第2話『このド変態殺してもいい? ううん。ていうかもう殺す。殺すからっ!』


「爺さん、大変だ。召喚女士(ミストレス)が今この建物まで向かってきてる」

青い光のともる薄暗いその部屋に突如入ってきた若い男が声を荒げ叫ぶ。

そして、その部屋の中心にいたのは古ぼけ、元の色もわからないくらい煤けたローブを着た老人がいた。

老人は両手の平を青い光のともる床へ向けたまま、男のほうを一顧だにせず静かに口を開く。

「慌てるな。総数は?」

「二人だけだ。でも、その二人は両方精霊持ちの召喚女士(ミストレス)だ」

「そうか。だが外には魔導防壁を張ってある。幾ら精霊持ちとはいえ、儂の防壁を壊す事は敵(かな)わん」

「そ……そうか」

「ああ、儂の魔法に支障は無い。安心しろ」

「な、ならいいんだ。悪いな……邪魔しちまって」

「そう思うなら早く出て行け。この魔法は集中力を絶やさずにするのが難しいんだ」

「あ、ああっ! そうだな! す、すぐに出て行くよ!」

そう言ってその男は慌てて出て行ってしまう。

老人は数時間前から吐いていなかった短い息をヒュゥ、と吐くと、再び全神経を床下で青くともる魔方陣に集中させる。

(もう異世界の誰でもいい。ここに現れたものが刻印を持つ魔法使いとなる。早く、早く来てくれ……!!)

集中力は今にも途切れそうで、老人は床に倒れそうになるのを懸命に堪えた。

老人の床へ伸ばした枯れ木のような細い両腕からは刻印が現れ、最後の光を放つようにそれはパチパチと明滅し始める。

「――――!! こ、これは!!」

思わず声を上げ、老人の浮かべていた苦渋の表情が歓喜に溶ける。

老人が今まで望んでいたものの手ごたえをついに感じたのだ。

(異世界の住人――ついに捕まえた)

老人は先ほどまで身を引きちぎるほどにあった全身の疲労が嘘のように意識から消えてゆくのを感じた。

「さあ。世界を変える刻印の『魔法使い』よ。儂の前に姿をあらわ――」

しかし、老人はそこまで言った途端、口から大量の血塊を吐き出してしまう。

「ごぼっ――ぼほっ――――――ぼほっ」

咳き込む老人。しかし、自分が血を吐く理由を老人は解っていた。

自身の生まれ持った魔法の力を行使しすぎたせいで体が持たなかったのだ。

思えば最後にこんな風に魔法を使ったのはいつだったろうか。

この『ラウンズヒル』で偽りの平和に溺れ、自堕落な日々を送ってきたが、それでも最後の最後で自分の意思を貫く事ができた。

何と幸運な事だろう。ついに老人の体が倒れ、視線が地に落ちる。

「儂の後を頼んだぞ、『刻印の魔法使い』。この国に、世界に……しっ……真の、平和を与えてくれぇっ……!」

枯れた叫び声の後、老人の体と血は青い光に溶けるように薄れ、やがて老人は跡形も無く消失した。



俺こと超イケメン高校生である大灰触(おおはいしょく)は放課後、使われていない焼却炉の中で妹のこころと仲良く青い光に包まれ意識を失った。

そして最悪の寝覚めを迎えてしまった。

耳元で突如、バキャバキャッッ!! ――という木が内側から弾けるような轟音がとどろいたのだ。

「ぼびぇやぁぁっ!!」

俺はその音に驚き、慌てて身を起こした。

「な、何だ?」

その音に動揺してしまった俺は腰を起こしたまま、素早く状況を把握しようとする。

俺がいたのは殺風景な木造の部屋の中だった。

しかし辺りをよく見てみれば、どうやらここの部屋の主は太陽の光がよほど好きらしい。

「天井、穴空いてんじゃん。何だここ? 新手の多目的教室か?」

未だパラパラと落ちてくる細かな木屑と眩しい太陽の光に目をしかめつつ、俺はその天井にぽっかり開いた空を仰ぐ。

空は昼間のように青く明るく、どうやら意識を失ってからそう時間は経っていないらしく俺はホッとした。

「それにしても。ホントにここどこだよ……? あれ、そういえばこころがいないな」

見渡せど、こころの姿は無い。

もしかしてオシオキが済んだということでいいのだろうか。それはそれで俺は万々歳なのだが。

「ま、いいや。とにかく家に帰ろう。外に出れば大体どこにいるか解るだろうし。こころも家に帰ってるだろ」

その時、不意にどこからか人の声が聞こえたような気がした。女の声だ。俺は耳を澄ます。

やがて声は部屋の出入り口のほうから鮮明に聞こえるようになった。

「ほら、こっちから光がさしてる。多分、シルフはこの部屋だと思うんだけど……」

そして、その声より少し遠くから別の女の声。

「……じゃ、私はこっち側の扉から開けて見て回るから、エニスは奥のほうから順番にお願い」

「うん。わかった。気をつけて」

(……? 何だこの声? どっちもこころの声じゃないな)

すると、俺のいる部屋の入り口に一人の女の子が立ち止まった。

「――――な」

その同い年位の女の子は俺の正気を根底からガグンッと揺るがした。

俺にはその時、女の子の可愛らしく大人しそうな顔、

胸と下腹部を覆う丈の短い白布エプロンを革の紐で前と後ろでつなぎ合わせたような簡素な服装、

そしておでこを出したショートヘアーの黒髪……というもの達は一切ッ!!目に入らなかった。

俺の目はその女の子の激しく主張された体の一部分を見ていた。胸だ。おっぱいだ。

その女の子の胸にあるもの――それは比喩するなら宇宙だった。

現実離れするほどの果てしない容量をもち、衣服の下からはち切れんばかりに溢れている、大玉メロンのような造形美をしたおっきなおっぱい。それが俺のすぐ目の前にあった。

――おおきなおっぱい。

「え、あなた……誰?」

「おっぱいぃぃぃ――――っっ!!!!」

相手に二の句を継がせず、俺はすぐさまそのおっぱいへ飛び掛った。

そして、そんな俺にきょとんとする女の子。

「……へ?」

ぼいぼいぼいぼいぼいんぼいーん!!

俺は自らの本能のままに、その女の子の胸を両手で揉みしだく。

俺の鍛えに鍛えられた手は今や毎秒十七揉みというすさまじい速度でそのおっきなおっぱいを激しく揉む。

今、同意さえ求めることなく女の子のおっぱいに触った俺はこころに核融合炉にすら入れられても文句は言えないと思った。だがしかし――

「しっ、しんぼうたまらんー!! 何だこの乳圧は! ――ば、馬鹿な……!!? ……こ、これは……バストひ、112だ!!? このおっぱいは112もあるぞぉぉぉぉおおお!!!!」

「あの、そんなに動かしたら私の胸……くっ、くすぐったいんだけど。えっとその……大丈夫? そ、その、凄く興奮してるみたいだけど」

「うおおおおぉぉぉ!!!! 抵抗しない!! いいぞぉ! いいぃぃぞぉぉぉぉ!!!!」

この女の子はなんて広い心を持ってるんだ。そのおかげで触り放題じゃないか!!

おっぱい祭りだ。おっぱいバーゲンセールだ。おっぱいのオールスター感謝祭だぁあああああ!!

俺が魂の底から沸き起こる生と性の喜びを叫ぼうとする寸前、俺の右前方数メートル程から別の女の声が聞こえてきた――ような気がした。

「エニス? あんた何やって――。エニス!! その男からすぐに離れて!!」

「……! わかった」

すると、そのおっきなおっぱいもとい、エニスと呼ばれたその黒髪おでこのショートヘアースタイルの女の子は軽やかなバックステップで俺の手から素早く距離を置く。

俺はその別の声のほうを振り向く。目の前には豊満な体のラインを強調するようにぴちっとタイトな牛柄のボディスーツを着た紫髪おかっぱツインテールの女の子がいた。

あちらはエニスより背も幾らか高く、百七十五の俺と同じ位ある。歳はエニスと同じ位だろう。

おっぱいはかなり大きかったが、それでもエニスにはほんの僅か及ばない。

エニスがおっぱいランク『AAA』超爆乳とするなら、あちらは『AAプラス』の爆乳といったところか。

「悪いな、そこの牛のねーちゃん。俺はまだこの女の子から「嫌やめて」とは一言も言われていない。この法治国家は被害者からの被害届が出ない限り犯罪(セクハラ)にはならないんだよ!!」

――それにしてもエニスといい、この牛柄ボディスーツの女といい、なんちゅう格好しとるんだ。

……ただ当然のごとく、非常に俺好みではあるが。えへへ。

ところがその牛柄のボディスーツの女は俺の言葉を理解できないようで、はぁ?と首をかしげた。

「訳わかんないこと言ってんじゃないわよ。アンタ何者? まさか男の召喚魔法使い?」

俺は思わず自分の耳に飛び込んだその言葉を疑った。

「――はぁ? ゲームの話かそりゃ? ただの人間に決まってるだろ? おいおい勘弁してくれ」

確かに、俺の前にこんなおっきなおっぱいの女の子が二人も現実にいるはずは無かった。

これは夢だったのか。それなら、俺が天井の空いた部屋で目覚めたのも、今の状況も頷ける。

「あーあ……。夢ならしょうがない。よし、最後にお前のおっぱいを触ってから起きるとするか。この女の子――えっと、エニスだっけ?――よりほんの少し足りないが、それでも我慢するかな」

――ビシ。その大きいが僅かに足りない胸の女の周囲の空気が突如、歪む。

「……エニス。このド変態殺してもいい? ううん。ていうかもう殺す。殺すからっ! ――――『土塊翁(ノーム)』!!」

そう言うなり、女は牛柄ボディースーツの胸元に手を当て、そこにあった長い帯のような紐を掴み、それをまっすぐ体の下へひき下ろした。

女のボディースーツの正面をつなぎ合わせていたジッパーがジジジジジ!!と火花を放つほどに凄まじい勢いを持って降り、女の体を一周し――たちまち女は俺の前で一糸纏わぬ姿になった!

「んっ――なぁ!!?」

突如の目の前のストリップに驚く俺を他所に、既に裸になった女の姿がバキャ!!という木の折れる音と合図に、一瞬にしてどこからか現れた幾つもの大きな土塊(つちくれ)に覆われる。

その土塊は女のいたその木目の地面を突き破り、突如床下から生えてきたのだ。

冗談みたいな光景に俺は逃げ出したくなった。

「ま、マジかよ……!!」

飛び出した土塊は意思を取った生き物のように女の腕や足、そして乳首や局部を覆うように女の体にごつごつと纏わりつき、今や女は露出の高い土塊の鎧を纏った姿をしていた。

そして腕から伸びた土塊製の巨大な手の平が感触を確かめる様に、何度か指を開いて閉じる。

(あ、あんなデカイ手俺に向けてどうする気だよ。お、おいおい、冗談じゃないそ!!)

俺がその光景に驚き慌てていると、やがて、その膨大な質量と重さを持った巨大な手がガシッ!と俺の前で大きな拳を作る。

女はその拳を俺に向かって構え、そして後ろへおおきく振りかぶった。

女の緑に光る目は今や、俺に対する敵意に満ちていた。

「や、やめろやめろ!! そんな物騒なものでただの人間を殴ろうとするな――!!」

「うるさいッ!! これで潰れなさいッッ!! このド変態――ッッッ!!」

説得の余地は無かった。

ヒュン。風を切る音がした刹那。女の巨大な土塊の拳は俺めがけてまっすぐ直進してきた。

「う――――うおおおおおおっっっ!!??」

女の振るった土塊の拳が俺の伸ばした手に触れる寸前、俺の右手首が青く輝き始めた。

「!!?」

俺が疑問の声を上げるよりも早く、それは突然俺の目の前で起こった。

目の前からブシュウ!という間欠泉が噴出すような音がした。

すると向かって俺を吹き飛ばすはずだった巨大な土塊の拳が、俺の光る右手の前でピタリと動きを止めてしまったのだ。

「え!? そ、そんな!! どういうことなの!!? 拳が動かないなんて!! 一体どうし、て――」

その女の問いに答えるように、女が振るった大きな土塊の拳は縦に真っ二つに切断され、床にドッシャア!!と情けなく崩れ落ちた。

「つ、土塊が斬られた……? そ、そんな……右腕のその刻印……アンタ、『魔法使い』なの……!?」

女の目は俺の右手首に突然現れた青い光を見つめる。よく見れば青く光ってるのは何かの文字だ。

「『まほーつかい』? それは三十まで童貞でいるとなれると言う男の新たなステージの事か? あいにく俺の年はまだ十六だ。こんなイケメンのどこをどう見ればその倍近くの年齢に――」

すると俺の話に割り込むように黙っていたエニスがぽそりと口を開く。

「……ねえ、カナデ。とにかくこの人は私たちに敵意は無さそうみたいだから……」

カナデと呼ばれたのは土塊の鎧を着たおかっぱツインテールの女だった。

「だから?」

「……う、うん。その、とりあえず女王様のところに連れて行くのが……一番いいと思う」

「はぁ……そうね解った。それじゃ、このド変態を今から捕縛するわよ」

待て待て、捕縛する? 何てこと言うんだこの女は。

「おい、さっきから何の話をしている? 俺はとっとと、この悪夢から覚めたいんだけどな」

「これからアンタを女王様の所へ連れて行くわ。安心して。多分、命は奪われないと思うから」

「お願い。ついて来て……」

頼んでくるカナデとエニス。そこで俺は素直に――

「い~や~だ~ねぇぇぇっ! ――オホン。しかし、二人のどちらかが俺に五分間おっぱいを触らせてくれたら考えてやろうではないか」

「じゃあ、私の胸を……」

俺の前に進みだそうとしたエニスを、あわててカナデは手で制する。

「馬鹿!! エニスはさっきといい、男に無防備すぎるのよ!! もっと自分の体を大切にしなさい!! ――それよりアンタ、図に乗ってんじゃないわよ」

「図に乗ってるぅ? おいおい誰に向かって言っているんだ? お前が今話している男はつい先ほどお前に何をした? 全く、実力差の理解できないコネコちゃんはこれだから」

俺は心底愉快でたまらなかった。

今の俺は何故だか知らないが、巨大な土塊の拳を切断する程の力が身についているらしい。

俺の言葉にカナデはさぞ悔しそうな顔をするだろうよ、

――と思いきや、意外にもカナデの方がにやにやと俺の顔を眺めていた。

「なっ、なんだよ。何でお前がにやにやしてるんだよ」

「あははっ。魔法の使い方も知らない魔法使いなんて、もうおかしくって」

「どういうことだ?」

「試しにもう一度使ってみなさいよ。その魔法を」

「へっ……後悔するなよ――はぁっ!!」

漫画のキャラクターのようにカッコよく俺は一喝する。

そして俺の強力な魔法が手のひらから放たれ――――なかった。

「あ、あれ?」 ――おかしい。

予想外の事に慌ててしまい、俺は何も出なかった羞恥に赤面しつつ何度も同じ動作を繰り返す。

しかし、待てど暮らせど俺の手からは衝撃波はおろか、すかしっぺすら出なかった。

「――『魔力切れ』よ。ド変態ド素人さん♪」

「なっ……」

気づいた俺は愕然とした。土塊を斬った『力』を使う直前、俺の手首からは眩いほどの青い光が迸っていたが、今その光は全く無い。

つまり、腕からの光の無い今の俺は恐らくカナデの言葉の通り、『力』を使う魔力が残ってないのだ。

「ゆ……許してくれない……かな?」

「い~や~だ~ねぇぇぇぇっ!!」

――ドガシィ!!

「あっぱぱぱぁあああ――ッ!!??」

そして俺の全身は数秒もしないうちにカナデの放った土塊に束縛されてしまった。

まぁ、こうやってだれかに束縛されるのは妹(こころ)を含め二度目で俺ももう慣れたものだ。

――それよりも、これから俺は彼女達の女王様に会う事になるのか。

国民がエニスやカナデのようなすばらしいおっぱいなら、それらの上に立つ女王はどれほどの容量のおっぱいを持っているのか……今から楽しみだ。

拘束され、床に転んだ俺はふと思い出した――そういえばこころはどこに行ったのだろう?


同時刻――ショク達のいる場所からそう離れていない、この建物の入り口。

そこには無数の何かに切り刻まれ、裁断された衣服の切れ端と肉片が落ちていた。

だが、ショク達は床に落ちた塵のように異常なほど刻まれたそれはあまりに細かく、結果、最後までその破片の存在を知ることはなかった。

その破片はほんの数分前まで一人の男の形をしていた。

その男はショクとこころをこの異世界へ呼び寄せた魔法使いをこの廃屋にかくまっていた男だった。


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