第3話『ろ、ろ露出癖なんかこれっぽっちもないんだから!!』


大灰触(おおはいしょく)が異世界で目覚める数分前――。

『それ』は自らの宿り木となる体を捜していた。

『それ』は何としても器である女の体を手に入れ、自身を強化させ彼女たちから逃げなければいけないのだ。

気配がある場所をついに突き止めた。

その場所――魔法陣の描かれた薄暗い部屋の中には二人の気を失った男と女(・)がいた。

見たことも無い衣服に身を包んだ彼らを『それ』はいぶかしみ、逡巡するが、追っ手の迫る今、選択の余地は無かった。

――仕方ない。体を貰うぞ。異世界の人間よ――

やがて、体を得た『それ』――『召喚獣シルフ』は早速得た自分の力で部屋の天井を破り、外へと飛び出した。



――ああ、俺はどうしてこうなったんだろう。

全身を土の塊に束縛された俺は今、情けなくもカナデに引き摺られ、ゆっくりと目の前で流れる石畳の地面を見つめながら、とりあえず俺は何か言ってみる事にした。

「なぁ、ここはどこなんだ?」

ふと、口にした俺の言葉にエニスは控えめな口調でぽつぽつと答える。

「ここはプレウィック女王の治める国、『ラウンズヒル』っていう所。ところで……あなたのお名前は?」

「俺は大灰蝕(おおはいしょく)だ。かっこいい名前だろう」

「……ごめんなさい。……私はよく解らない。でも、とっても変わった名前」

「こいつの話にいちいち真面目に答えなくてもいいわよエニス。変態と話すと変態がアンタにも伝染(うつ)っちゃうわ」

「え? でも……」

困ったようなエニスの声。

しかし俺はそれを無視してエニスに向け、口を開いた。

「ところで、エニス。カナデって露出癖があるのか?」

その瞬間、カナデはブゴホッ!と口から何かを勢いよく噴出し、途端に足を止めた。

そして、すぐさまカナデの真っ赤な顔が床に転がった俺の目の前まで詰め寄ってきた。

「――――はっ……はぁぁっ!!? な、ななな何言ってんのよこのド変態!!」

「いきなり俺の前で服のジッパー下げだしたお前に言われたくないな。大体今もお前、ほぼ全裸だろうが」

「ふ、服は確かに着てないかもしれないけど、私は今もちゃんと『土塊翁(ノーム)』の土で隠すべき部分はそれなりに隠してるわよ!! ろ、ろ露出癖なんかこれっぽっちもないんだから!!」

「じゃあ、さっき俺の前で服を脱ぎだした事については変態でした~げひひ、と認めるわけだな」

ブチィッ!!と、カナデの額の方から何かが切れる音がしたその瞬間。

カナデの右足のつま先が俺のハンサムな顔面めがけ向かってくる――が、心優しきエニスがその足を顔に触れる寸前で手でがしっと抑えてくれて俺は無事ことなきを得た。

理由は知らないが何故か突然トチ狂ったカナデの代わりにエニスが俺の顔の前で、すっと腰を下ろし、その事については自分が説明すると言った。

「あのね、私達、召喚女士(ミストレス)は体召喚(たいしょうかん)って言って、それぞれ自分が持ってる召喚獣を術者の体と同化させる形で召喚獣を召喚するの」

「へー。そーなのぉー。ふーん」

――その不思議用語だらけのエニスの話を頷きながらも俺は半分も聞かなかった。その話は俺にとって『ラクダのコブの中身は実は脂肪が詰まっている』って言う雑学くらいどうでも良い話だ。

俺の相槌を受け、エニスは続ける。

「私達の裸が召喚獣を呼び出す為の魔法陣の役割をしていて、服を脱いで私達が裸――つまり魔法陣をこの世界にさらすことで私達は召喚魔法が使えるの」

「――ッ!!?」

俺はその内容を半秒で把握し、俺はエニスに尋ねていた。おいおい。なんだってなんだって!?

「……え、えっと、つまりエニス達はその――」

俺の疑問を察してかエニスはうん、と頷いた。

「私達、召喚女士(ミストレス)は召喚魔法をすぐに使うために何時(いつ)でも着ている服を脱いで裸になれるようにしてるの」

「ということは、エニスもすぐ全裸になれるっていうこと? そ、そうなの?」

思わず声に力が入る。

「うん。私は服の両側にある革紐を解けば脱げるようにしてあるの。えっとその――

「じゃ、じゃあっ! ――そのすぐ裸になれるって事はその……皆……下着とかは――」

「はいてないけど……」

「は――――」


は い て な い 。


(な、ななななななんだってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――!!!!????)

エニスが口にした、五文字の言葉に、俺は俺は俺俺俺は、もうしんぼうたまらんくなったッ!

『はいてない』!

すーはーすーはー落ち着け俺。

大事な局面だ。考えろ考えろよ。つまりだ。つまり『はいてない』という事はだな……

俺は心のどこかでいけないと思いながらも、そ~っと目の前で体育座りから腰を浮かすような体勢で『しゃがんでいる』エニスの、顔から下半身へそろりそろり、と目線を下げていく……。

そう。今、この瞬間俺はエニスの『おんなのこのひみつ』を存分に拝むことができ……るギィッ!?

「ったく、油断も隙も無いわね、この童貞は。ほら、エニス? 早く立って。女王様の所へ行くわよ」

「……お……おおお……おぎぃぃぃ……おぎぃぃぇぇぇぇ……!!!!」

「カナデ。踵で顔を踏むなんて酷いよ、この人すっごく痛がってる。どうしてそんな事したの?」

「……エニスは知らないでいいのよ。ほら、ショク? 変な声出すのやめてよ。恥ずかしいから」

――ああ。女の子に顔面を足蹴にされたのは今日で二回目だ。俺の顔はサッカーボールじゃないんだぞ。

(お、覚えてろカナデ。いつかお前の少しエニスに及ばないおっぱいをもみもみしてやる……!)


それから数分ほどしてとある所で立ち止まったカナデは束縛され、地面に転がった俺に言う。

「ほら、ついたわよ」

カナデは言い終わるや俺の体にまとわりついた土の塊を乱暴に蹴り崩して、俺の体を自由にした。やったね。俺の全身がサッカーボールだよ。クソ、ふざけるな。

「痛いなぁ……もうちょっと、やさしくしてくれよ」

俺はカナデに、傍から聞けばとんでもない誤解されそうな不平を言いながらも、ようやく束縛が解けたので、立ち上がり凝り固まっていた体を伸ばし軽く体操を始めた。

その傍で、一緒にいたエニスが不思議そうに体操を始めた俺の動きを見つめて、気になったのかそれを真似しようとしてちょこちょことぎこちなく、体をうごかして体操を真似している。

俺は無言で俺の動きを見つめながら真似をしてくるエニスがつい面白くなってきたので俺はぴょこぴょことその場でジャンプ運動に切り替えた。

するとエニスも俺に続いて、「んーっ」、と、かわいらしく目を瞑ってその場でぴょこぴょこ小さくジャンプを始めた。――ぶるんぶるんぶるんっ!

予想通り俺の傍でジャンプするエニスの驚異的なおっぱいが面白いほどゆっさゆっさと大きく縦に揺れる。その様に俺は思わず見惚れた。

(ああ、いいなぁ……大きいって)

俺は適当にジャンプしながらエニスのゆっさゆっさ揺れる魅力いっぱいのおっぱいをじっくりと眺めていた。――――ビキ。

ふと、後ろからどこかで感じた事のある殺意を感じたので、俺は速やか(スムーズ)に鑑賞を中断し、腰を後ろに曲げる運動に切り替える。

すると目に入ってきたのは空高くそびえる幾つもの白い尖塔だった。

いつの間にか俺はカナデ達に大きな城の前に連れられていたのだ。

おとぎ話で出てくるような冗談みたいに立派な大きさの城に俺は目を奪われていた。

「まいったな。ガラスの靴は履いてきてないぞ」

体操を終えた俺のウィットに富んだベリナイスなジョークをカナデは無視して俺を横切り、ずかずかと城へ向かってゆく。

「言っとくけど、ここから逃げようとしても無駄だからね」

話の内容よりも、俺はカナデのそのツンと澄ました顔を崩壊させるべく一策を講じてみる。

「はえぇ? どうしてぇ~? ねえどうしてよぉ~ぉ。ねえ~。どおし」

「ここは女王様の『魔法』によって特殊な結界が張られてるのよ」

俺の馬鹿みたいな答えもスルーである。でも俺はめげないし。しょげない。泣いちゃ駄目。

「アンタを連れてこのお城に入るときに門兵に結界を解くようにって私、言ってたでしょ? 聞いてなかったの?」

はてな。そんな事あっただろうか。

もしあったとしても、そんな会話は俺にとって『人の血管の長さは地球二周分ある』って雑学以上に聞く価値が……ってもうこんなどーでもいい雑学トークはいいか。

すると隣のエニスが口を開く。

「……女王様は光を使う魔法使いでもあるの」

「へえ、魔法使いは俺だけじゃなかったんだな」

「アンタと女王様だけよ。まったく……何でアンタみたいなド変態が女王様と同じ魔法使いなのか不思議でしょうがないわ」

「日ごろの行いが良いんじゃないか? ほら、俺って顔もイケメンだし、理知的だし」

「……うん。私もほんとにショクはカッコいいと思う」

「はぁー、悔しいけど外見(ビジュアル)がいいのは認めざるを得ないわね。……ホント、それ『だけ』しかいいトコないけど。……ってアンタ何、悦に入ったように笑ってんのよ、気持ち悪いわね」


ふふん。見たか。自他共に認める俺のビジュアル。これなら女王の心を射抜くことは間違いない。

――だが、参ったな。

このおとぎ話で出てくる綺麗な城といい、さっきの見えない光の壁といい、カナデの召喚獣といい、俺は本当に異世界に来てしまったようだ。




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