第18話『そんなおっぱいの無い体のどこがいい!!?』


――どうなってる。何故、私の体がこれ以上進まない?――

今、自らの力で巨大な竜巻を展開させているシルフの目の前にはラウンズヒル王国があった。

ところが――ラウンズヒルを前にしたその瞬間。何故かシルフの出した竜巻はそれ以上前に進む事ができずにいたのだ。

――一体何故だッ!? ようやくここまで力を使えるようになって、ここまでやってきたのだ!! なのに何故動けん!!―― 

もう、前を進む事を試みてどれくらいになるかも解らずに焦ったシルフはそれでも同じ事を試み続けた。前へ、前へ、前へ進め。

やがて、そんなシルフの念が無駄に消えてゆくにつれシルフはようやく理解する。

――まさか……まだ残った女の自我が私の動きを止めているというのか……!!?――

しかし、それは断じて無いとシルフは自信があった。

その為にシルフはこれまで三日も費やし女の自我を消し、安全に万全を期した。

――……お……にい……ちゃん……――

しかし、シルフは今、自らの内に感じている感覚に戦慄する。シルフは自分の感覚を疑った。

そんな、そんなはずは無い。

――おにい……ちゃん……? ……――

まただ。考えられない事態にシルフは声もなく、仰天した。この感覚はもうありえないはずだ。

しかし、その感覚はシルフの期待を裏切るように、次第に強くなってゆく――

――おにいちゃん……? 近く……にいる……の……?――

『な……何だ? あれは――?』

シルフはその時、違和感に気付く。

竜巻を吹き荒らすシルフの遥か真下の地面、何も無かったそこに突如、光る球体が現れていたのだ。シルフは現れたそれに考えを巡らせる。

――あれは……魔法の光……――プレウィックのものか!!――

その光の正体を、これまで長くをラウンズヒルの中拘束され、生きてきた召喚獣であるシルフは当然のように知っていた。

あれはプレウィックの移動魔法だ。やがて、その光が収束してゆく。

おそらくその中からはプレウィックが現れるだろう。シルフは思わぬ僥倖にほくそ笑む。

――国民より先に死にに来たか立派だな。いいだろう募る恨みもある。すぐに殺してやる――

しかし、その光が収束したと同時、シルフは自分の目を疑った。

その中から現れたのはプレウィックだけでなく、その他、数人の人物が現れたのだ。

皆、シルフの竜巻を前にして立っている。

彼らが皆倒れないところを見ると、プレウィックの魔導防壁のおかげらしい。

そしてその見知らぬ人物は殆ど、目に召喚石の輝きを宿している。

――やつらはおおかたプレウィックの私兵か。まだ残っていたとはな。しかし、あの男……――

シルフはその横一列に並んだ彼らの中心に立つ、一人の男の姿を目に留めた。

この世界では見たことも無い不思議な衣服と目と髪の色。

そんな不思議な存在であるにもかかわらず、シルフはその男の姿を見たときから感じる疑念を拭えなかった。――あの男……どこかで……――

すると、その男が奪った自分の肉体へ指を突き立てて大きく口を開く。

「おーいッ、シルフーッ!! 聞こえるかぁー!!? 俺は大灰触だ! そしてお前が奪ったその体は愛忠こころ……俺の妹なんだ!! 今すぐ返しやがれーッ!!」

シルフは自らの声を風に乗せ、周囲に響かせる。

『――ッ、そうかお前はこの女と一緒に来た……。――だが、今更この女の体を返すつもりは無い。私にはやるべき事がある』

シルフは自分の使命を理解していた。

『私はこの世界の腐った人類に裁きを下さねばならない。それは絶対に動かない、この世の理なのだ。そして、そんな彼らに味方をするというのならお前にも、私は裁きを――』

「そんなおっぱいの無い体のどこがいい!!?」

『……は、はぁ?』

「お前は乗っ取ったそいつのおっぱいを一度でも見たか!? 目を胸におろして見ろ! 平べったくてまるで壁のようだ!! おっぱいの膨らみが無いから見下ろした時に自分の足の甲や足先までしっかり見えるんだぞ!!?」

『……おっ、お前は何を言っている?』

「お前はそんなつるぺったん娘のどこに魅(ひ)かれたって言うんだ!!? ポニーテールか!? それともそれをくくった真っ赤なリボンか!? まさか幼児体型か!? それよりもっとおっぱ――」

シルフは自らに向けて雨のように絶え間なく放たれる男の意味不明な言葉にたじろいでしまう。

『な、何を言って……――――』

そして、気付けばシルフを取り囲む竜巻の異常は目に見えて起こっていた。

『な、何だ……!? 私の風が……』

その竜巻の風がみるみるうちに弱くなり、奪った女の肉体を宙に浮かすことすら困難になってきていたのだ。

――おにいちゃん……おにいちゃん……!! いるの!? おにいちゃん!!――

シルフのとりついた肉体の自我が今では明らかに強くなってきている。

もうそれは気のせいで済ませられるようなレベルではなくなってきていた。

シルフは戦慄した。まだ女の自我は残っている。それもかなり強力だ。

――恐らく、私の竜巻が前に進まなかったのもこの残っていた自我が邪魔していたせいか……!

このままではこの竜巻の維持すら困難になる。そしてついにシルフは決断した。

『クソ――』

シルフは竜巻の勢いを弱め――そしてそれを自らの奪った肉体へ収束させる。

――おにいちゃん! おにいちゃぁんッ!!――

――『うるさい。とっとと私にのまれろッ!』――

シルフは冷静さを失い、自身の内から沸き起こるその不愉快な感覚を振り払うように叫ぶ。

やがてその感覚は希薄になる。

――え……あ……お……おに……ちゃ……――

竜巻が消え、シルフの乗り移った愛忠こころの体が高い空からゆっくりと足先を揃え、落ちる。

その体の周囲には凄まじいつむじ風が巻いていた。

これによって大規模な攻撃は出来なくなったものの、対人戦に特化した形になる。

シルフはこの形で、この数日多くの召喚女士(ミストレス)を葬ったのだ。

『大灰触と言ったか。悪い事は言わない。早くその腐りきった奴らから――』

「うるせぇよ。俺は……俺の大事な妹(こころ)の体を奪ったお前を絶対に許す気はねえんだよ!!」

『……ッ。――そうか。あくまでもお前はその女達の味方でいるつもりなのだな』

「――皆、行くぞ。もうアイツとの交渉は終わりだ。早くこころを助けるぞ」


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