order-14: 様式
駐車場のリグから全メイドに指示を飛ばした。一階にいる客人をメインホールに押さえる。外に出たものは捕縛してでもメインホールに押し込む。
キールが二階に逃げたならば、逃げ道はガラスを割って飛び降りるか、屋上から飛び降りるしかない。全ての窓は情報室から監視できるが、念のため目視の準備もしておきたい。駐車場の定位置からでも二面は確認できるので、裏側のために一人だけ借りた。非戦闘員で構わないので式場側のスタッフを待機させた。外での仕事は逃げる先を大まかに確認するだけだ。中で余裕ができたら、追える準備もしたほうがよい。小回りが効くキックスケーターが二台だけある。
一方で式場の中は、大別して四つが並行して起こっている。
第一に。一般来賓をメインホールに隔離している。新婦側の来賓は全員がホール内で無害に巻き込まれているのみだが、新郎側では半数弱がキールの異常を把握し、駆けつける最中だ。その様子から残った者も事情を把握している。トイレに出る時を含めて手を打てるようメイドを配置しているが、どこまで保つかは曖昧だ。
第二に。情報室と式場側のスタッフが扉や部屋ごとの動向を管理している。監視カメラの映像に加えて、センサー式の照明と部屋ごとの電力使用量を合わせて通ったことがある部屋をすぐにわかる状態にしている。エレベーターを止めた今、二箇所の階段だけが上下を繋ぐ。
第三に。ダスクとロゼは合流し、待機させる追加の数人が揃ってから、階段を登る。背後からの不意打ちはさせないし、反転して逃げる手も打たせない。騒ぎは大きくなったが、総合的には追い詰めている。キールは二階にいて、二階に行ける誰もがキールを捕えるための人員だ。
第四に。レデイアは集団戦をしている。加勢した他のメイド二人も同等の体術を身につけているが、人数差がある今は、まだ戦いの土俵に立てない。相手となる暴徒が五人なので、レデイア側の三人が一対一で戦う間に、余った二人が横から叩くだけでおしまいになる。徐々に後退しながら、前進を遅らせる手で凌いでいるが、挟み撃ちにする増援はまだ時間がかかる。奥に誘い込む形での誘導なので、このまま続けたら一〇分とせずに袋小路だ。
数的不利を覆す方法は、何らかの方法で分断し、一時的な数的有利を作る。分断を解決される前の僅かな時間で片付けて、振り出しに戻るたびに繰り返す。勝ち目は薄いが、負けるよりはましだ。
レデイアは銅像を倒す。動かすには重すぎるが、大型ゆえに上端を引けば倒すのはいくらか楽になる。銅像は巨大で引っかかりが少なく、背中側から乗り越えるには十数秒を要する。なおかつ、少しずつ乗り越えたならば少しずつ片付けられる。
暴徒は理解して脚を止めるが、依然として膠着状態だ。レデイア側は迎撃しかできず、暴徒側は攻め手に欠ける。二階への加勢に向かおうにも、この場の五対三を崩したらどの組み合わせでも勝ち目がなくなる。
こうなった暴徒側は突破のために態勢を整える。レデイア側はその妨害をする。使う武器は、投げ返せない液体だ。ただの水でも目に入れば一時的に視界がなくなり、無防備になる。この場にある香水は主成分がアルコールなので、吸収されれば毒性を発揮する。時間稼ぎを続けて、増援を待ちながら、たまらず背中を向けたなら追う側になる。
ひとつだけ問題があった。暴徒側に決して気づかれないよう、何が何でも隠し通すべき隙だ。銅像を倒した際に、レデイアの手が下敷きになり、この場から動けない。
場面は変わって二階では。
すべての照明は情報室からのみ操作できて、それとは別に動体センサーで点灯する。今日は二階を使う予定がなかったので、初めは全て消灯していた。つまり明るくなった場所はキールが反応させたとわかる。すぐに別の道へ向かう場合もあるが、確認しなくて済む部屋があるだけでも手間は減る。
逃げるはキール一人で、追うはロゼとダスクの二人のみ。広いフロアひとつを使い、たった三人が物音で位置を探り合う。余計な音はないが、カーペットのせいで足音もない。扉の開閉や呼吸の音を探して耳を使う。
普段の二階は、撮影や食事で使っている。どの部屋にも来賓用とスタッフ用で複数の出入り口があり、入り組んで廊下やスタッフ用通路と繋がっている。扉は共通して音が出ないスイングドアで、手を離すと閉じた状態に戻る。手がかりとして見えるのは全開からでも三秒程度だ。
「ロゼ、
「お手柄。さすがね。こちらロゼ、キールはすでに拘束を解いている。どうぞ」
ロゼは労いの続きとして無線機の先に情報を送った。この二人組の活動は誰よりも長く、この仕事を始める前も合わせて二〇年以上もある。図らずもいつも通りの動きができる今、誰よりも強く成功を確信している。ロゼは小柄で、キールと比べれば頭ひとつ分の差がある。直接の力比べは圧倒的に不利だが、わかりきった不利を克服する手を当然に用意している。
この式場の扉はすべて、横に細長い小窓がついている。普段なら開けた直後の鉢合わせを防ぐ役目を果たすが、今回は先の明かりを確認する。暗いままならばキールが通っていない。ロゼの場合は追加で、ちょうど目線と同じ高さなので、先で動く様子の有無も確認できる。
さらに加えて、情報室から監視カメラの情報が届かない事実を合わせると、キールの道筋はすぐに特定できる。事前に頭に入れた見取り図と合わせて、このルートにめぼしいものはただひとつ。二階と屋上を繋ぐ階段だ。
そう思わせて、二階に留まる計画にも移行できる。キールの道は最短ルートを避けている。先回りできると思って最短ルートを走れば、無人となった二階を逆走する手や、じっくりと通風口を開けてもいい。
ここで二手に別れた。ダスクはキールが動いた通りに追い、ロゼは最短ルートで屋上へ向かう。エレベーターが止まっている今、ゴールは一箇所だけだ。
ロゼは走る。耳に届く音は自らの呼吸と筋肉を動かす音のみ。ここで最大の負け筋は曲がり角だ。出会い頭の一撃だけは確実に避ける。ロゼは同じ状況を何度も乗り越えてきた。鏡面加工つきのボールを投げては、自動巻きリールで手元に戻す。反射で曲がり角の先を確認する道具だが、手のひらに収まる小型な上に距離もあるので精度が低く、観葉植物と人影を区別せずに一時停止する。それでも止まるべき状況に気付ける分だけ安全だ。
すべての曲がり角を超えて、屋上への階段に着いた。小声で「屋上に出る」と伝えて、鏡面ヨーヨーで階段の真上や踊り場の先まで安全確認し、段に足をかける。追加の武器として、屋上に出る前に掃除用具入れから使いやすそうな棒を拾っておく。扉のノブを回したあと、勢いよく蹴り開けて、同時に鏡面ヨーヨーを投げた。
「これはこれは。お転婆なお嬢様だ」
忘れもしない、キールの声が上から届く。鏡面にも確実に人影が映った。
階段と屋上を隔てる、ごく小さな一室。上にいるキールは膝をつき、策もなく飛び出した者を銃で撃ち抜く構えをしている。ロゼはすぐに屋内に下がり、まずは無線機で「屋上にキールを確認」と伝える。受信側の操作で、これ以降の音を無指向性マイクで拾い集めている。
出待ちで全滅する無策ではないし、銃弾には限りがある。キールがなぜ、わざわざ逃げにくい上で待っていたか。答えはわかりきっている。時間稼ぎだ。二階建ての屋上程度の高さならば無傷で飛び降りられる。見張りに気づいて、降りた後の足を待っている。式場の周囲は都市部で、都合のいいホテルもある。車は五分程度で到着する。もちろん、信号待ちを含めて。
ならばロゼの役目は、逃げる準備を妨害し続けること。下で交通に干渉するには人員も時間も足りない。メイドは屋内だけで手一杯で、式場側のスタッフは使えない。中で動けるのはダスクと、レデイアと、期待していない数名だ。きっとその順番で来る。それまでをどうにか繋ぐ。
キールの位置に近づく道が限られている。初めての銃でも簡単な的当てだけでおしまいだ。安全な場所からの狙いは空振りへの期待が一切できない。かといって、このままコンクリートを隔てた一室にいるだけでは話がキール側の都合で進む。ロゼだけでは動きようがない。無線機で応援を要請した。
「リグからロゼ。ふたつ連絡っす。まずダスクさんは一階、ルルさんの応援に。次に交通。近くで通行止めあり、都合いいっす。ただし理由は不明。どうぞ」
「ロゼ了解。以上」
ロゼは少しだけ、気が楽になった。リグの予測では二分ほどで下が片付き、こちらに来るのはその一分後になる。さらに時間の余裕もある。次の目標が提示された今、やることが決まった。キールの意識をロゼに集中させる。次を想定する余裕を崩す。応援が来る瞬間まで、今を続けさせる。
同じように扉を蹴り開けて、様子を鏡面で探る。間隔を不定期にして予測を外させる。掃除用具入れから箒やモップを繋ぎ、ヌンチャク状にして真上へ迫らせる。二度目は掴まれる場合も見据えて水を染みさせる。三度目はバケツごと放り投げた。濡らしたところで影響は無視できる程度だが、準備の手間がない一手で、どこかで見誤るかもしれない要因が増える。あわよくば勝てる手を一つでも増やすのは定番だ。
何も進まないやり取りを繰り返し、ロゼは通信を待つ。ようやく届いた知らせと、その直後に階下からレデイアの顔が見えた。スカートの左側を血で濡らした様子から、下で大変なことがあったと窺える。ロゼは人差し指と中指を揃えて立てるハンドサインでキールの位置を伝えた。
ロゼも、レデイアも、息が上がっている。二対一ですぐに終わらせる。呼吸を整えて、扉を蹴り開けた。今度はバケツや箒を眼前に迫らせて、視界が足りないうちにレデイアとロゼも飛び出した。
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