、ショクが元の世界に帰るためなら何でもしてあげる」

――な、なな何ィィィィィィィィィィィィィッ!!?

俺は今まで泣いていた事も忘れ、エニスに抱きしめられながら、その言葉に更にドキドキした。

「い、いや、そ、それは……その……――」

エニスは俺のよこしまな考えを知る由も泣く、ただ抱きしめた俺を顔を真っ直ぐ見つめ、言う。

「だから……ショク。元の世界に帰るまでは……その……私の味方でいて、欲しいの……」

「――! …………ああ。当然さ、俺はエニスのサポート役なんだ。約束は守るよ」

「ありがとう、ショクっ……!」

俺はエニスに抱きしめられながら、エニスの正直な気持ちに答えてやれた事を嬉しく思っていた。

ただ、エニスが俺に味方でいて、と言ってくれた事が俺にはとても嬉しかった。

満足した俺はやがて、抱き合ったすぐ横のエニスの耳へ向け小さく話しかける。

「それよりエニス……その――今、何でもするって言ったよね?」

「え……う、うん」

「それなんだけど……その~……え、エニスのおっぱい触らせてくれない?」

「え……えっと……どうして?」

(り、理由を聞くのか!? 何でもするって言ったのに!)

「え!? い、いやその……昨日シルフと戦った時に刻印が三行目まで出たじゃんか。もしかしたらもっと触り続ければもっと沢山の行が出て――」

――――ビキ。……覚えのある殺気。

「ショク……アンタはエニスに何を言ってくれてるのかしら?」

そのすぐ傍からの声のあった方へ目を向ければカナデがすがすがしいまでの笑顔で眉をピクつかせながら俺の肩をギリギリと万力のような力で締め付けていた。――し、しまった……! 今のやり取りが聞こえていたのか!?

「い、いや……その……」 また殴られる! 俺がそう思った時――

「……――みなさいよ」

「へ?」

カナデは殴りかかるそぶりを全く見せず、顔を床に向け恥ずかしそうに――

「おっ、おっぱいを揉みたいのなら、エニスじゃなくて私のおっぱいでもいいんでしょう……!? ……わ、私はその、別に気にしないから……それに……」

「……それに?」

カナデが俺を愛らしい上目遣いで見上げてくる。

「私も……エニスを助けてくれたショクにお礼がしたいし……――って、な、何言わせんのよ……っ。もう……恥ずかしいじゃないっ……!」

「……ッ!」

俺のすぐ傍でカナデは今や、顔を耳まで真っ赤にし上目遣いで俺を見つめてくる。

その羞恥に潤んだ目は、少し――いや、とんでもなく可愛く俺はその殺人的なまでの可愛さに思わず息を呑んだ。

今のカナデが見せた、いじらしくも見事なツンデレっぷりはこの世界に来た初日、城でエニスの代わりに胸を触らせると言ったカナデの比じゃない。

しかし、それはエニスのおっぱいのように俺の正気を失う程の物ではなく、一まず俺は安心した。

――おお危ない危ない。危うくエニスに抱かれながらカナデを本気で好きになりそうだった。

「カナデ、自分だけ抜け駆け出来ると思っていますの? 今、この場にはわたくしとティミトもいるんですのよ?」

「そうそーうっ♪」

後ろからやってきたレニティアとティミトにカナデは驚いたように振り返る。

「レニティア……ティミト……! で、でもっ私は――」

「そして、わたくし達もカナデと同じ気持ちで、ショク様におっぱいでお礼を返したいと思っているんですのよ?」

「そうそうっ! おっぱいに魔力があるのは、かにゃでだけじゃないんだよーっ? あたしだってショクにお礼をする為におっぱい揉んでもらいたいよーっ!」

「……? おっぱいを揉ませてあげるのはショクにとってお礼になるの……?」

「はぁ……。エニス……ここに来てショクにそんな事を言えるのは大したものだわ」

「……???」

まだ首をかしげ、解らない表情をするエニスにカナデが顔を手で覆い、その純粋さに本気で呆れている。

すると突如、ドドドドドーッ!と部屋の隅でこの騒ぎを聞きつけたらしい女王がカナデやレニティア達を押しのけ猛然と俺に向かって突進してきた。――それに驚き、迂闊にも俺は抱きしめていたエニスから体を離してしまう。驚く暇も無く俺の前にやってきたその女王は今や鼻息を荒げていて、やがてすごい形相のまま俺に言い放つ。

「ショクさん! 私、これまで胸が思ったより無いとか、物足りないとか色々ショクさんに馬鹿にされたままでは悔しいので私のおっぱいをもう一度揉んでくれませんか!?」

「は、はぁ!?」

「私も国を救ってくれたショクさんへお礼したい気持ちは皆と一緒です! ――それに、そこらの大きいだけの乳袋なんかよりも、私の方が手にフィットする丁度良いおっぱいの揉み心地が味わえますよ!?」

女王のハイテンションぶりに俺が驚いていると、突然レニティアが女王の前にぐいっと進み出て興奮した声で言う。

「女王様!!? 乳袋ってわたくし達のおっぱいのことですの!!? この国に生きる一人の民としてそのような呼び方は聞き捨てなりませんわ!!」

「おっ、お黙りなさい! 貴方達もそんな揃いもそろっておっきなおっぱいをぶらさげて……それは私に対するあてつけですか!? あてつけなんですか!!?」

「じょ、女王様? 一体何の話なのー!?」

「女王様! この前は私がショクにおっぱいを揉まれるように仕向けたくせに、今更しゃしゃり出てこないでくださいよ! ショクには私がお礼します!」

「ええいっ! うるさいですカナデッ! わ、私だって女王としてのプライドが――!!」

この女王と召喚女士(ミストレス)三人のやり取りはいつまでも続くように思えた。

俺はまたも、その彼女達の口喧嘩に口を挟めず呆然と立ち尽くす。

「……どーすりゃいいんだ?」

その時―― 「おにいちゃんっ!!」

「「「「――――!?」」」」

その不意に響いたこころの声に部屋の皆が静まった。

見れば、女王達の争う後ろでこころが真っ直ぐ俺を見つめている。

「ど……どうした。こころ」

「そ、その……こころね……その……おにいちゃんにおっぱい揉んでもらいたい、の……」

「な――」

「こころは今、召喚女士(ミストレス)だから……こころのおっぱいにもちゃんと魔力があるんだよ? だから……助けてくれたお礼をしたいの……」

「こころ……」

すると、エニスを除く言い争っていた女連中がにわかにどよめき出す。

「そ、その……こころさんがそう言うのなら、わ、私はこころさんに譲りますけど……」

「――ええ、わたくしも兄を思う妹の気持ちを踏みにじるような事は出来ませんわ……」

「……私も同感ね」

「う、うんっ……あたしも、こころちゃんがそう言うのなら……」

そう言って、言い争っていた女王やカナデ達はつい先ほどの事が嘘のように静まって、皆こころに道を譲るように身を引いてゆく。こころはその間を、ゆっくりと歩き俺に向かってくる。

やがて、俺の目の前にこころがやって来て、こころは胸に手をあわせ祈るように下から俺の顔を愁いを帯びた瞳でじっと覗き込んでくる。

「おにいちゃん……おにいちゃんはこころのこと……好き? 私は……大好きだよ」

「……ッ。こころ……」

俺がそんなこころに思わずたじろいだ時、やがてずっと隣にいたエニスが俺へと口を開く。

「――ねえ、ショク?」

「あぁ……な、何だエニス?」

「その……ショクは誰のおっぱいを揉めれば嬉しいの?」

「え……」

「あのね、その……私、ショクへのお礼になるのならショクにおっぱいを揉まれてもいい、よ……」

「エニス……お前、顔が……赤くなって――」

俺が言った途端、エニスは自分の変化に気付いたらしく、両手で自分の頬を押さえた。

「あ、あれっ……どうしてだろ……? わ、私っ……ショクにおっぱいを触られるって考えただけで……な……何だか顔が熱くなっ、て……」

「――――う」

その瞬間、俺は口に手を当て頬を赤らめるエニスを見ながら俺は思考する。

今、気付いた。今のエニスは女王が貸している、カナデのボディースーツに負けず劣らず露出が高く、何とも破廉恥なレース生地のついた真っ赤なドレスを纏っていた。とんでもなくセクシーだ。

そしてそれは乳の少ない女王のものを、超爆乳のエニスが半ば無理やりに着たことでむちむちとそのドレスは胸の辺りで思い切り伸びきって大きなおっぱいをこれでもか!と強調している。

それだけでも最早、兵器だと思えるほど魅力的なのに、更にエニスは頬を赤らめながらも、俺におっぱいを触られるのをよしとしてその場を動こうとしない。

そんな……そんなエニスに……………………俺はついに辛抱たまらんくなったッ!!

「うおおおおおぉぉぉ――――――ッ! おっぱいぃぃ――――ッ!!!!」

理性を失った俺はおっぱいソムリエ初段として、エニスのおっぱいに飛び掛っていた!! ――ええい! もうッ我慢できん!!

もみもみもみもみもみもみもみもみもみもみ――――ッ!!

俺の手が毎秒十七もみの速度でエニスの巨大なおっぱいをもみしだく! もみしだく!

相変わらず、エニスのおっぱいの揉んだ指を跳ね返す丁度良い弾力といい、温度といい、何と言ってもラスボスクラスのそのバスト112の圧倒的な質量は他の追随を許さない!

エニスのおっぱいこそキングオブおっぱい! 究極のおっぱいなのだ!! もみしだく!

「……――ひゃんっ」

エニスが顔を赤らめながら、俺がおっぱいを揉む、くすぐったさに知らず内か甘い声をあげる。

俺はそんな事もお構い無しだった!!

ただ、許可が降り、注意の声も無い内に俺はそのおっぱいを楽しんでいた!

頭の中はエニスのおっきなおっぱいしかなかった!! もみしだく!

「大きいッ! おっぱいが大きいぞおおおお――――ッ!! 素晴らしい質量だぞおおお―――――ッ!! 流石、このラウンズヒルナンバーワンのエニスのバスト112のキングサイズは伊達じゃないぞおおおおおおおおッ――………………――お、おぅ?」

気付けば、俺の目の前にエニスのおっぱいは無く、更に俺の視界は天地が入れ替わっていた。

そして俺は全身を締め付けるような違和感に目を見開く、自分の体に目を落とせばそこには何百本もの太く頑丈なツタでぐるぐる巻きになった俺の体があった。

俺はいつの間にか宙吊りになって、逆さに吊られてしまっていたのだ!

「ん……なぁぁああああんじゃこりゃああああ―――――ッ!!?」

俺は現状を理解できず、指一本動かす事が出来ないほど体を拘束されながらも、唯一自由な口を開いて声の限り叫ぶ。

「ショク……今、アンタがしたことがどういう事か解る……?」

そのカナデの声は目の前からあった。

そこには恐ろしいまでの異様なオーラが漂っていて彼女達は皆、鋭い目を俺へ向けていた。カナデや女王は言うまでも無く、ティミトやレニティアまで恐ろしい、人殺しの目つきをして俺を睨んでいた。――こころの姿は想像するだけで怖くて直接見ることすら出来なかった。

しかし、俺は恐らくその目の全てに、俺へのどす黒い敵意があるのを直感で理解した。

「ショク……。ショクはあたし達の思いをあっさり裏切ったんだよ?」

「う、裏切った? ど、どういうことか説明してくれ。れ、レニティア! これはどういう――」

「――申し訳ありません。わたくし、ショク様が悔い改めるまで口をききたくありませんの」

「えぇッ!? ちょっ――ちょっと……」

すると女王が笑顔を作って不穏なオーラを纏う彼女達へ手をひらひらとさせる。

「まあまあ、皆さん。説明くらいしてあげてもいいんじゃないですか?」

「そ、そうだ!! こ、こんな事をすればエニスが黙って――」

俺は縛られながら周囲を首を回して、エニスの姿を探す。

「は~い。エニス、そのまま真っ直ぐ歩いて~。ほら、こっちですよ~」

いつの間にかエニスは背中から、さっきまで人殺しの目で俺を睨んでいたはずのカナデに目と耳を押さえられ、いつの間にか部屋の扉の方へ一歩一歩と誘導されていた。

「か、カナデ? どこに行くの?」

「とっても静かで安全なところよぉ~。コトが済むまで私と一緒にいましょうね~」

「エッ、エニスゥゥゥゥ――――――ッッ!!?」

完全に部屋から出て行ってしまった二人を見送り、俺はすぐに女王へ視線を戻して叫ぶ。

「じょ、女王様これはどういうことですかぁッー!!? 説明して下さいーッ!! さっきからズーッと頭に血が上ってるんスよーッ!!」

「ねえ、ショクさん♪ ショクさんはぁ~私達がそれぞれ自信を持っていたおっぱいをついさっき、エニスのおっぱいをもみながら散々こき下ろして、思(おも)っ糞馬鹿にしてくれたんですよぉ~?」

「え――馬鹿……に……」

「もうやだなぁ~ショクさんってば。おっきなおっぱいをもむのに夢中になりすぎて自分の言ったことすら解ってなかったんですか~♪ さんざエニスさんより小さいおっぱいをもった私達を逆なでするような事を大声でほざいてくれたじゃないですか~♪」

「え、ええええ――ッ!!? お、俺そんな事言いましたっけぇーッ!!?」

俺は女王の言葉が信じられなかった。

唯一覚えているのはやわらかく、おっきかったエニスのおっぱいの感触だけだった。

ここまで、彼女達を怒らせることを俺は口走ったのだろうか?

「な、何か言いましたっけぇー!?」

「……それを私に言わせる気ですか」

「ひっ……ひぃぃぃいいい!! 目が笑ってない!! 女王様、目が笑ってないッスよー!!」

「おにいちゃん?」

「こ……こころ!! お前――」

「おにいちゃん? そんなにおっきいおっぱいが好きなの?」

「へ――」

「こころ……さっきおにいちゃんの前で、すっごく勇気を出しておっぱいを揉んでって言ったんだよ? それなのに……それなのに……おにいちゃんは――!!」

こころの表情に憎悪に満ちたどす黒い影が見える。

「ひぃぃぃいいい!! 怖いぃぃッ!! こころのその目、四日ぶりに見たから心底怖いィィッ!!」

「こころ様。さあ、早速お兄様にこころ様の召喚魔法(シルフ)をお見せになってはどうでしょう? 今はわたくしの『百面妖花(アルラウネ)』でお兄様の動きを完全に封じてるのでその隙に」

「へえー、あのツタはあなたの召喚魔法なのね? ありがと、レニティアさん」

「わたくしの事はレニティア、と呼び捨てで構いませんわ。同じ『黒百合』のメンバーとなるこころ様とはこれからお友達としても良いお付き合いをしたいですし。ね、ティミト?」

「そうそうっ♪ こころちゃーん。改めてよろしくねー」

「うんっ。よろしく二人共」

「待て待て待て! 三人とも俺を宙釣りにして緊縛プレイしてるこの状況下で仲良くほのぼの会話をするなぁ!! それよりもレニティアお前、こころに何という事を言――」

「もうっ、ショクさん。心配しなくとも、こころさんの召喚魔法で怪我をしても、私が前のシルフの時みたいに光の魔法ですぐに治してあげますよ?」

「いやいやいや! 俺が怪我をする前提の話をしないで下さいよ!! 俺だってまだ――」

「おにいちゃん……こころが会わないうちに随分お喋りになったね? 前ならこんな状況でも、もっと落ち着いていたのにね?」

「いやいやいや!! だからそれは現実世界の話であってだな! いいかこころ!!? この世界の召喚魔法の威力はお前が俺のオシオキに使ってた釘バットとかモーニングスターとかの威力とは段違いでそれはもうシャレにならない位でもう」

「おい。クソ兄貴」

「はい」

ヤバイ。こころの奴、目が据わってる。

「何か……言い残す事は?」

「え……エニスのおっぱいは最高でしたね。ええ」

「ぐ……――そっ、それだけね。はい、解ったわ正直でよろしい。それじゃ、女王様? この服どこを引っ張れば脱げるの?」

「首の後ろの部分から出た太い紐を引っ張ればすぐに脱げるようになっていますよ。召喚魔法を使う時は――」

「ええ。召喚獣の名前と精神集中ね。ちゃんと覚えてるわ」

その既に事情を把握した女王とこころのやり取りには、互いの思いを理解しあった一種の友情すら窺える。

「おっ、おい――まさか本当に召喚魔法を使う気か!!?」

俺の言葉にこころはこれ以上ない位可愛い顔で自らのポニーテールの髪を縦に揺らし、頷いた。

「もっちろん! こころのエロエロなおにいちゃんへのオシオキはこれからなんだからッ!! 行くよ!! 『千刃風魔(シルフ)』!!」

こころは紐を掴んだ腕を頭上へ引き抜き、その小さな体がたちまち一糸纏わぬ姿になる。

同時、こころの目から藍色の光が大きくあふれ出し、その周囲から見覚えのある風が吹き荒れ――!!

「ぎ、ぎぃゃあああああああああああああああああ――――――――――ッ!!!!」

俺の叫び声が城に響く。――こころの得たばかりの召喚魔法によるオシオキが終わったのはそれから一時間も後の事だった。


……こうして、色々あった結果。俺はこの世界で魔法使いとして、そしてこころは召喚女士(ミストレス)として生きてゆくことになった。

今、こころが無事に戻ってきたというものの俺の抱えていた懸念事項が消えたわけではない。

俺はまだ元の世界に帰る方法を見つけていなかった。俺とこころはこの世界の人間ではない。

俺達二人は帰るべき世界があり、そして恐らくその世界では俺とこころがいなくなった事で心配する人がいるに違いない。……セクハラばっかりして学校中の女子どもの反感をかっていた俺はともかく、こころもいるのだ。元の世界へ帰りたい気持ちはあった。

――とはいえ、せっかくおっきなおっぱいの女の子が沢山いる世界に来たのだ。それに今の俺は元の世界に帰るまでの間、エニスのサポート役を引き受けると約束している。すぐには帰れない。

――元の世界に世界に戻る方法はエニスのサポートをしながら、そのうち探せば良い。

そう考えた途端、焦りを含んでいた俺の気持ちがそれまでよりずっと楽になった。

それに、この世界に全く未練が無い訳じゃない――こころも連れて皆でまた温泉に行きたい。

――エニスがシルフと戦う前、俺はエニスと約束したからな。あのおっぱいを見ればエニスも自分の魅力に気付けるに違いないだろう。俺は早く元の世界へ帰りたいと思う自分へ言い聞かせる。

――きっと元の世界に帰る方法はそのうち見つかるに違いないさ。きっと、そのうちに。

女王は『魔法は願いを叶える奇跡の力』だと言っていた。


だから俺は元の世界へ帰りたいと、そんなに強く願わないことにした。




一方その頃。

カナデはエニスに『プライドを傷つけたショクへの私刑』(よけいなもの)、を見せない為に、この城下町のとある雑貨屋へエニスと共に来ていた。

エニスは初め、疑問に思っていたものの、ショクへサプライズで贈るプレゼント選びだとカナデが伝えたら納得し、今では様々な物が陳列された店内の商品達を眺めながら歩いていた。

「……ねえ。カナデ」

「ん? どうしたのエニス? 何かよさそうなものでもあった?」

「えっと……その……そう、じゃなくて、ね……」

「?」

「その……か、カナデは……人を好きになった事……ってある?」

その瞬間、カナデは先ほど目に留め、個人的に買おうとしていた無数の髑髏の絵が描かれた刃のついていない観賞用の小刀を手からポトリと落としてしまう。

カナデは落とした小刀にも気付かず、ただ頬をうっすら赤く染めたエニスを驚いた目で見つめる。そんなエニスの表情をカナデはこれまで共に過ごした数年間の間で見たことがなかった。

「な――あ……え、エニスどうしたの?」

エニスは俯き、頬を赤くしたままポツリと呟く。

「私、ショクの事が好き。……どうしようカナデ。やっぱり私、さっきからショクの事を考えるだけで胸が苦しくなるの」

「そ、そう……なの……」

カナデは言って、喜びとも悲しみともとれない表情を浮かべると、カナデはそんな表情を隠すように腰を曲げて床から小刀を拾い上げる。

そんなどこか、心ここにあらずといった風な答えをしたカナデにエニスは首をかしげる。

「どうしたの?」

腰を起こしカナデは、エニスの顔の前で微笑み首を横に振る。

「う、ううん。きっとエニスがそれをショクに伝えたらアイツ、ホントに喜ぶと思うわ」

「でも……私がショクに好きだって言うのはその、何だかすっごく、は、恥ずかしいと思う……」

「――ふふ。エニス、やっぱりあなたも女の子ね」

「え? ど、どういうこと?」

「焦る必要なんかないわ。そのうちエニスにも解る。そのうちにね。その頃にはエニスも告白できていると思うわよ」

「そのうち……。そ、そうかな」

「ええ。そのうちにね。さっ、それより今はショクへのプレゼントを選びましょう」

「うんっ」

エニスは嬉しそうな表情で頷いた。

――うん……そうだよね。カナデの言う通り、きっと私もショクにそのうち自分で好きだって告白出来る時が来る。……そう、そのうちに、きっと。


エニスはいつかショクに告白できるようにと、今までの自分に無かった位、強く願う事にした。


――終――


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召喚女子(ミストレス)は服を脱ぎ、童貞男子(ウィザード)は乳を揉む! @ninaku

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