冬、捕縛作戦

order-12: 隊形

 冬。


 待機所の広間に、珍しく家政婦たちが集まっている。普段は八人程度で譲り合っている部屋で、狭くはないが、時々は道を開けさせる程度になっていた。今日は家具を片付けてあるものの、二〇を超えて集まっては部屋が狭い。自由移動は諦めて、壁際に通路を作って整列する。この国では小学校でも軍隊式の整列を学ぶゆえに、必要となったら誰でも実行できる。


 レデイアとリグは中央付近で、出荷前のマネキンに似た姿勢で動きを止めている。目を閉じ、耳に届く音をただ聴きながら、思考を自らの呼吸に集中させる。雑念が出るたびに「雑念が出た」と唱えて意識を元に戻す。聞こえる音に対し、ただ聞こえるまま、脳の無意識の領域に処理をさせる。必要な情報があれば、後で思い出して使う。強張った呼吸音など、放っておけば職務に関わる音が聞こえてくる。ロゼ・ブラックも他の場所がないからと隣に立ち、同じく精神統一をして時間を待った。


 各人が集まった理由は、テル・リブル所長が提示するひと仕事の会議に加わるためだ。地域にある複数の支部に所属する指折りの家政婦が一堂に会し、重要な仕事に臨む。普段と違い、通信を使わないアナログな顔合わせをする。ただ一つ周知されている、傍受のリスクがある仕事である事実だ。誰も内容を知らないが、レデイアとロゼを中心に、数名は察しがついている。


「これより、作戦の話を始める。名付けて『式場パニック! 危険なオヤジを確保せよ!』」


 テルの話が始まった。印象に反してプレッシャーに弱く、重要な連絡の日は必ずとぼけた題名をつける。他の支部から来た多くは情報を得ていないので気が抜けた顔をするが、レデイアをはじめとする半数は真剣な面持ちだ。テルがこんな言い方をするならば、必ず苛烈な仕事が待っている。


 場所は結婚式場、新郎の親代わりとして参列する男、キール・ファムを確保する。キールは児童養護施設の運営および出資をしている。面倒見がいいと評判で、新郎のトラク・アーリも彼の施設で育ち、今では弁護士として活動している。


 しかし、いい話ばかりではない。運営資金の調達方法に、目こぼしできない証拠を入手した。キールは裏社会の殺し屋として多額の報酬を得ている。過去に遡れば、失踪事件のいくつかがキールと多少なりとも近い場所で起こっていて、どれも弁護士や医師のお墨付きを得ている。この協力者に関しては確たる証拠が出ていないので手出しができない。今回はキール一人のみだ。


 テルは特に腕が立つ数人を呼び、指示書を渡す。役回りと人数が書かれていて、各々がリーダーとして、適した人員に声をかけていく。指示書はフラッシュペーパーという特殊な紙を使っていて、読み終えたらライターで火をつけると、一瞬で燃え尽きる。各リーダーは小部屋を使って集まり、回し読みで頭に入れたあと、その場で燃やして処分する。


 レデイアはキールの確保を実行する花形に抜擢された。この目的で四人となったら、ロゼと、リグと、もう一人。余り者でも構わないが、ここでレデイアに声をかける者がいた。内容を聞いていたはずでの立候補とは、確たる自信を持っている。指摘が必要な部分もあるが、それは指摘するだけで済む。


 集合した後で、最初に口を開いたのはロゼだ。


「二人とも、紹介する。彼女はダスク。関係は、レデイアにとってのリグみたいな子よ」

「どうぞよろしくお願いします。お二方は、ロゼがリーダーに向かない理由をご存知の方でしょうか」

「そりゃもちろん、ルルさんが最強だからっすよ」

「茶化さないでよ。ロゼは突っ走りすぎる。ダーティな手も使うあたりね」


 ダスクは短いやり取りから、本当に自分とロゼの関係に似たコンビであると理解した。同時に、決定的な違いもある。今回ばかりは計画を任せるべき相手はレデイアだ。ロゼの顔にも「面白くないが異論は出せない」と書かれている。


 これまでのダスクは、ロゼが手伝えと言ったらすぐに駆けつけて協力し、ロゼが任せると言ったら裏で調査した情報を渡す。適性も縁もなかったら間違いなく投げ出す激動の日々だが、ダスクには両方がある。かつては雇い雇われの上下関係だったロゼが、今では対等に接しあえる。他の身よりを失った過去を共有し、どんな困難も二人で乗り越えてきた。


 四人はそれぞれの理念や得意分野を再確認する。レデイアとロゼが実働の多くを担い、リグが連絡を始めとする裏方を受け持ち、ダスクは両者の間を取り持つ。元々、ロゼの無茶振りを実現し続けてきた結果、ダスクには忙しなくあちこちで動くほうが得意になっていった。片方に専任するような深い役割は手に余る。


 進行表と間取り図を並べて計画を練る。式場のスタッフが多くを管理していて、それらのおよそ半数がメイドと入れ替わる。案内や配置の方針は向こう任せで、渡された一覧を頭に入れる。状況に合わせた判断がないのは楽だが、別の目的との両立には、融通が効きにくい。


 狙い目は二度だ。キールが祝辞を述べた直後の、席に戻るまでの通路。もしくは、ケーキ入刀と同時刻の、控え室でお色直しを済ませた直後。用心深いキールのことだから、必ず護衛を置く。少しでも介入を防ぐ必要がある。


 どちらであっても仕掛けるのはレデイアだ。ロゼは不意に殺気を出す。ロゼはそういう奴だとその場の全員がよく知っている。周囲を抑えるのは他の班に任せて、レデイアが追いたてて決まるならよし、ずらされたならキールの逃げ道にロゼを待たせておく。


 ここまでが決まったら、さっそくリグの出番だ。各班の連絡役と話をつけて、どの情報をいつ求めるか共有する。協力者の足止め班には追加で、用事なく近づく者への牽制を求める。通路前の立つ位置やロゼに待機させる位置など、決定は一任する。メイドたちは互いに腕を信用しあっている。


 残る準備は下見だけだ。リハーサルと当日を待つ。成果を左右するのは普段の行いだ。大舞台であっても普段通りに、持てる能力を出し合えばよい。特別視はそれこそが失敗を招く。この認識を全員が共有している。


 リハーサルで、正確な位置関係を把握し、移動に必要な歩数や時間を確認する。服装が普段とは違い、式場の制服を使う。動きやすくなるまで馴染ませていく。男装で動く数人の周りでは、今のうちに黄色い声を交わした。


 すべての準備が終わり、いよいよ当日だ。


 午前一〇時。会場の扉を開けて受付を開始した。正規のスタッフが手慣れた様子で来賓を迎えて、メイドたちは会場の案内を受け持つ。その様子を小型カメラで記録し、天井の監視カメラでは映せない位置を情報室に届ける。ロゼは情報室で、レデイアは現地の上階から、それぞれ顔や挙動を確認する。特にポケットの膨らみが見えたら、その人物は警戒対象だ。


 同時刻、リグとダスクは駐車場にいる。六人乗りの車のうち、二人分の空間で機材を積み、万が一にでも近づかれるなら、すぐに逃げる準備がある。最悪でも自爆して、情報を誰にも奪わせない。このバックアップのおかげで、中での活動に対する妨害の兆候をすぐに察知できる。


「定時連絡。異常なしっす」


 会場では別の出入り口から主賓のトラクが入った。知らせを受けて、レデイアは念のため控え室に戻る。トラクの事務所にもおそらくは監視カメラがある。レデイアは顔が映っているので、カモフラージュがあったものの、念のため下がったほうがいい。ここまでレデイアを見上げる者はいなかったし、他のメイドの顔を窺う者もいなかった。収穫としてはまあまあだ。


 トラク側のうち、情報を得ているのはおそらく半数以下だ。これならばほとんど苦もなくキールを確保できる。同時に、そう思わされている懸念がある。決して驕ってはいけない。レデイアも普段から、無害な一般人を装っている。見えない場合が最も恐ろしい。


 具体的な対処法が出ない今、これ以上は考えても無意味だ。思考は常に行動に繋げるべし。行動に繋がらない思考は止めるべし。レデイアに与えられた教えだ。わからないままで動く。何が起こっても発見する備えと、発見した直後の対処法を持ち、自分たちの技量を信仰して臨む。レデイアがやるべきはそれだけだ。


 情報室でロゼと合流し、画面に目を向ける。トラクは疑いの様子を見せないままでお色直しを始めた。レデイアが事務所に侵入してから一ヶ月が過ぎている。カメラがなかったにしても、情報を集めるには十分な時間があり、忘れるには早い。この場で画面越しに見える顔は、すでに気づいているようにも見えるし、今日は楽しむつもりにも見える。


「レデイア。動揺なんて、珍しいわね」

「ロゼこそ。落ち着いてるよね」

「あら、あの子の前だけかしら? あなたが女言葉を使うのは」

「あなたの前だから、ね」


 情報室は、他に三人が担当している。若い一人が喧嘩に割り込みかけて、熟練が止めた。ああ見えてロゼは気を使っているし、ああ見えてレデイアは嬉しく受け取っている。まるで幼馴染だが、実は出会ってから数年と記録されている。ファンクラブ情報を共有しながら二人を見守った。もちろん本業も忘れていない。その場の五人全員が画面も注視している。


 いよいよ今回のターゲット、キール・ファムが会場に入った。目立たないが上質な背広を着込み、刈り上げた頭と合わせて、どのように確保するか調整していく。他の来賓と違い、二人のボディガードを連れているのも問題だ。サングラスで目線を隠しているし、常に互いの死角を補い合う。キールは一九〇センチの長身で、二人のボディガードも同程度の体格をしている。


 その恰幅はよく目立つ。座っていた来賓はキールに気づくと、立ち上がって挨拶をする。その様子がさらに周囲に伝わり、どんどんと立ち上がって頭を下げていく。多大な敬意が画面越しでもわかった。


 ロゼは舌打ちをして、集団をまとめて破る方法を練る。


 レデイアも、集団から切り離す方法を練る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る