第11話『魔法は……望む事を叶える為に生まれた奇跡の力なんだろうっ!!?』


「クソッ……クソッ……!! エニス!! おいっ!! しっかりしろ!!」

(畜生ッ……エニスを少しでもエニスの判断に任せようとした俺が馬鹿だった……!!)

俺はその自分の判断が如何に愚かで、間違っていたかを知る。

エニスは重傷だった。今、エニスの口の中からはおびただしいまでの血が流れ出していた。

エニスは恐らく痛みに叫ばない為に、自分の唇を噛んでいたのだ。

そしてエニスは唇の内側が千切れても、それでもエニスは口から血を必要以上に流さないよう、全身の痛みとレニティアに殴られる痛みに声も上げず、ひたすら耐えていたのだ。

その時のエニスの痛みを想像すると思わず全身がぞっとする。

(ここまで……ここまで自己犠牲に徹することが出来るかよ、普通ッ!!?)

エニスの自己犠牲はもはや狂気の沙汰だ。

「おい! レニティア!! この近くに医者はいないのか? それともお前か他の誰かの召喚魔法でエニスの怪我を治せないのか?」

しかし、レニティアは光を失った目で、うわごとの様に言葉を言うだけだ。

「……ち、違う……わたくしが、したんじゃ……わたくしは……え、エニスが……」

レニティアは完全に我を見失っていて、言葉が耳に入っていないようだった。

「クソ……聞く耳無しかよ。とりあえずエニスを女王のいる城へ連れて行ったほうがいいな」

そう混濁した頭で何とか考えながら俺はエニスを背にそっとおぶって、そのエニスの顎を俺の肩に置いたとき思わず戦慄した。

「おい、マジかよ。息してねぇぞ」

俺の傍らのエニスの口から呼吸はなかった。死体のように力なく俺にしなだれかかるだけだった。

「おいおいおいっ!! 冗談じゃねえぞ!! 落ち着け、考えろ考えろ……!!」

髪をかき乱し、混濁した思考を研ぎ澄まし考える。その時、俺は不意に思い至った。

女王に教えてもらった俺の持つ魔法四属性の魔法の中で唯一使っていない属性の魔法があった。

初めに水、そして火、次に雷、そしてまだ見ぬ最後の属性――それは、

(『風』……だ。そうだ! 風の魔法を上手く使えばどうにかして女王のところまでエニスを飛ばせるんじゃないか?)

そうなれば俺のすることは決まっていた。魔力補給だ。

不本意だが、俺は魔力補給の為、エニスを背負った後ろ手でこっそり背中に密着したエニスの胸に触ることにした。そして胸を触った俺の右手に青く光る魔法四属性の刻印が――――無かった。

「なっ……どうしてだよ!!?」

何かの間違いであってくれと祈りながら、俺はすぐ傍にいる魔力を持った人物の方へ向かう。

「おい、レニティア悪い。胸を貸せ。詫びなら後で幾らでもいれてやる。だから少し我慢してくれ」

俺はそう言いながら、ただ床に膝を着いて呆然とするレニティアの胸にそっと触れる。

しかし、そこでも魔力は補給できず、俺の右手の刻印は浮き上がらなかった。

「う、嘘だろ!? 何でだ。何で刻印が出てこない!!? ――くっ……クソッ!!」

よりによってこんな時に思い通りにならない事に俺は耐え切れずついに激昂し、感情のまま床に足を叩きつける。唯一の手段が絶たれた。再び目の前の景色が涙に滲み始める。

――畜生、こんな事でエニスが死んでもいいのか。くだらないこいつ一人の自己満足で……こんなに心の優しい奴が死ぬなんておかしすぎる……!

俺は開いた右手を窓の外へ向け、差し出した。

「頼む……。出てくれよ!! 風ぇっ!! 魔法は……望む事を叶える為に生まれた奇跡の力なんだろうっ!!? 出ろ!! 出ろよ!! 風ぇっ!! エニスを助けて欲しいんだよ!! いいから出ろっつってんだろうがああああぁぁぁぁぁぁッッ――――!!」

――その瞬間。

魔力を持たないはずの俺の右手首から刻印が表れると共に青い光が迸り、魔法が発動した。



「じょ……女王様これは一体どういうことですか……?」

ラウンズヒル城。現在、その女王の座る玉座の周囲は動揺に満ちていた。

衛兵の一人が、先のように慎重に言葉を発しながら、急に玉座の前に落下した血にまみれた倒れている人間の体を警戒し、見つめていた。

兵士たちにとっての動揺はその人間の体の状態よりも、城の周囲に張り巡らされた女王の光魔法の結界を破り、血まみれの人間の体が入ってきたという事実に驚いていた。

「どっ……どきなさい!」

女王はすぐ立ち上がり、手や法衣が血に塗れるのを構わず倒れている体を抱き寄せた。

やがて女王の顔が見る見る青くなってゆく。

「え、エニス……! どうしてこんな姿に……お願いしっかりして……! くッ……!!」

女王の手がエニスの額に置かれ、手が白く輝き始める。

光を浴びたエニスの容態はみるみるうち良くなってゆき、やがてエニスの顔が血色を取り戻す。

エニスがゆっくりと息をし始めたのを確認すると、女王は近くの衛兵にエニスを自分の部屋へ運ぶよう言い、そのまま城の外へ続く道へと歩き出した。

「女王様……? どちらへ?」

女王は答えない。

すると女王の前から別の兵士が駆け込んできた。

「じょ、女王様大変です! 召喚女史(ミストレス)のアパートで爆発が……!」

しかし、女王は驚きを示すことなく、ただ兵にコクリと頷いた。

「解りました――今から私がその事態の収拾にあたります」

「えっ……」

女王は驚きに目を瞠る兵士に一瞥もせず、ただ両手をゆっくりと天へ掲げた。

法衣から除く両腕が白く眩い光を放つと共に、女王の体はたちまち大きな白い光に包まれた。

あたりの兵達が突如表れた光に目を覆う。数秒後、女王はその場から完全に姿を消していた。


目の前で起こった俺の魔法は働きを全て終え、やがて取り残された俺は安堵の息をついた。

「よ、良かった……のか?」

結局俺の風の魔法は発動した。魔法が起こると同時、膨大な風が発生し、それはエニスの体を浮かせ、部屋の壁を壊し、そして負傷したエニスを遥か遠くにそびえる女王の城まで運んだのだ。

(しかし、どうして俺は魔力無しで魔法を使えたんだろう……?)

「本当にわっかんねえな……どうし――――ごっ……ぷ」

口の中に前触れも無く感じた異物感に俺は顔をしかめ、思わず口を覆う。

(な、なん――――え?)

俺が開いた手の中には光沢を放つ痰のように小さくどろどろした真っ赤な血の塊があった。

――どういうことだ……この血、俺が吐いたものなのか?

それを示すように、俺の口の中には吐き気がするほどに塩分を含んだ鉄の味が広がっていた。

「――――二人共」 突然、部屋の中に聞き覚えのある声が響く。

「じょ……女王様……?」

そう俺と同じく驚きに言ったのはレニティアだった。俺は咄嗟に声の方を振り返る。

そこには見たことも無いような、厳しい表情を浮かべる女王、プレウィックの姿があった。

白い法衣の腹部にはどす黒い血がべっとりとこびりついていた。

「女王様が、何で……それにその血は……」

俺が女王に言うも、女王はただ俺とレニティアを交互に見つめ静かに言う。

「傷ついたエニスがつい先ほど私の元へ来て、私は魔法で出来うるだけの治療を彼女に施しました。命に別状は無いとは思いますが念のために今、城の者に運ばせ様子を見てもらっています。……ショクさんあなたは風の魔法を使ったんですね?」

「ええ、それでエニスを――」

「色々話し合いたいことはあります。しかし、この場で事の顛末(てんまつ)を聞くつもりはありません。――二人共、今から城へ向かいましょう。話はそこで。いいですね?」

その言葉に異論の余地はなく、俺とレニティアはただ頷き女王の言葉に従うことにした。


ラウンズヒル城。

俺とレニティアは多くの衛兵のいる中、中心にある玉座に座った女王の前に立たされていた。

――まるで校長先生に呼ばれた生徒の気分だな。

そしてついにこの場に着くまでずっと口を閉ざしていた女王が俺たちの前で口を開く。

「まず聞きたい事があります。エニスはどうしてあそこまで傷ついていたのですか?」

その瞬間、俺の傍のレニティアが女王に力強く足を踏み出し大声で泣き叫ぶように叫ぶ。

「女王様ッ!! わたくしが……わたくしが全て悪いのです!! わたくしが怒りに任せてエニスにあんな事を……!! だからわたくしが全て悪――」

しかし、女王は片手を挙げレニティアを制した。

そして女王はレニティアをやさしく見据え、落ち着かせるようにゆっくり言う。

「レニティア。落ち着いて下さい。私は今、誰が悪いとか、誰を罰しようとは考えていません。ただ、エニスがどうして怪我をしたのかそれを知りたいんです」

「でっ……ですからそれはわたくしのせいで――――」

気付けば、俺はレニティアの前へと進み出て女王に言っていた。

「俺が説明します。あいつは……エニスは自分から、レニティアの為に傷ついていったんです」

「自分から……?」

「ええ、今朝俺とエニスはレニティアに『黒百合』への任務の参加を呼びかけていました。しかしこれまでエニスが「カナデと自分の二人でも任務は果たせる」と、間接的に自分は必要ないと言われた事で心が傷ついていたレニティアはエニスに怒り、その呼びかけを断ったのです。

だから――レニティアがもう一度部屋に来たエニスに殴りかかったのも無理ないんです」

すぐ背後でレニティアの驚く声がする。

「ど、どうして……あなたがそんな事を……?」

「悪いな。部屋の外でお前とエニスの騒ぎをこっそり聞いてたんだ。だから、この件で悪いのはお前だけじゃない。エニスに殴りかかったお前をすぐに止めようとしなかった俺も悪い。――女王様」

俺は言葉を切って、玉座の上の女王を見る。

「エニスは自分の言葉でレニティアを傷つけてしまったから……だからエニスは「どういわれようと自分はレニティアの所へ行く」――そう俺に言ったんです」

女王が俺の言葉を無表情で聞く中、レニティアが動揺に息を呑む音がする。

「……そ、そんな……え、エニスが……どうして……ッ!?」

「レニティア……エニスはレニティアの気持ちを少しでも和らげたかったんだよ」

俺は言って首だけで後ろのレニティアを振り返り、見る。

レニティアはやがて、目に涙を浮かべると目を覆って床に泣き崩れてしまった。

「エニス……ッ!!」

やがて、俺が女王に視線を戻すと玉座の上で女王はエニスの怪我の理由を理解したように目を閉じ静かに頷いていた。

「……そうですか。エニスはそこまで人を思い、気遣える優しい子なのですね」

「ホントにエニスは大した自己犠牲の精神の持ち主ですよ。他人が生きるなら自分はどうなったっていいって思えるような……そんな常軌を逸した……とても優しい奴です」

「ええ、だから私はエニスを『黒百合』のリーダーに決めたのです」

「え? そうなんですか?」

女王自ら決めたこととは知らず俺は問いかけていた。女王は「ええ」と頷いた。

「真面目で判断力があって、皆の事を思いやれる、それが私の知るエニスという召喚女史(ミストレス)でした」

「……ま、確かに女王様の見立ては間違ってないと思いますよ」

一つ、エニスは『黒百合』のメンバー中いちばんおっぱいがおっきいというのを見逃してはいるが。

女王は床に目を落とし、――しかし、と不意に悲しそうな声で言う。

「ここのところエニスはリーダーである事を忘れメンバーを蔑ろにし、少ない人数で任務を受け続けては失敗してました。私は自分の判断が間違っていたのではないかと一度ならず思うようになっていました。――ですが」

女王はやがて明るい表情で目を開いて、俺を見つめてくる。

「ですが、私の判断は間違っていませんでした。エニスはリーダーに相応しい人間だったのです。エニスが今日のように自分の仲間を思いやる気持ちを再び持てたのも、きっとショクさんのおかげかも知れませんね」

「いやぁ、そうですかねぇ~? でえへへ、嬉しいなこりゃ」

「ショクさん。自分勝手な願いで申し訳ないのですがお願いします。エニスを支えてあげて下さい」

「……ええ、エニスのサポートは俺に任せて下さいよ」

するとすぐ傍で、その俺と女王とのやり取りを聞いていたらしいレニティアが立ち上がって、俺と女王とを見比べ言う。

「どういうことですの……エニスのサポートって……?」

俺はレニティアにこの事を話していいものかと、少しためらったが、今のレニティアになら話してもいい気がした。

「エニスはこれまでの任務を果たせなかったせいで、あと六日の間に『黒百合』のメンバー四人――エニス、カナデ、ティミト、レニティア――を纏めて、その全員で一つでも任務を果たさないと国から追い出されることになってるんだよ。だから俺はそのサポート役ってわけ。――そして、見てのとおり俺は魔法使いだ」

「見ての通り、かは解りませんが……なるほど。あのエニスを城まで運んだ風の魔法もそういう事だったんですのね……――あの、女王様」

「はい?」

女王が明るい表情のままレニティアに首を小さくかしげる。

「エニスは……エニスはどこにいるのですか?」

「この広間を出てすぐ傍にある私の部屋で安静にさせています。……――様子を見に行くのですか?」

「その……構いませんか?」

おずおずと尋ねるレニティアに女王は微笑みで答えた。

「ええ。私はあなたの気持ちを信じますよ。あなたもエニスと同じ、私の大事な召喚女史(サモンミストレス)なんですから。母は自分の娘を疑ったりしません」

「……ッ。……ありがとうございます女王様。――その……ショク?」

「へえー。部屋の扉をぶち破った時のあの状況で、よく俺の名前を覚えてたな」

「ごめんなさいショク。わたくし、あなたに止められていなければエニスにもっとひどい事を……」 

「気にすんなよ。それより早く行ってやったらどうだ? エニスが目を覚ましてるかもしれないぞ。――ってあれ?」

俺がそう言い切るよりも早く、既にレニティアは解っているとばかりに踵を返し広間の外へと向かっていた。やがて、レニティアは出口の扉の前でくるり、と俺を振り返り明るい表情で――

「ええ。エニスは――……わたくし達の大事な『黒百合』のリーダーですものね」

そう言った口元は何の不安や怯えも無く、ただ眩しいくらいに明るく嬉しそうな笑みに綻(ほころ)んでいた。



「ところで、女王様?」やがて、レニティアの姿が奥へ消えてゆくのを見た俺は女王に尋ねていた。

「はい?」

「あの、おっぱい揉んでもいいですか?」

「ハ? 死にたいんですか?」

女王の直球ドストレートな言葉に俺は驚きを通り越し、思わず感心する。

つい先ほどレニティアに「母は自分の娘を疑ったりしません」と言った人が言う言葉とは思えない。

「い、いや、それが今ちょっと右手の刻印が妙な感じで……修理に出す時期なんでしょうか?」

「え、えっと……何を言ってるんですか?」

「それが変なんですよ。俺がエニスを城へ運ぶまでに使った風の魔法なんですけどあれ、何と魔力無しで使えたんですよ」

「え……!?」

「初めは辺りにいたエニスや、レニティアのおっぱいを触ったんですけどそれでも刻印が浮き出てこなかったんですよ。不思議でしょう? だから、今から女王様のおっぱいで浮き出てくるかどうか実験を――」

「ショクさん!!」 突然、玉座から立ち上がり叫んだ女王に俺は驚いた。

「はっ、はひぃ!!?」

(まずい、調子に乗りすぎたか!?)

しかし、立ち上がった女王の顔は、俺を批難する様にではなく、心配する様に見つめていた。

「魔力無しで魔法を使って……体は、体は大丈夫なのですか?」

「――え? ま、まぁ魔法を使った少し後に血をちょっぴり吐きましたけど……」

俺が言うと女王が長い溜息をついて思いつめた顔で俺を見て躊躇うようにゆっくりと話し出した。

「これはショクさんには言いたくはなかったのですが……実は魔法使いは例外的に魔力を補給せずに魔法が使うことが出来るのです」

「え? で、でもそうなったら魔力の代わりに俺は何を使って魔法を出したんでしょう?」

――俺の純情とかだろうか?

「……代わりとなるそれは術者の生命の源……血液です」

「へ?」

俺の予想は女王の言葉で儚くも崩れ去った。背筋が凍る。やがて女王は重たい口調で続ける。

「つまり血を失う事によって魔法使いは例外的に魔力を持たずとも魔法を使えてしまうのです。しかし、それは非常に……非常に危険なのです。下手をすればショクさんはそれによって死んでいたかもしれないのです」

「…………!!」

「そのような魔法の使い方は絶対にしないで下さい……お願いします。ここで約束して下さい」

ここまで綺麗な女性に言い寄られ、断れる男がいるだろうか。俺は素直に頷いた。

「い、いや……そりゃ俺だってこんな訳の解らない世界で死にたくないですからそれは約束しますよ。それにしても、あの時俺は、エニスやレニティアのおっぱいから魔力を補給できなかったんです。どうしてでしょう?」

「それはその時二人の体、そして精神が衰弱していたせいでしょう。召喚女史(ミストレス)は皆、日常において精神統一によって常に魔力を高めていて、戦闘の際すぐに高めた魔力を目の召喚石に宿し、それにより自らの召喚魔法をその身に行使しています」

女王は言いながら、玉座へ戻ってゆき、やがてそっと腰を降ろした。再び女王が口を開く。

「ですからその時の二人――エニスは瀕死の重体、そしてレニティアは精神を衰弱させた結果――その状態の二人は精神統一を行えず、その体には魔力が無かった。だから、ショクさんは魔力をその体から補給できなかった。そう考えていいと思います」

言い終えた女王は静かに息を吐く。しかし玉座に座る女王の佇まいはどこか落ち着いていない。

「要は、魔力を持ってる人が死に掛けてたり元気が無かったりすると、俺はその人のおっぱいからは魔力を得られないということですか」

「……はい」

「そして魔力補給をせず魔法を使えば俺は死ぬかも知れない、という事ですか」

「……はい」

「そして、今、俺は女王様のおっぱいを揉めるという事ですか」

「……はい――って……え?」

「よっしゃあぁぁぁ――っっ!! いただきまあああぁぁぁすぅぅぅ――――――ッッ!!!!」

「――だから……何でそうなるんです……かあっ!!」

――ガシッ

「ぎゃあーっ!! ふっ、フロントチョークは止めて! 折れますって首折れますってマジで!!」


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