第12話『全く、これだから中途半端な露出狂は困る。』


どうにか女王のオシオキが終わり、俺はようやく玉座の広間から出る事を許され、全日本プロレスの練習生もビックリの前方首絞め(フロントチョーク)をくらい、スジの痛む自分の体をさすりながらエニスのいる部屋へ向かっていた。

「いてて……女王のヤツめ……何もあそこまですること無いだろ……」

エニスのいる女王の部屋の扉の前にいた屈強な兵士がやってきた俺に気付き、不安そうに俺の顔を見つめてくる。――ああ、きっと今の俺はさぞ苦々しい顔をしているんだろうよ。

俺はその兵士に俺はさっきここに来たレニティアの連れだと紹介し、やがて扉を開けてもらう。

(……エニスにはこの今の俺の表情を見せられないな……)

「やっほー!」 俺の軽快な声が女王の部屋に響く。まず目に付いたのは、部屋の中央にある大きなベッドで横になったエニス。そしてベッド傍の椅子にはレニティアが視線を床に伏せ、おとなしく腰掛けていた。やがてレニティアは大声と共に入ってきた俺を見て、怒った表情を作る。

「しっ……静かにしてください、ショク……! まだエニスは眠っているんですのよ……!」

「あ、そうだったのか……。わ、悪い……」

俺はぽそぽそ声で謝りながら、ゆっくりとエニスのいるベッドに近寄ってゆく。

くー、くーと安らかな寝息を立ててエニスは童話のお姫様のように可愛らしく眠っていた。

「はは。傷一つ無い元のエニスだな。女王の魔法もたいしたもんだ」

すると椅子に座っていたレニティアはええ、と掠れた声で言った。

「本当に良かったですわ……エニスが無事でいて……」

その涙に上ずった声にはレニティアの心の底からの安堵が窺(うかが)えた。

「ああ、そうだな。……ホント、俺も安心したよ」

「あの……ショク?」

「ん、何だ?」

「わたくし……自分の怒りから醒めたあの時……あなたがわたくしを突き飛ばし、動かないエニスに駆け寄っていた時……その傍でわたくしはエニスを殺してしまったという考えでいっぱいでした」

「あの状況じゃ無理も無いな。俺も初めにエニスを体に抱えたときは助からないと思ってたよ」

「でも……あなたは魔法を使ってエニスを助けましたわ。わたくしは自分の罪の意識にただ怯える事しか出来なかったのに……」

「…………」

「それに、それに……あなたはエニスを殴ろうとしたわたくしを最後には体を張って止めてくれましたわ……」

やがて、レニティアの潤んだ目が俺をじっと見つめる。

「ショク……わたくしは……あなたにも何とお詫びを言っていいのか……本当に申し――」

「んー……。なぁレニティア?」

「はっ……はい」

「お前はさ、本心でエニスを怪我させたいと思った訳じゃないんだろ?」

「い、いえ……わたくしは自分の意思でエニスを――」

「違う。お前は本心ではエニスを傷つけたくなかったんだよ」

ガタッ――とそばの椅子の足が床の上でゆれ音を立てる。

レニティアは立ち上がっていて、その表情は今や憤然として俺を睨んでくる。

「どうして!? どうしてあなたにそんな事が言えるんですの!?」

「……どーしても何も、お前は初め俺がいた時でもエニスに殴りかかろうとしてた。でもお前は殴らずに、すぐに俺たちを部屋から出て行くよう言った。――それはどうしてだ?」

「そ、それ――は」

「自分の怒りに任せてエニスを傷つけたくなかったんだろ? 感情を抑えきれず、怒りのあまり相手を気付けばボコボコにしてた――なんて事は俺ら位の子供(ガキ)はみーんな、だれかれ一度は起こす事だ」 ――まぁ俺は主にやられる方だったが。俺の脳裏に痛覚と共に赤いリボンと黒髪のポニーテールをした少女の姿が思い出される。不思議なことにそいつは俺のことを「お兄ちゃん」と呼んでいた。

「レニティアがエニスにやった事は何にも不思議な事じゃない。俺達みたいな子供(ガキ)だったら、だれかれ一度は通り過ぎる当たり前みたいな事さ」

「ショク……」

「だからレニティアもシケた面してないで、ここで俺と一緒にエニスの無事を素直に喜ぼうぜ」

俺はエニスのやわらかそうな無防備のほっぺにそーっと指を近づけ、ちょんちょんとつつく。

「あはは。見ろよレニティア。エニス、俺にこんなことされてもまだ寝てるぞ」

俺がぷにぷにのほっぺを楽しむその時、不意に俺のすぐ隣からレニティアの声が聞こえてくる。

「あの……ショク」

「ん? 何だ……――――んぅぅっ!?」

振り向いて言った俺の口元に突如、レニティアの唇が押し付けられる。

驚きに開いた俺の目に映るのは、寸前まで俺に顔を近づけたレニティアの閉じられた両目だった。

「ん、ふっ……――――」 唇を合わせたレニティアの甘い吐息の音が聞こえる。

その生ぬるいレニティアの吐息は俺の顔を直接撫で、俺は次第に抵抗する事も忘れ、熱に冒された様に頭が判断力を失ってぼうっとしてゆくのを感じた。やがて――レニティアの唇が離れる。

「――――はぁ……ふ……ぁっ」

今、俺の目の前で上気し、恍惚とした表情で息をつくレニティアは艶(なまめ)かしく、得体の知れない魅力があった。

「お……おいっ……! お前な――――」

「……。……嫌でした? その……わたくしとキスするの……?」

レニティアは椅子の上で軽く荒い息をつきながら俺を上目遣いで見つめてくる。

俺はそんなレニティアの何気ないしぐさにも、ドキマギしてしまう。

「……そ、その……いきっ、いきなりだったから……」

(く、くそっ……情けねー。おっぱいならまだしもいきなりチューなんて俺の専門外だぞ……!)

そんな俺の動揺も知らず、レニティアは椅子から立ち上がり、俺の目の前まで詰め寄ってくる。

「ショク」

「な、何だよ……っ」

「わたくし……あなたのことが好きです」

「――――!!」

「わたくし……恥ずかしながら……今日、実はその……ショクに一目惚れしたのです」

そう言ってレニティアは僅かに頬を染める。

「そしてあなたは女王様の前でも、この部屋の中でも。こんなエニスを傷つけてしまったわたくしの事をずっと励ましてくれた。そして、わたくしは……気付けば、そんなあなたに口付けをしていたのです……。ねえ、ショク……」

レニティアは、動揺しきったままの俺に頬を朱に染めたまま微笑かけ静かに口を開く。

「わたくしは……本当にあなたのことが好きになってしまいました。今、キスをした後でもその気持ちは抑えられないのです……。ショク、わたくしはあなたにわたくしの今のこの気持ちをどうしても知って欲しかったのです」

「……そ、そっか。い、いいい、いやあー……あー……その、えっと……あ、あはは、解ったよ。でも、俺はお前が思ってるほどいいヤツじゃないと思うぞ」

「そんなことはありませんわ」

俺が思いとどまらせようとしても、レニティアは実にキッパリ言って返してくる。

「いやいや変な所なんか幾らでもあるぞ。例えば――」

「わたくしはショク様のそういう所も喜んで受け入れるつもりですわ」

「……はぁ? まて、聞き間違いか。レニティア、俺の事を変な呼び方で言わなかったか?」

「いいえ、ショク『様』。わたくしはこれからもエニスの事を『黒百合』リーダーとして慕(した)う一方、そのリーダーのサポート役を勤めるショク様の事も同時にお慕いするつもりですわ。――……そのショク様は……わっ、わたくしの想い人として……」

そして言葉の最後レニティアは今までで一番顔を赤らめ、どこか恥ずかしそうに俺に言った。

「…………え、えっと」

(どうしよう……レニティアは俺の事を好きって言ってくれてるけど……その……俺は……)

その時、不意にベッドの方から蚊が鳴くように細く小さな声が聞こえた。

「ん――――んぃ……んぅ……」

「――――」

俺とレニティアの視線が同時にベッドの上のエニスの顔を見る。

エニスの閉じられた瞼が窓から差す光に今更反応し、ぴくぴく震える。――ぱち。

エニスは目を開け、その眠たそうな半目でボーっと天井を見つめ――その傍にいた俺とレニティアに気付き、体を起こす。

「あ、れ……二人共……どうして……?」

「……エニスッ、起きましたのね!!」

そう言って立ち上がっていたレニティアは勢いよく、エニスの体に抱きついていた。

「う、うぐ――。れ、レニティア?」

レニティアはエニスの胸でわっと泣き出し、今はエニスの言葉が聞こえていないようだった。

「……私どうして……? えっと……ショク? ここはどこなの?」

思わぬタイミングで話をふられ、俺は頭の中で渦巻いていた迷いを振り払い、答える。

「あ、その……ははは。えっとここは女王の部屋で……その……えっと……」

「ショク、顔少し赤いけど……?」

「あっ!? ええ? そ、そうかな? あ……あはははっ」

「…………???」

「ねえエニス……!」

「……ねぇ、レニティア……その……どうして泣いているの?」

「わ、わたくし……あなたにあんなにひどい事をして……! ごめんなさいっ……本当にごめんなさいっ……!」

「レニティア?」

「エニス……わたくし、『黒百合』のメンバーの一人として……あなたについていきます……! わたくしは絶対にどんな時でもずっと……ずっとエニスの味方でいますの……!!」

「レ……レニティア……」

「――ま、とりあえずこれで『黒百合』のメンバー四人が任務に出れるようになったな。後はその任務を何とかこなすだけか」

「え? で、でも……ショク」

エニスが不安な面持ちで俺を見つめてくる。

「ん?」

「その……カナデがまだ……」

――ああ、その事か。

俺はエニスの不安の意味を理解したが、それは無用な心配だという事も解っていた。

……そう。今、今のエニスならば、もうその心配は要らないはずだ。

俺は目の前のエニスに安心させるように口を開く。

「なぁに大丈夫だ。カナデは今の『黒百合』の立派なリーダとなったエニスにならついてきてくれる。あいつは今のエニスになら愛想は尽かさないはずさ」

「……」

「信じないのか?」

「わ、解らない……」

「なぁエニス、アイツは人前ですぐ服を脱ぎだすような超がつくほどの露出狂で、その上さらに女士団(ラウンズ)に『黒百合』なんてイタイ名前を平気な顔してつけるような変態なんだ。そんな変態は今から街を探せばすぐにでも――」

「誰が変態ですって、このド変態」

ビキ――――。

「もうここに来るとは思わなかったぜ。カナ――デ・ビギィィィィ―――ッッ!!?」

同時に俺の視界が向かってくる拳に覆われ、俺の覚えのある痛覚と共に目の前が真っ暗になる。

「シ、ショク様ぁ――――ッッッ!!?」

(う、うーん……)

ああ、レニティア。こんな理不尽な暴力を受けた俺を心配してくれるのか。

全く、これだから中途半端な露出狂(カナデ)は困る。

レニティアくらいに、常に全裸(←局部を隠す不思議な長い金髪を装備)でいるくらい堂々とやっていないと、その身に人並みの優しさは生まれないぞ。……いや、よく知らないけどさ。



「カ、カナデ……?」

「ええ。久しぶり、エニス。……といっても一日と半日ぶりだけどね」

そう言ってカナデは私に微笑む。

そんな屈託なく笑いかけてくれるカナデの優しい笑顔を前に見たのは果たしていつだろうか――。

それがいつか思い出せぬまま、私はカナデに尋ねていた。

「どうしてこのお城に……?」

カナデが答えようとすると、突然カナデの後ろからひょこっと背の低い女の子が顔を出した。

「あのねー。かにゃでは、アパートから離れてた間をこのお城で過ごしてたんだってーっ! ずるいよねーっ」

私は顔を出したその女の子の顔を見てさらに驚いた。

「え、ティミトまで……? ど、どうして?」

しかし、相変わらずティミトは私の話を聞いてくれなくて、ティミトは明るい笑顔で歌いだす。

「ごうかなおりょーりに、ごーかなベッド♪ それにごーかなお洋服っ!! うらやましいなーあたしもお城のお洋服着たかったーっ」

「バッ……アンタは余計な事言うんじゃないの!! それに私はご飯はちゃんと街で――って、ああっ!! ティミト、アンタせっかくアパートからここに来る時ちゃんと私の前で服を着てたのに、もうっ! どうしてまた体に色塗っただけの全裸になってるのよ! 城に来るときから服着なさいって言ってるでしょ!!」

「えー、でもこれでも見た目は服着てるじゃーん」

「見た目がじゃない!! 全身ちゃんと布のある衣服を纏えって言ってんの!! ようやく脱ぎにくい服をやめたと思えば今度は全裸に絵の具って……ホントに極端すぎなのよアンタはッ!!」

ベッドの上にいる私は目の前であまりにいろいろな事が一度におきすぎて、何が何だかわからなくなっていた。

「……え、えっと……?」

やがて、カナデはティミトとの話を終えて私にゆっくりと近づいてくる。

「エニス……ううん。今は私達のリーダーとしてのエニスと呼ばせてもらうわ。――ティミトの事もレニティアの事も、今さっき女王様に呼ばれて聞いてきたところよ」

「えっ……」

「エニス……私はあなたが『黒百合』のメンバー全員を思いやれるリーダーになる事をこれまでずっと願っていたの。任務を失敗して悲しみ続けるエニスを見ているうちに、私は怖くなったの。このままじゃ、本当にあなたはこの国から追い出されるかもしれないって」

「……うん」

「私があなたとの接触を絶ってアパートに戻らずこの城で日を過ごしたのは、あなたが私に頼らずにメンバーの皆に自分の意見を通す事のできる、強いリーダーになって欲しかったから。女王様にはそう言って特別にここで過ごさせてもらっていたの。でも……ごめんなさい……エニスが一番辛いときに私がそばにいてあげられなくて……」

私はううん、と首を振った。

「カナデ、私こそ本当に今までごめんなさい。私気付いたの、私は自分のわがままであなたまで巻き込んでた」

「…………私もあの時エニスに酷い事を言ってごめんなさい。で、でもっ……」

「解ってる。私、カナデが私から離れて自分ひとりになって、ようやくメンバーみんなの事を考えるようになったの。今考えれば、それもカナデのおかげ……。だから……ありがとう。カナデ……」

「エ……ニス……。……ごめん……ごめんねっ……!」

カナデが目にいっぱい涙を溜めて、ベッドの上で体を起こした私を力強く抱きしめてくれる。

私もカナデの体を抱きしめる。こんなに穏やかな気持ちは初めてだ。

私は抱きしめた傍にあるカナデの耳に向け、小さな声で言う。

「……ねえカナデ? 私解ったの。私は一人じゃないって。一生懸命気持ちを伝えようとすれば、それに答えてくれる人が必ずいるって。私、今までずっとカナデと二人でいいって意地張って、それに気付けなかったの。

女王様から私に手紙が来ても、初めは不安だったけど、最後には国を追い出されるのは仕方ないと思って諦めた。

――でも、ショクはそんなどうしようもない私を助けてくれたの。ティミトもレニティアも、ショクが私に説得に行こうって言ってくれなかったら私きっと行かなかった……」

私達はそこで、ゆっくりと抱擁を解いてゆきお互いを見つめあう。

やがて、私はカナデに言う。私を救うといってくれた人の名前を――

「大灰触(おおはいしょく)……。彼は私を助けて、そして私に『黒百合』のリーダーだって気付かせてくれた人なの」

「そう……」

そう言ってカナデは腕を組むと、未だに床でうずくまったショクを見る。

「男なんて平気で嘘をつくと思ってたけど、アンタを助けたのなら少しは信じてもよさそうね」

「……うんっ」

「――で、それで? エニスはこれからどうするの?」

カナデは私に振り返り、私の答えを待っている。――もちろん。私の答えはもう決まっている。

「女王様から任務を受ける。もう絶対に失敗なんかしない。今はカナデやティミト、レニティアそれにショク……皆がいるから」

「……その言葉をずっと待ってたわ。ありがとう。私の大好きな友達、エニス」


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