追加エピソード のんびり系

made-01: 児童養護施設の日常

 キール・ファムの逮捕をきっかけに組織は解体され、保有していた施設が主人を失った。多くは誰かに引き取られたが、児童養護施設だけは誰も触れない。中にいる人命の責任を恐れている。


 最初に声をあげたのは、どんな風の吹き回しか、ロゼだった。


「私が。わけあって見捨ておけないので」

「ロゼが言うなら私も」


 ずっと隣にいたダスクは喜び半分に訳知り顔をしている。紆余曲折あって、施設は暫定的にロゼを中心にしたメンバーでの管理となった。「より適した管理者を見つけるまで」の期限がついたが、これは頑固な老人を頷かせる言い方で、実質的には「自らが最適と示せ」だ。


 そのために最前線を離れるが、元より派手に動きすぎた手前、当分はろくに動けない。「あの時の!」などと言われたら潜入が台無しだ。人々の記憶から薄れるまで、短くても半年の待機期間を有効に使う。同様の理由で加わる人員はロゼの予想より多くなった。まずは、今冬の一件で活躍した精鋭たちだ。


「みなさん、今日から加わる先生っすよ。レデイア・ルル先生」


 子供たちが昼食のために集まる食堂で、配膳の待ち時間に顔見せをする。退院して最初の役目だ。無難な挨拶に続き、レデイアならではのパフォーマンスとしてカードを投げた。壁と天井で跳ねる音ふたつに続き、同じ手で受け止める。衰えぬ技で子供たちの心を掴んだ。この調子で、レデイアは元気な子を中心に受け持つ。弱った筋肉のリハビリ期間も重なりちょうどいい。


 集まった四人の先生、ロゼ、ダスク、リグ、そしてレデイアがそれぞれ、昼食をゆっくり食べるよう諭す。体を動かして伸ばす方針もあり、元気な子はとにかくよく動く。新しい先生がどんなものか早く見たがっている。気持ちはわかるが、そのせいで喉に詰まらせてはいけない。気道に入り込んでもいけない。今日は念のため喉に詰まりにくいメニューにしたが、それでも指導は必要になる。


 さっそくお手並み拝見とばかりに、元気な子供が牛乳瓶の蓋を投げた。飛ぶ先に座るレデイアは左手に茶碗、右手に箸を持っている。誰もが頭に当たると思ったが、相手はレデイアだ。箸を持ったままでも動かせる小指で受け止めた。


「元気はよし、狙いもよし。だけど甘かったね。見える場所からで、しかも手が届く角度ではね。それともうひとつ。こんな言葉を覚えておいて。攻撃するならば、反撃される覚悟を持て」


 レデイアは牛乳瓶の蓋を投げ返した。わずかな歪みと回転で軌道が曲がり、少年の首元を通って服の下に入りこんだ。痛みはないし牛乳の滴は拭き取られているが、入り込めば当然にくすぐったい。それ以上に、不意打ちの有利をあっさり覆された。完敗を理解したまぬけ顔を見て、周囲から歓声が上がる。彼は施設でも手を焼いていたらしく、ここぞとばかりに口汚い言葉も混ざったが、そこはレデイアの一声ですぐに収まった。


「声を上げたきみ。追い出される辛さを知っているでしょう。もうやめなさいね。全員だよ」


 ここに集まった子供たちは多かれ少なかれ行き場所を失っていた経験がある。追い出され続けた記憶を刺激され、かつての名も知らぬ誰かに自分がなっていたと気づく。その頃は何も考えない奴めと思っていた。自分もそうだった。


「ごめん」と一人目が口にすると、周囲も続く。一転して戸惑い顔の少年には「まずは安心していいみたい」と伝え、他のそれぞれにはふたつを伝えた。


 ごめんと言ったら返事を待たないこと。


 最初にごめんと言った子はいちばん勇気を出したこと。


 レデイアはこの中では最も指導者向きなので、他の三人は安心して任せている。熱心すぎない限りは。奇しくもここの四人は分野がばらばらで、誰が言い出すでもなく分担が決まった。庇護、仲裁、相談、そして指導。


 ひと呼吸の間に子供たちの仲が戻った。素直で善良ないい子たちが集まっている。設立したキール・ファムも手段を選ばなかっただけで、求めた結果は善そのものだった。不幸な噛み合わせの結果だ。きっとここにいる全員が。


 数日後の昼。


 レデイアとロゼが庭園でぞろぞろと子供たちを引き連れる間に、残された書類の管理をリグが進めている。体を張る者、裏方に徹する者、そして間を取り持つダスク。大人しい子たちは平時ならダスク一人で見ていられるが、念のためリグが駆けつけられる場所で監督している。


「リグさん、少し。彼からの質問をお願いします」

「はいほい。どうしたっすか」


 少年は奥手な様子で、躊躇に似て一線を踏み越えきれない様子を見せる。ダスクに伝えたのが一度目の勇気で、わからなかったからリグに繋いだら二度目が必要になった、と予想をつける。少年は小柄で内気だが、情報によると兄妹のように頼られていた。ならば、きっと。


「アイララさんのこと、っすかね」

「そう、です。元気かなって」

「心配っすよねえ。いろいろあって顔を出せないなんて。けども大丈夫、あのオッサンはああ見えて世話を焼く人で、しかも、うちが時々、確認しにいってるんす。元気っすよ。今度、手紙でも交換しましょう」


 手近にあった便箋と鉛筆を持たせると、少年は少しは安心した顔で戻っていった。すぐに書くつもりだろう。その背中を見送り、ダスクは疑問を投げかける。


「どなたです? アイララとか、オッサンとかって」

「この話はルルさんには絶対内緒っすよ」


 リグは書類棚から鍵つきのひとつを取り出した。厚いファイルには一枚ごとに里親が見つかった子供の情報や連絡先が書かれている。最後のページにある名前はアイララ・エイド。ロゼの意見により施設を受け継いだ際、書類上はここもテル・リブル所長が管理している。その直後にテル自身が引き取った。職権を使い、母親がわりまで用意している。


「ルルさんから見て、血縁上の兄の娘っす。だけど結構、重めの事情があるんで、名前も聞かせないよう、伏せ続けてください。お願いします」

「リグさんがそうまで言うなら。ところでこの名前、ロゼには?」

「聞いてないはず、や、読むとか所長本人から聞いたりまでは把握してないっすけど。ひょっとして、そっちも何かあるんすか」

「ファミリーネームのエイドに聞き覚えがあります。私はよく覚えてないんですが、ロゼならもしかしたら」

「それなら、いや、やっぱり触れずにおくのが無難っすね」


 二人は互いのパートナーのために秘密の共有をする。また少し仲が深まった。

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