第8話『『着てないのに着てる服』だ』

それから無事ッ!に魔力補給が終了して、俺とエニスが勝負の場である裏庭へ向かうとそこにはぷーぷーとほっぺたを膨らませ怒っているワンピース姿のロリ巨乳、対戦相手のティミトがいた。

ティミトは俺たちから二十メートルほど離れた裏庭の丁度真ん中の場所に立っていた。

「もうっ、おっそーい! 待ちくたびれちゃったよー」

「いっやぁ~。悪い悪い~。おかげさまで準備はバッチリだ」

「……? 何でショク嬉しそうなの?」

「そうか? フゥン、気のせいだろう。今の俺は明鏡止水。勝負の前に邪心など挟むはずもない!」

俺は実にいい顔で言い切ってやる。

いやぁ相変わらず、エニスのはすごい触り心地だった。さすがバスト112は伊達じゃないよ。

「それじゃ、ショクがあたしに負けたらあたしはショクのお洋服を貰えるんだよね?」

「そして俺が勝てばお前は今日から『黒百合』の任務に出るんだ。いいな!」

「いいよーっ!」

「あ、あの……ティミト……!」

「ん、どしたの? えにえに?」

「絶対ショクに怪我させちゃダメだからね……! そ、それにショクもティミトに怪我させちゃダメだから……!」

「心配するな、エニス。魔法使いの俺が怪我なんかするわけないだろ?」

すると、ティミトは俺の言葉に驚いた表情を見せる。

「えっ、ショクって異世界から来ただけじゃなくて魔法使いなの!?」

「ああ、そうだ。ティミトも俺の魔法見て腰抜かすなよ?」

「絶対にショクのお洋服貰うんだから! 腰なんか抜かさないよ!」

「よし……それじゃ、エニス。勝負開始のスタートの合図を頼む!」

「そ、それじゃ……す、スタートぉっ!」

おどおどしたエニスのスタートの声。

戦いの合図が出た事で俺は早速、魔力の充填された右手を開き、ティミトの前に構える。

そしてティミトも俺に目を向け、明るい声で叫ぶ。

「よーっしっ! それじゃ、いくよー!」

言いながらティミトは自分の召喚魔法を使うため、着ていたワンピースを脱ごうとするが――

「いくよーっ! う……うんしょ……うんしょっ……!」

一生懸命脱ごうとするものの、ティミトの服の構造がややこしいからか、中々脱げなかった。

――ああ。やっぱり、あの服は脱ぎにくいよな……。

「なぁエニス。召喚女士(ミストレス)はいつでも服を脱げるようにしてあるんじゃなかったのか?」

「……ティミトは別。ティミトは幾ら周りがすぐ裸になれる脱ぎやすい服を着るように言っても、下着は着けるし、それにあんな風な脱ぎにくい服にこだわるの」

「はぁ……そして戦いの時でもそれは変わらないってか……」

そこで俺は改めて腕を構え、ティミトを見るが、

「う、うんしょっ……う~んしょっ……――とぉっ」

ぬぎっ――ぷるるんっ。

ティミトがバンザイの姿勢になって脱いだワンピースの下からは黄色の星の形のブラを着けた、おっきなおっぱいが現れ、確かな重みと質量をもったそれは重力に従い、ゆっくりと大きく揺れた。

「――ッんなぁっ!!?」

突如、俺の体は雷に打たれたように動かなくなった。

その体にして、夢のおっぱいランク『Aプラス』のおっぱいというこの異世界の神秘があった!

おっぱいソムリエ初段の俺の確かな嗅覚が、間違いなくそれは極上品だと告げる。

だ……だがしかし! 俺は目を瞑って頭にこびりつく邪念を振りはらう。ところが――

「行くよ! 『紺碧粘体(ブルースライム)』!」

何と! 俺がそーこーしてるうちにティミトは下着も既に脱ぎ終えてしまって、いつの間にか召喚魔法を唱えていた!

(だああああッ――!! し、しまったぁあああッ――――!!?)

ティミトの目が水色に輝き、俺はその裸を見る間もなく、ティミトの姿がその全身の輪郭を保ったまま青いゼリーのように変化し、ぶるぶると波打ってゆくのをなすすべもなく見つめていた。

「それーっ! いけいけいけいけいっけぇ――――っ!!」

そして、いきなりティミトはゼリー状になった両腕をぐるぐる回して、拳大の水の塊を次々俺に飛ばしてくる。

「どわわわわわっ!!」

突然訪れたティミトの攻撃に俺は思わず驚きの声を上げ、それらをどうにかかわしてゆく。

「それーっ!! どろどろこうげきだぞーっ!! うりゃうりゃうりゃーっ!!」

ティミトの技の何とも残念なネーミングセンスはともかく、そのぶよぶよした水の塊の向かってくる速度は侮れないものだった。

それに、あの水の塊は召喚魔法で出来ている。触れたらどうなるものか。服を溶かすとかだったらシャレにならんぞ。自分の裸を見て誰が喜ぶんだ! 露出狂のカナデじゃあるまいし!

魔法を使おうにも、今のところティミトの攻撃を避けるので精一杯だ。

「もーうっ! そんなにぐにゃぐにゃ動かないでよーっ! 当たりにくいじゃん!!」

「や、やかましいっ! こっちは何とか当たらないようにしてるんだよ!! ほぉっ! とぉっ!!」

「う~、こーなったらぁ~……」

ティミトは腕を振り回すのをやめ、俺に向かってガシッと両手を重ね合わせる。

「でやー!! 飛んでけぇ! どろどろ・ばーすとぉっ!!」

瞬間、ティミトの重ねた粘体の手がパッチィィィィン!と弾け無数の粘体が俺へ飛び掛ってくる。

「くっ――――!!」

咄嗟に俺は顔を腕で覆い、その攻撃をもろに受けてしまう。――ピチピチピチピチッッ!

俺の制服を着た体にティミトの飛ばした粘体の細かな飛沫が幾つもひっついた。

「な、何だこれ……!」

俺はその異変に気付く。

小石ほどの体積を持ったそのゼリーの粘体はひっついたまま俺の衣服の上でぶるぶる震え、豆粒ほどの大きさからゴルフボール大にぶくぶくと自らが意思を持ったように膨れ上がってゆく。

「わーい! 当たった当たったー! さー、そのままどんどん膨れてショクを動けないようにしちゃえー!!」

攻撃が当たった事に、喜びはしゃぐティミトに俺は体中についた粘体を睨み付ける。

「――――チッ!」

俺が体や腕を振り回し、その膨れ続ける粘体を振り払おうとするも、接着剤でもついたようにそれは服の上でひっついたまま離れない。

「むりむり。そんな弱い力じゃ外せないよーだ。……し、瞬間的に大きな力には弱いけど。それでもわーいっ! これでショクのお洋服ゲットぉーっ」

「く、くそ……!」

――まずい。このままでは俺の身ぐるみがこんなロリ巨乳に引き剥がされてしまう!

「ショク……」

後ろからエニスの弱い声が聞こえる。そうだ、このまま負けるわけには行かない。

そう思いながら俺はその粘体をなすすべなく何度も素早く握りつぶしているうちに――急にパチンッ!とその粘体が俺の手の中で弾け飛んだ。

「――へ?」

図らずも俺とティミトの声が重なる。

(そ、そうか……!)

答えを得た俺はすぐさま、周りについた他の粘体の一つにも同じ事を試す。――パチンッ!

同じく、その粘体は俺の手の中で音を立て弾けた。

(よしっ――――!)

そして、俺は両手で次々と粘体を取り除いてゆく。――パチパチパチパチパチィィィィィッ!

そして十秒と経たないうちに、俺は体についた全てのティミトの粘体を取り除く事に成功した。

「う、うっそー!? え? どうして!? ……え、えぇーいっ!!」

ティミトは訳が解らないようにそう言って、それでも再び腕を振り俺に粘体を飛ばしてくる。

しかし、俺はその向かってきた粘体をがしっ、と両手で掴み取り、やがて――――パチィン!

俺は掴み取った手の中で粘体を破裂させる。

「うっ、嘘だよー……。そんな……一度に強い衝撃を受けないと弾けないはずのに……」

「ふふふ……悪いなティミト。俺の手は少し鍛えられていてな。俺の手は一秒間に十七回もおっぱいをもみもみする事ができるんだよ!」

「え?」

「つまり俺の手の中では瞬間的に力を与える事など容易い事だったんだよ! はっはははっ――!」

言って俺は笑いながら、魔法の溜まった右の拳を振り上げズダダダダダーッ!とティミトへ真っ直ぐ突進してゆく。

「ずっ、ずっるーいっ!! な、なにその変態特技!!」

健気なティミトは目にじんわり涙を浮かべながらも、やたらめったら腕を振り回し、俺に粘体をビュンビュン飛ばしてくる。

しかし、俺はそれを両手で受け止めすぐさま高速で揉むことで弾けさせる。

恐らくティミトの目には、俺が粘体に手を触れただけで弾け飛んでいるように見えるだろう。

「ショク! 魔法をティミトにあてちゃダメだよ!!」 後ろからエニスの声が飛んでくる。

「ああ! 解ってる! 大丈夫だ!!」

俺はティミトへ向かいながらそれに頷き、ついに俺はティミトの目の前までに迫った。

「ひぃっ!」

「これで終わりだ! ロリ巨乳!! ――はぁっ!!」

俺は右腕を振り下ろし、すぐティミトの真下の地面に向けて魔法を発動させる。

すると俺の手首の浮き出た刻印の青い光が一際強く輝いた。

(初めは水の刃で次は火球だった。さぁ、今度は何が出――)

その瞬間――――俺の目の前の光景が突如消え、激しい真っ白な光に覆われた。

――ドガァァァァアアアアアン!!!!!!

俺の耳を貫くような轟音が聞こえたのは光を見て半秒ほどした頃だった。

「は――っ」 俺の視界は真っ白なまま晴れない。

―― ショク!! ――

どこからかエニスの声がする。俺は平気だと答えようとするが何故か口が動かない。

(あれ、どう、いう事だ……?)

そして数秒の後、俺の脳は思考を停止した。



窓から差す陽に、俺は目を細め体をゆっくりと起こす。日は落ちてすっかり夕方だった。

「あれ、どうして俺はここに……? ティミトと対決してたんじゃ……っていうかここはどこだ?」

「私のベッドの上ですよ。ショクさん」

傍から聞こえた声の方を見ると、そこには椅子に座り、気品あふれる白い法衣に身を包んだ、絹糸の様な白い髪の女性――プレウィック女王がベッドの上で寝る俺を優しく見下ろしていた。

「あ、女王様……――って、女王様!!?」

その瞬間、俺はぼんやりとあった眠気が全て吹っ飛び、身をビクッとさせ驚いてしまう。

「な、何で!!? 俺が女王様のベッドの上に! ――も、もしかして俺は女王様のようなそれなりにお年を召された方と一度きりの過ちを……!!」

「なんですか。過ちはともかく、その『それなりにお年を召された』って言うのは。泣きますよ」

「ご、ごめんなさい。でも、どうして俺こんなトコに……」

俺の言葉をさえぎるように、女王は静かに語りだした。

「ショクさん。あなた自分の魔法を使ったでしょう」

「……え、ええ」

「ショクさん。あなたの魔法は非常に危険なものです。……あなたは自分の魔法の使い方を誤り、その末に気絶してしまったのです」

「そう、だったんですか――……まぁ、察しは何となくついてましたよ」

やはり、俺はあの時ティミトのすぐ真下へ魔法をかけた時に気を失ったのだ。

すると、俺はそのときの状況を思い出し不意に胸騒ぎを覚える

「そうだ! それで、エニスとティミトは!? あの二人は大丈夫なんですか!?」

「ええ、安心して下さい。幸い二人に被害はありませんでした。今は自分達の部屋でいるよう伝えています」

「そうですか良かった……。それにしても俺は何でここに? 女王様やっぱり俺に気が――」

「違います」

女王は微笑んだままやんわり即答した。

「私はこれからショクさんに魔法の使い方を教えます」

「へ? 魔法の使い方?」

「ええ、今日のことのようにならないよう、きちんとショクさんに教えたほうがいいと思いまして。私が気絶したショクさんを兵達に、ここへ運んできてもらったんです」

「ま、それは俺も是非知りたいところですけどね……」

何が出るか解らなくて、気絶してしまうかもしれない俺の力はあまりにも物騒だ。

女王は俺と同じ魔法使いというし、ここは是非ともその使い方を聞いておきたい。

「……そ、それでは、その……」

「?」

再び話し出すと急に女王は落ち着かなさげにそわそわとしだした。

「し、ショクさん。え、えっと……そそ、その……私のおっぱいを揉んでくれますか?」

「――は?」

突然の展開に喜ぶよりも前に、俺は思わず首を傾げてしまう。

「しっ、しょうがないんですよ! このことは衛兵を除いた城の者にはあくまで内密に行ってるんですから! もう、仕方ないとはいえ、何で私がこんな事を……」

「……え、えっと」

「ほらっいいですから、早くおっぱい触ってください! それでしか魔力を得られないんでしょう!」

女王が俺の手を強引に掴み、それを自らの法衣の胸元へと押しあてる。――ぷにっ。

「……し、失礼ですけどその……じ、女王様って胸あんまり無いんですね」

「だっ、黙りなさいっ! 失敬な!」

そう言って女王は俺の手首に刻印が青く浮き上がりやがて数秒すると、もういいでしょうとばかりに俺の手をどけ、自分の体をぎゅっと、抱く。

「こっ、これが女の子の普通の大きさなんですよ……! あの子達――召喚女史(ミストレス)達がみんな馬鹿みたいに大きすぎるからっ……」

それに……これからおっきくなるかもしれないじゃないですか……と、小さく言いながら女王は顔を羞恥に赤らめながら自分の胸をさする。おお見ろ、貧乳が無駄な抵抗をしておるぞ。

「と、ともかくこれで刻印が見れますね。――それじゃあショクさん。右腕を出してくれますか?」

「えっ――はっ! はいっ」

「なるほど……ではショクさん。改めて尋ねます。この刻印が見えますか?」

「……はい。なんて書いてあるかは、全然わかんないですけど」

「この刻印にはそれぞれ『魔法四属性』を現す言葉が書かれています。四属性――火、水、雷、風。この刻印が腕に出ている時には、四属性の魔法が使えるということです」

「女王様のときもそうだったんですけど、魔法を使って出るものは俺が自由に選択できないんですか?」

「――ですから、今からそれを学びましょう。といってもすぐに出来るようになりますよ」

……こうして今から二分間に及んで、女王様直々の魔法授業が始まった。

「それじゃまたまたテストですよ。はい、この文字は何ですか?」

女王が俺の手首に浮かんだ刻印の一部を指差す。

「えっと……風?」

「はい。正解です。あーよかった。きちんと覚えれましたね」

そう言って、女王は嬉しそうに手をポンと叩いて喜んだ。

しかし俺は、首をかしげる。

「いや、とりあえず覚えましたけど……これでどうするんですか?」

「今度からはショクさんの使いたい属性の文字の形を頭に思い浮かべながら魔法を使ってください。そうすれば使いたい属性の魔法が出てくれますから。あー……よかった無事に終わってへぇぇぇー……」

教え終わった女王は安堵のため息をついて、椅子にだらしなくもたれる。

そんな、国民が見ればなんとも情けない女王の姿を見ながら俺は再び首をかしげる。

「本当にそれで出てくれるんですか?」

「ええ。それでは早速試し打ちをしましょうか」

パチン、椅子から立ち上がった女王が指を鳴らすと、途端に俺の腰掛けていたベッドが消え、部屋の壁や床が急に白く眩い光を放ちだし、真四角の光る空間へ早変わりした。

「ここは私の強固な魔導防壁で作った部屋です。さ、ショクさんまずは、前の壁に向けて火の魔法を撃って見ましょうか。火の文字を思い浮かべるのを忘れないでくださいね」

「……じゃあ、――はぁっ!」

言われた通りのイメージの後、俺の右手が青く輝きだしてそれから一秒もしないうちに大きな火球が飛び出した。そしてその火球は前の壁に当たった途端、蒸発するように一瞬で消えてしまった。

「はいっ。良く出来ました!」 女王が茶目っ気たっぷりに言って、俺の頭をなでなでしてくる。

「……。あれ、また腕の刻印が消えてる……」

「本当に不思議な事なんですよね……。ショクさんの腕にあるような種類の刻印は本当はもっと長く文字が書かれているはずなんです」

「――へ?」

「しかし、どういうことか幾らおっぱいを触れどショクさんの刻印はその『魔法四属性』の行で止まってしまっているんです。ホントはまた別の力をあらわす続きがあるんですけど……」

「『止まっている』? つ、つまり、この俺の腕にあった刻印はまだ一行目で更に二行目、三行目とあるんですか?」

「そうなんですよー。正確にはその刻印は本来、八行目まであるはずなんですけど。さっき、私のおっぱいで試したところやっぱり一行目からは増えなくて……。そして、ショクさんが魔法が使えるのも今のように一回限定。ずいぶんデタラメな力で魔法使いの私もひじょーに混乱してます……」

女王はうな垂れながら、光の魔法を解いて、部屋を元のベッドのある部屋へと戻す。

俺は元に戻ったベッドの上で思わず、魔法を放った自分の右腕の恐ろしさに震えた。

(マジかよ……ただでさえ訳のわからない力があったと思ったらまだ力があったのか……!)

「ショクさんの刻印が消えているのもそういうことです。ショクさんは幾らおっぱいを触れど、一回分の属性魔法しか使えないんですよ」

「そうですか……本当、デタラメな力ですね。それに、その先の行が何なのか想像したくない」


「……そうですね。この世界ではかつて魔法は望む事を叶える為に生まれた奇跡の力だったといいますから」


「奇跡の……?」

「ええ。だからショクさんが多くを望まない限りは、その先の力はまず出ないと思うので大丈夫ですよ。くれぐれも今日みたいな事はもう無いようにして下さいね」

女王はニコリと微笑んだ。

その窓の夕日を受けた女王の優しい微笑を見ていると、俺は思わず元の世界の家族を思い出し目が潤みそうになった。

(――……畜生、情けねぇ)

「そうだ女王様、こころは見つかりましたか?」

女王は表情を硬くして、首を振った。

「――ッ……いっ、いえ、まだ……」

「あー……まぁ、そりゃ一日そこらじゃそうですよね……」

俺が力なくそう言うと、沈黙が部屋を包む。

(本当に、こころの奴一体どこに行ったんだ……?)



「さて、お城で色々用も済ませて無事にアパートに着いたわけだが……」

すっかり日も落ちた頃、俺は少し肌寒い夜気と月明かりを浴びながら、アパートの前にたどり着いた俺は腕を組んで考えていた。

城からここに来るまではエニスの部屋にまっすぐ向かってまた今日も床の上で寝ようかと考えていたのだが、ここに来て急にその決心が鈍ってきた。

それはティミトの事だった。今朝の裏庭での勝負は結局、決着がつかなかった。あの後ティミトはどうしたのだろうか。

「……ダメもとで行ってみるか」 俺はそう言って、俺はアパートの中へ真っ直ぐ向かった。



――同時刻、ティミトの部屋にて。

ティミトはショクとの戦いが終わってから、食事の時をのぞいては自分の作った服の山の上でずっとごろごろ転がっていた。

「ぷふーっ。もうっ!」

頬を膨らまし、ティミトはもう何度目になるかわからない悪態をついて怒っていた。

あの時、ティミトはショクに情けなく敗北してしまったのだ。

認めたくないとティミトは何度も思うものの、それでもショクはティミトの攻撃を打ち破った。

やがて、服の山で寝転がったティミトは仰向けになって部屋の天井に紐で吊るした手作り縫いぐるみの数々を見上げながら、ぽつりと呟く。

「あたし……強くないのかな……」

その時不意に人の声がした――

「たーのもー」

ノックの音と共に聞きなれた男の声。ティミトは反射的に身を起こしていた。

「――!?」

「ティミトー? いるかー? ショクおにーさんだよー」

「……い、居留守使っちゃお……」

今のティミトにとってショクは最も会いたくない人だ。ティミトは服の山の中に自分の身を隠す。

「たーのもーっ。おーいティミトー? 出てきてくれーっ。話し合いをしようじゃないかー」

(ううっ……そ、その手にはのらないよっ。絶対あたしが勝負に負けたから任務を受けろって言うんだ……! きっとそうだよっ……!)

ティミトは息を殺して、その音が止むのを待った。

「そうだ。もしティミトがここを開けてくれたらすぐに俺の服をあげるのになぁー」

「!!」

気付けばティミトは服の山から這い出て、扉を開けていた。



予想通り、俺の言葉からものの数秒で開かなかった扉の向こうから目を輝かせたワンピース姿のティミトが現れた。

「うお、ホントに出てくるなんて驚きだな。どんだけ正直なんだお前」

「ほらっ開けたよ! だから早くショクのお洋服ちょうだい!」

「ああ、いいぞ。俺は約束を守る男だ。しかし、その代わりになる服を一つくれ。入るぞ」

そう言って俺はティミトの部屋に上がりこんでゆく。

ティミトは洋服作りが趣味みたいだし、もう一着同じものを作ってくれるかもしれない。

「しかし、すっごい部屋だな。服ばっかだ」

部屋の中を見れば見渡す限り服服服。それも全部女物でみんな手作りだ。

「えへへ~そうでしょ、すっごいでしょ? びっくりでしょ? それにほらっ! 天井にあるぬいぐるみとかも全部あたしがあのミシンで作ったんだよ?」

「へぇ、そうか。それでティミトは男用の服も作れるのか?」

「うん、作れるよ!」

「よし、それなら俺が着てるこれと大体同じ風なものを作って欲しいんだ」

「服を見てみなきゃわかんないからさ、ほらっ脱いで脱いで!」

「待て待て……ちょっと、どこかで着替えさせてくれ。服が出来るまでの何日かで着る代わりの服はないのか? ……もう、この際女物でもいい」

「えっと。それじゃあ……」

「お、これは中々いいな」

俺は足元に落ちていた服を拾い上げる。ティミトは拾い上げたそれを見て怪訝な表情を浮かべる。

「え? それ? 確か随分前に作ったやつだけど……そんなの着るの?」

「ま、この中では一番好きだな。それじゃ風呂場で着替えてくる」

(五分後)

「ほらっ! どうだ!!」

『それ』に着替え終えた俺は、脱いだ制服の上下をティミトの方へひょーい!と投げつけて風呂場から颯爽と登場した。しかし、ティミトは制服を淡々とキャッチしてジト目で俺を見ながら――

「変なカッコー」――とだけ言った。

「これ、お前が作った服なんだろ……?」

俺が手に取った『それ』は俺の世界でいうところのビジネススーツによく似た服だった。

「ま、おこちゃまにはこの魅力は伝わらないか……。――それにしてもティミト……」

「んー? 何ー?」

「お前、折角これだけ沢山の服を作ったのにどうしてこんな床に置いて、雑に扱ってるんだよ」

「……それはもう誰も着ない服なんだ」

作業をする合間にポツリとティミトは小さく寂しそうな声で言う。

「着ない服? どういうことだ?」

「それは元々、このアパートにいる召喚女史(ミストレス)の皆に作ってあげてた服なの」

「? それじゃ何でここにあるんだ?」

「任務のときにすぐ脱げないからもう返すって。みんなそう言ってあたしの部屋に服をポイポイ置いていくんだ」

「へえ、もったいないな。こんな綺麗なのを……」

「……あ、ありがと」

「いやいやどういたしまして。――ん? ティミト、それ何を描いてるんだ?」

俺は大きな作業台の上で書き物をしているティミトの後ろへ近づく。

ティミトは大きな台紙の上にペンを走らせて、何か図形を描いていた。

「これはこのショクの制服のパターンをこの型紙へ描きこんでるの」

「すごいな、定規なしでもそんなに上手く線を引けるモンなのか」

「えへへ……うん。初めのうちは定規を使ってやってたけど、もう今じゃ定規なしでも出来るようになったの。何百回もやってるうちにね」

「――ん、これって……?」

「これは今度作る服のアイデアのデザイン画なんだ。可愛いでしょ!」

そこにはどう見てもハイレグにしか見えない服を着た女性の絵が描かれていた。

「うーん……ど、どうだろ? それにしてもティミト、マジで絵上手いな。丁寧に色まで塗って……」

そう、ティミトの描いた絵は洋服と同じく非常に綺麗だった。

さまざまな色の絵の具で丁寧に塗られ、それはさながら絵画のようだった。

ティミトは白い歯を見せ無邪気に、にこっと笑った

「うん! 着てみたい服を紙に描いて、それに色を塗って可愛い服にしていくのが楽しいの!」

「色を塗って……可愛く……?」

俺はふと、その言葉に何となく引っかかった。

この急速で何かが脳を駆け巡る感覚は、何かスゴイ事を思いつこうとしている時だ……!

(……――ッ!! そ、そうかっ!! ひらめいた! ひらめいたぞ!!)

「ティミト、素晴らしい事をひらめいたぞ。お前のお洋服ライフの新境地だ」

「ええ!? な、なに……?」

期待のこもったキラキラした目でティミトは俺を見上げてくる。

「そう――それはどんなデザインでも自由自在。――そして『着てないのに着てる服』だ」

「え!? な、何それすごいっ……! 何なのそれって? どんなの?」

「それはな――」


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