第9話『……まだ起きてる?』
数十分後。俺はティミトの部屋から出てエニスの部屋に戻ってきていた。
「し、ショク……! えっと……お帰りなさい……」
「ああ、ただいま」
俺はティミトの部屋で着てきたスーツ姿でエニスの部屋の中へ入ってゆく。
こうしてみればまるで今の俺は所帯持ちのお父さんみたいだな。
「その……大丈夫? 体は? 女王様はショクの事は心配いらないっておっしゃられていたんだけど」
「ああ。大丈夫大丈夫。へぇ、でも女王様、そんなこと言ってたんだ」
「うん……私すごく心配した。私のせいでショクがあんな危険な目にあうなんて……」
「まぁ、それは後回しにしてさ。それよりエニス。俺の格好どう思う? かっこいい?」
「……その服って、もしかしてティミトの服?」
……それ以上の感想は無しか。ま、まあいいや。
「そう、さっきここに来る前ティミトの部屋で借りてきたんだ。それでさ、どうやらあいつここに来るみたいなんだ。とびきりのオシャレをしてな」
「と……とびきりのオシャレ?」
「ああ、どうやらそうらしいな」
俺は思わず、少し前にしたティミトとのやりとりを思い出しくっくっ、と小さく笑う。
「えっにえにっー!!」
やがて、開かれた扉の向こうから、いつもの明るい声と共にティミトが現れた。
服は先ほどのワンピースではなく、星や動物などのさまざまな柄がプリントされた可愛らしいボディースーツだった。
「あっ、ティミト。えっと、ショクから来るって聞いてたんだけど……どうしたの?」
「えへへ~! あたしこんな風な『お洋服』を一度着てみたかったんだー! ほら、可愛いでしょ?」
そう言って、ティミトは嬉しそうにその場でくるくると回ってみせる。
「それにね! えにえに見て! 行くよーっ! 『紺碧粘体(ブルースライム)』!!」
その瞬間、ティミトの発した言葉によってティミトの召喚魔法が発動する。
本来、召喚魔法は服を着たままでは使えないはずである。
しかし、ティミトの全身は不思議な事にティミトの全身の輪郭を保った粘体に変化する。
変身を終えたティミトはエニスにとてとてと駆け寄ってゆき、嬉しそうに言う。
「ほらっ! こんな風に『お洋服』を着たままでも召喚魔法がすぐに使えちゃうの! 任務にも向いてるでしょ?」
「えっ……任務にって……?」
「うん! だから次の任務は必ず声かけてね!! 絶対に行くから! ああ、早く着て行きたいなーっ。それじゃー! 二人ともお休みー! ――あ、えにえにお風呂場に置いてる昨日貸してた服貰ってくよーっ」
そう言ってティミトはどたどたと来た時と同じく、すぐさま出て行ってしまった。
突然の言葉に訳も解らず、エニスは俺の方を振り返って尋ねてくる。
「……ショク。どういうこと?」
「さーてな。ま、いいんじゃないか? あいつこれから任務に来てくれるみたいだし」
……しかし、ティミトの絵の上手さは本物だな。
実はあのティミトの格好(ボディースーツ)が『全裸』だったとは思えないほどだ。
ティミトが着てきた『お洋服』――それは人の裸体に絵の具で服の絵を描く技法――『ボディペインティング』と呼ばれるものだった。
ティミトは自分の『紺碧粘体(ブルースライム)』を絵の具に溶かして色をつけ、それを自分の体に塗っていたのだ。
まぁ、とはいえ流石に見えてはいけない肝心なところには小さな布切れでも張っておけとくれぐれも念押ししたが、果たしてさっきのティミトはつけていたのだろうか? ……まあいい。
(――さて、一人はこれで大丈夫だ。後はカナデともう一人――レニティアか)
それから暫くして。
俺はとりあえずエニスに、城で女王から説明された俺の右腕の刻印について話し、刻印にはまだ別の力をあらわす八行まで続く別の行があること、そして今のところ一行目の四属性の魔法を制御できるようになった事も伝えた。
加えて今日のことは二度とないようにするから安心するようにとも言った。
やがてエニスと俺は、昨日と同じく別々に風呂に浸かって疲れを取った後、同じベッドで横になっていた。
今日は床で寝るよと言う俺を許さず、エニスは悪いからと、自分の隣で寝るようせがんできた。
――ああ、また今日もおっぱいに触れるのに触れない生き地獄が待っているのか――
そんな過酷な時間が流れる事十分ほど、不意に傍で寝ていたエニスがポツリと口を開いた。
「ショク……まだ起きてる?」
ともすれば甘えたようなその可愛らしいエニスの声に、俺は何とか答える。
「ああ、起きてるよ」
――只今絶賛、別なところも起きそうだが。
気を遣ってくれてか、傍で俺に背を向けて寝るエニスはまたぽつりと言う。
「あのねショク、ティミトを任務に出るように説得してくれて……その、本当にありがとう」
「おっぱいを無許可で触った埋め合わせなんだから気にすんなって。それよりティミトにボディペインティングの事教えてやったら、すっげー喜んでたぞ。エニスにも見せたかったな」
俺が明るく言うものの、エニスからの返事は無かった。
「……エニス、どうした?」
「……ごめんね」
「……?」
「その……私、今日はずっとショクに頼ってばかりで……こんなのリーダーじゃないよね」
そうエニスが言って、ベッドの掛け布団を手で握り締めたのか、ぐいっと布を引っ張った音がする。
俺は沈黙の中、エニスの息づかいが落ち着いてくるのを静かに待つ、そして――
「俺は今日のエニスを見て、リーダーに相応しいと思ったよ」
俺は、頭の後ろで手を組んで天井に眼を向けながら静かに言う。
「――え……?」
そして俺の頭の中で自然と今日のティミトとの戦いでの出来事がひとつひとつ思い出されてゆく。
「今日の俺とティミトの戦いの時、エニスは自分の言葉を言ったじゃないか。覚えてないか? ティミトと俺へ、「絶対に相手を魔法で怪我させるな」――って言っただろ?」
「……うん」
「それに俺がティミトへ攻撃しようとした時、戦いの前に怪我をさせるなって言ったのに、わざわざお前は俺に改めて「ティミトに魔法を当てないで」――とも言った」
「……うん」
「俺は咄嗟の時でも、あの時のエニスみたいに他人の体を大事に思えるような奴がリーダーに一番相応しいと思うよ」
「………………ごめん……本当に、ごめんなさい……私……っ」
「え、エニス? どうしたんだよ?」
「ううん……ごめんなさいショク。何でもないの。お休みなさい……」
「……?」
こうして今日の一日が終了した。エニスが国外追放される期限まであと六日。
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