第14話『光の魔法』
◆
「…………」
その頃、女性用の脱衣所に設けられた簡素な木のベンチが用意された休憩スペースで、エニスは一人静かに座っていた。
エニスから少しはなれた脱衣所の端で、レニティアがティミトの『服』に興味を示したらしく何やら歓談している。
「あれ、笑顔なんて珍しいじゃない。どうしたの?」
エニスはそう言いながら、やってきた服を脱いだカナデへ僅かな笑みを向けて口を開く。
「カナデが髪下ろしてるの初めて見た。今のカナデも可愛いね。まるでお姫様みたい」
「ばっ……な、何言ってるのよ……もうっ」
「……恥ずかしかった? えっとその、ごめん……」
「……ううん、いいのよ。私、あなたが褒めてくれるのなら素直に嬉しい。ありがと」
カナデはエニスだけに見せる特別な笑顔で、はにかむ様にそう言った。
「ふふ、こちらこそありがとう」
エニスが微笑みそう言うと、カナデはその言葉に首をかしげる。
「? 何それ? エニスが言うにしてはちょっと変な言い回しね。その言葉、誰かから聞いたの?」
「うん。ショクに言われた。面白いよね、こんな言い方。本当にショクは面白くて、私に優しくしてくれるの」
「…………そう」 ――やがてカナデの表情に暗い影が差す。
「カナデ?」
理由が解らず首をかしげるエニスに、しかしカナデは笑って首を横に振った。
「ううん、何でもないの。ほらアンタも服脱いで。ティミト達もうお風呂行っちゃったわよ」
今、浴場に入ったエニスとティミトは一緒に、湯船の手前にある洗い場にいた。
「え……ち、ちょっとっ。ティミト……こっちに泡飛ばさないで――きゃあっ」
隣で同じく石鹸で体を洗っていたティミトが指をぴんっぴんっとはじいて、エニスに小さな泡を飛ばしてくる。
「あははっ。えにえに動いちゃダメだよー。いまあわあわいっぱいつけてあげるから!」
「や、やめてよ……そ、そんな……。……? この泡……なんかべとべとしてる……そ、それにぷくぷく膨らんで……――ふひゃあっ!?」
「わーいっ! あたしの『紺碧粘体(ブルースライム)』とせっけんの泡をブレンドさせた特性のあわあわだよーっ! ほらほらーどんどん膨らんでえにえにの体を動けなくしちゃえーっ!」
召喚魔法で形作られたティミト特製の泡は、エニスの全身をくすぐるようにエニスの豊満な裸体をいやらしく弄ぶようにもぞもぞと蠢く。
「んぅっ……ん……ふっ――ひ、ひやっ……!」
「あっはははー。えにえにくすぐりに弱いんだねーっ♪」
「うふ…………うぅ……――ひ……ひゃんっ!」
「――わっ、わぁぁぁ……。えにえにのさっきのその『ひゃんっ』って声すっごく可愛いっ。……そ、そんな声聞いたら……あたしいけない気分になって……」
「え、ティ……ティミト? あ、あの目が怖――」
「もっ、もっとえにえにをいじめたくなっちゃうかも……っ!!」
「え――……ぅんっ。んうっ! ティ、ティミト? もうそれ以上はやっやめっ、ひゃぁぁぁんっ!」
「わぁっ。またっ! ねっ、もう一回もう一回!」
「ひ、ひぃっ!! ひ、ひゃぁぁぁんっ!!」
「わぁっ! かわいいかわいいっ。今とってもかわいかったよ~えにえにぃ~♪ うふふ……もっと……はあー、はあー……もっとも~~っとあたしがえにえにかわいくしてあげるっ……♪♪♪」
いまやティミトは本来の目的も忘れ、ただエニスを泡でいじめる初めての快感に耽(ふけ)っていた。その度、エニスの甲高い叫び声が再び、温泉内でこだまする。
「あぁ……いいお湯ですわね~……」
「ええ、ホントにその通りね~……」
湯船の中、頬を緩め心地よい吐息を吐くようにそう言ったのはレニティアとカナデだった。
その二人は仲良く肩を寄せ合うようにして、その温泉の中のまったりと弛緩した空気を共に分かち合っていた。
成分が溶け、白く濁った湯の中でレニティアの褐色の肌と、カナデの血色のよい黄味がかった肌とが互いをいたわるように触れ合っている。
普段の生活であまり話す事のなかった両名は、今この場でまさに意気投合していた。
「えっと……その、カナデさん」
レニティアの口から出た、気遣わしげな言葉にカナデはレニティアを振り向いた。
「何? どしたの? そんな辛気臭い顔しちゃって?」
「そ、その……カナデさんは女王様にわたくしの事を……き、聞かれましたの?」
その問いに、カナデは察したようにああ、と頷いた。
「……気にしないで。確かに私はアンタがエニスを傷つけた事を聞いたわ。でも私はアンタが本当に自分自身でやりたくてエニスを酷い目にあわせた――なんて思ってないから」
「どっ……どうしてですの?」
「城で女王様の部屋に入る前、アンタがベッドにいたエニスに涙ながらに謝ってるのをうっかり聞いちゃってね。反省してるのなら、それ以上追求はしないわ。それにエニスにも落ち度はあったしね」
「あ、ありがとうごさいます……ですの」
「いいのよ。あ、そういえば――」
「?」
「さっきから言おうと思ってたんだけど……『カナデさん』って呼び方じゃなくて、別に『カナデ』って呼び捨てで呼んでくれていいわよ。私、呼び捨てで名前呼んで欲しいな」
「じゃあ……えっと……カナデ……」
「うん、ありがと。あ、私も『アンタ』じゃなくてレニティアってちゃんと呼ばなきゃね。あははっ」
「ふふふっ……」
湯船に肩を寄せ浸かった二人は笑いあいながら空を見上げ、星が煌(きらめ)きだす夜の空へ二人のいる温泉の湯気がゆっくりと空へ昇っていくのを見つめあった。
一方その頃。大灰触はというと――、
《エニス達が温泉に入りだす五分前のこと》
(ふふふ。さぁ入ってくるんだ。女の子の入浴シーンなんて中々見れるもんじゃないからな……)
そう、ここの湯は白く濁っており、ひとたび浸かってしまえば裸を見る事ができないのだ。
だから、俺はこの草むらに隠れる事で、男の俺がおらず『女しかいない無防備な場』を彼女たちにまず与えてやる事にした。
そうなれば彼女たちは安心し、魔法を使わず生まれたままの姿を抵抗無く晒すだろうから。
(いけないことをして悪いと思うけども、絶対に見たい!)
俺は裸で匍匐前進の体勢になってエニス達を待ち構えていた。
幸い、今は示し合わされたように、他の客もいない。
恥じらいの無い女の子の裸だ。そんなものは一生見れないと思っていた。
ましてや、あれだけおっきいおっぱいを持つ女の子の!
その時、風呂場へ入る扉の方から女の子達の黄色い声が聞こえてきた。
(来た来た来た来た来た――ッ!!)
俺の興奮指数はもはやクライマックスだった(?)。
だんだん扉にはめ込まれたすりガラスに四人の女の子達のシルエットが映ってゆく。
そして、ガラッ―― 扉が開かれ、一斉に裸の女の子たちが風呂場に飛び込んでくる。
(うおおおおおおおッッ――――!! ――――……お?)
「うわーっ! すっごいおっきなお風呂―っ!!」
「温泉なんて久しぶりですわね……」
「私もだわ。へー、こんなに広かったかしら?」
「……ティミト、お風呂に入る前に私と体、洗いに行こう。絵の具落としてあげる」
「ありがとーっ!」
何と、四人が入ってきた瞬間、突如空から白く眩い光が斜めに差し込んできていた!!
その光は四人の胸や局部を守るように眩く輝いていた。俺は思わず驚きに目を剥いた。
(どっ、どうなってる!? 馬鹿な、どうしてだ。大事なところに妙な光が不自然にさしてて、俺の見たいものが全く見えないじゃないか!! ……ん? 『妙な光』だって……?)
――…………ひ・か・り? 俺の脳内で、その二つの事が思い当たる一人の人物がいた。
(光……光……ハッ!! そうだ……!! ひ、『光魔法』使いの女王だ……!! む、ムキィィィ――!! あ、あンのプロレス女王めぇ――ッ!!)
その頃、城にて。
「女王様? 先ほどから何かに魔力を使われているようですが……何をなさっているので?」
近衛兵は傍にいる玉座に座った女王へ問う。女王は薄ら笑みを浮かべながらひっそりと言う。
「……ショクさんはまだ未成年ですからね。私が彼に健全な少年でいられるよう、特別に彼の見る風景に表現規制をしているところです。うふふふふ……」
「???」
見れるはずのものを見られなかった俺は、ワンラウンドKO負けしたクソ雑魚ボクサーのような敗北感を感じつつ一人こっそりと温泉の湯船に浸かった。
やがて数分した頃、湯船に浸かった俺の背後から俺へ向けての二つの声がかけられる。
「あれ? ショク? アンタもう入ってたの?」
「あら、ショク様。わたくし達が入ってきたときはお見掛けしませんでしたが……?」
俺は放心しながら操り人形のようにぎぎぎ……、とゆっくりと振り返る。
そこにはお湯に半身を浸からせたカナデとレニティアがいつの間にか俺の近くに来ていた。
「ああ……そうなんだ。うん。俺も何にもお見掛け出来なかったよ……」
「? アンタ何言ってるの?」
「いや、関係ない。こっちの話だ」
やがて、レニティアが小さく水しぶきをあげ、湯の中からすっ、と立ち上がって俺とカナデに言う。
「では、わたくしはそろそろ体を洗ってまいりますわ。ショク様、カナデごゆっくり」
そう言って立つ間ももちろん、光がレニティアの局部を例外なく覆っていた。
(ぐっ、ぐっぞぉ~……女王めぇぇ~……レニティアはふしぎ髪の毛で局部を隠せるんだからわざわざ光出して隠す必要ないだろぉぉぉ~……! どこまで念入りなんだよぢぐじょおおぉぉぉ~……! 余計な事しやがってぇぇぇ、あンの貧乳女王めがぁぁあぁあああああぁあぁ……!!)
そんな中、 「ねえ、ショク」
「――ん、何?」 振り返ると俺と同じく半身を湯につからせたカナデが俺を見つめていた。
俺を見るカナデの表情は、どこか思いつめた様子だった。
「なんだなんだ。ド変態じゃなく改まって名前で呼んじゃって。どうした? この俺に恋の悩みでも聞いて欲しいのか?」
「なっ……! そ、そんな訳無いでしょ。……エニスの事よ」
「ああ、エニスがどうした?」
「あのねショク。……今、あの子は今あなたを一番に大切に思って、そして信じてるわ」
「へえ、エニスが俺を『一番に信じて』、ねぇ……。カナデ、本当にそう思うか?」
俺がそう言うと、カナデは自嘲気味なぎこちない笑顔を見せ、はっ、と笑ってから――
「……認めたくないけどね。私はあの時エニスを見限っちゃったし。しょうがないのかもね」
と言ってくれた。
――おっほっほ。中々嬉しいこと言うようになったじゃないのよ。
しかし、その一方で俺はカナデの言葉にどこか引っかかっていた。
「……なぁ。エニスは俺を一番に大切に思ってるとか、カナデは言うけどさアイツはだれが一番とか二番とか、そんな風に考えるほど普通な人間じゃないぞ」
「え?」
自嘲気味に笑っていたカナデの顔に笑みがなくなり、俺を振り返る。
「エニスにとっては皆、大切でそして皆を信じてるんだ。もちろんカナデの事もな。……エニスはお前に突き放された後でもアパートの前で俺にカナデと仲直りしたいって言ってたよ」
「……そう、なの。はぁ~あ。世も末ね。あんたみたいなド変態にこの私が慰められるなんて」
カナデは体の前に垂らしていた紫の髪を人差し指に絡め、ぽつりと言う。
「おお、そういや、カナデって髪の毛下ろしてもかわいいんだな。一瞬誰かと思ったくらいだ」
俺の言葉に意外とカナデは素直に受け取ってくれたようで、クスリと笑みを漏らすと、
「そう? ふふ。ありがと、ショク」
普段、怒ったような表情でいるカナデが頬を緩めるのはある意味レアだ。
「あ……そういえばさ」
よせばいいのに、気付けば俺は再び口を開いていた。カナデは微笑んだまま、首をかしげる。
「ん、何かしら?」
「『黒百合』って名前、カナデが付けたんだってな」
その瞬間。
――ピシ、とカナデの笑顔と周囲の空気が歪んだような気がした。
「……そ、そうよ。悪い?」
気が付けば声にどこかとげとげしいものが混じっていた。しかし俺は構わず――
「何ていうか十四歳位の子がポンと考えそうな名前だよな~」
「なっ、何でよ!! 女士団(ラウンズ)名としてはカッコいいでしょう!?」
「俺の世界ではな、カナデのような奴を総称して中二病と呼んでいるんだ。中二病の症例の一例としては、そういった二つ名に異常にこだわりを見せたりしたり、あと部屋の中はおかしな黒魔術グッズや自作ポエムで溢れかえっているそうだ」
「~~~~ッ!!」
心当たりがあるのだろうか、カナデの顔が湯の熱さに関係なく、どんどん赤くなってゆく。
「なぁカナデ、後でお前の部屋を見せ――」
「ぜっ、絶対にだめぇ――――ッ!!」
「ギヌゥゥゥゥゥ――――ッッ!!?」
土塊に顔面を殴られた俺の魂の絶叫(シャウト)は満点の星空へ立ち上る温泉の湯気と共に空へ昇っていった。
しかし俺は倒れ際、洗い場にいたエニスとティミトの裸(なお光規制有り)を目に収める事に成功した。
――ふふふ、誤算だったな。貧乳女王。遮る光があってもエニスのおっぱいは隠しきれないほど大きい。やっぱりエニスは誰よりもいいおっぱいだったのだ。
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