made-02: レデイアの料理

 明日は久しぶりの仕事に出る。依頼者の大仕事に先んじて動きぶりを見たいとして、小規模な話に大金を積んで四人を雇う。余程の事情と伺える。本番までに勘を取り戻す機会が降ってきて、面々にぴったりだ。


 必要な準備を済ませて、三時のオヤツまで食べた。血糖値の管理までよし。あとは夕食を食べて眠って、正午に出発する。空き時間になる今は暇潰しに興じる。具体的には、リグは別の部屋で事務仕事の打ち合わせを、レデイアはトレーニングとストレッチを、その隣でロゼとダスクはテーブルゲームを嗜む。


 今日は初めて、ロゼが自作の組み合わせを用意した。カードを用意したのはダスクでも、組み合わせ次第で姿を変える。持ち主にも見るまでわからないとはいえ、熟練者の目なら選択肢を絞り込んで特定するのは難しくない。勝つために必要な範囲に限れば簡単とも言える。


「もう一回やろ。あと一手なんだけどな」

「もう何度やっても同じですよ。ロゼの構築は早さが頭打ちで、時間稼ぎを増やす余裕もない。妨害策を最適に引いた上でこれです」


 ロゼの負けず嫌いが発動し、手元に用意したカードを眺めて組み合わせを考えている。ダスクが見ればお世辞にも強くないカードがちらほら見えるが、採用理由を訊ねたら、たったの一言で反論の余地がない理由を提示した。「このカードは、イラストが私に似ててかっこいい」単純な性能で劣っても、代替不可能な理由があるならば、どんなカードも最善手となりうる。


「ダスクが使ってるそれは、レデイアに似てるな」

「ちょっと、髪色だけでぜんぜん似てないじゃない」

「その鳥並みの視力は似てるって」


 ダスクは目の前のやりとりで微笑む。あのロゼがこうも仲良くできる相手が自分以外にもいる。しかも、同じゲームで笑い合う。こんな日常をまた得られるとは思わなかった。


 ダスクはこの中で最も深く遊んでいて、ストーリー上の設定資料まで読み込んでいる。資料によると、ロゼが指したカードは年齢がレデイアと同じ二十七歳だった。すでに商品展開が止まったゲームでありながら、熱心なプレイヤーにより全国大会や新カードが整備され、販売元も公式情報ページのために決して無視できる安さではないドメイン維持を続けている。


 宴もたけなわだが、腹具合が気になりだしたために事は起こった。ロゼはもう少し勝負を続けたがるが、ダスクには夕食の当番がある。レデイアの気を利かせた一言に対するロゼの反応で火蓋が切られた。


「二人は遊んでていいよ。私が代わって作ろう」

「いや待て。やめろ。遊びは終わりだ。おゆはんはダスクが頼む」


 ロゼは顔色を変えて片付けを始めた。カードを箱に詰め込み、マットを畳んでその上に。急すぎる豹変にダスクが疑問を浮かべた。


「ロゼがそうまで。レデイアさんに問題でも?」

「大問題だ。あいつの料理は絶望的にまずい」

「失礼な。栄養は入ってる」


 味の話に対して栄養を持ち出す。典型的な論点ずらしで、普段のレデイアなら使わない詭弁だが、料理となれば話が変わる。ロゼとの喧嘩の理由を多い順番に並べた一番が料理だ。


「お前のは反論になってないんだよ。ダスク、私が抑えてるから早く頼む」


 ロゼは小さな身でレデイアに絡みつき、台所へ行かせまいとする。まともに力比べをしたら身長によりレデイアが勝つので、足を浮かせて、ほとんど身を捩るばかりにさせる。持ち上げる腕を振り払うには体躯の影響が小さい。


 その間にロゼはおぞましい記憶を呼び戻している。仕事の途中で装備を整えるために少しだけ戻ったとき、「少し食べ物が欲しい」と言ったら、ミキサーにグラノーラと牛乳とバナナの中身とほうれん草と塩とゴミムシの幼虫の素揚げを入れた、特製スムージーが出てきた。ちょうど自然公園の池に似た色で、恐る恐る口をつけたら、青臭く粒状の、どの食事経験とも似つかない経験をえられた。どうにか口の外には漏れ出さずに済んだ事実はロゼの五本の指に入る大成果と言える。別の日もひと仕事を終えたらレデイアが珍しく張り切っていたので、嫌な予感がして聞き耳を立てたら、サソリがどうのと聞こえてきた。話し相手となる誰かのおかげで、大急ぎで近くのハンバーガーショップへ走った。レデイアはとにかく虫の採用率が高い。


「私、養殖の虫は食べたことないですね。おいしいんです?」

「ぼちぼちね。甲殻類アレルギーだけ注意が必要だけど、タンパク質が豊富でありつつ、飼育コストが低くて、全身を食べて廃棄の手間もない。スーパーワームの素揚げはたまに足が残ってて気持ち悪いから、スムージーにするのがいいよ」


 ダスクがレデイアの味方になりかけている。ロゼにとっては絶望的な状況だ。


「何もよくないからな。騙されるなよ。エビの尻尾みたいな味が全てを支配してたぞ」

「タンパク質は多く必要でしょう。体が資本の私たちは特に」

「イカレ女が!」


 二人の痴話喧嘩をダスクが満足げに眺めている。口も手も出し合うが、なんだかんだで仲がいいらしい。あのロゼに、ダスク自身以外の頼れる親友がいる。感傷に浸るが、そればかりでは話が進まない。あまり夕食が遅れると明日に響く。救いの手は階下から来た。テル所長とリグが事務仕事の都合で手を求めている。


「ごめんください。少しロゼさんを貸してほしいっす。で、なんすかこれ」

「いいところに! おゆはんを作ってくれ。レデイアの前に」

「げ、そりゃ大変。うちが作ります」


 持っていた書類をテル所長に渡し、合わせて鞄に仕舞い込む。事務仕事よりレデイアの料理の方が重い。リグが袖を捲って調理台へ向かう。もし能わなくなればテルも調理台は向かえるよう、荷物の置き場所を決めておく。


「リグまで。おかしいなあ」

「おかしいのはお前の味覚なんだよ」

「そうっすよ。大人しくうちの、おいしーいごはんを食べててくださいね」


 寄ってたかってレデイアを悪者にする流れに見かねてダスクが一石を投じようにも、テル所長がいる分もあって多勢に無勢だ。一対一で取っ組み合いをする間に、余った一人が動く。実力差は大抵、どんぐりの背比べになる。結果を左右するのは人数差だ。レデイアとダスクの体格でも、分断ができない今、三人を相手に勝ち目はない。


「ダスクさん、絶対だめっすよ。新しい友達をいきなり見殺しにはできないっす」


 この日は結局、テル所長の真っ当な料理を食べた。みんなしてレデイアを除け者にするが、当の本人はその状況でも面白がっているように見える。珍しい立場になるからか、仮面か。


 ダスクは夜に、こっそり話しかけた。レデイアと二人で、特製スムージーを片手に散歩をする。声をかけたときと、最初に口をつける前後でそれぞれ、レデイアの表情が変わった。ダスクの見間違いかもしれないが、そんな気がした。

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