1話完結『傷心の調停者』
エコエコ河江(かわえ)
1話完結
大陸を分かつ四カ国の、どことも属さない集団が二つ知られている。ひとつは宗教団体、もうひとつは傭兵団体だ。大聖堂は四カ国の全てが合流する中心にあり、中規模な礼拝堂は二カ国の境を跨ぐ四箇所と、小規模な礼拝堂が各国の都市部に二軒ずつ散らばっている。
表向きには知られていないが、傭兵団体アナグマとの繋がりが囁かれている。もしくは同一かもしれない。真偽を知るものはごく少数であり、各団体に所属する者ですら多くは判断しかねている。
シスター・ノモズは告解室で、迷える子羊の話を聞いている。礼拝堂では非武装を求めているので、子羊は騎士の鎧を置いて口を開く。カラスノ合衆国のシュバーレだ。精悍な男だが、今日この場では年相応の妬心と焦燥を抱く若者の顔を曝け出す。
「剣技対決を来週に控えている。相手のリデルに、どうしても勝ちたい」
カラスノ合衆国の騎士団では、分野ごとに対決する形で、群衆の興味を集めている。子供たちは鮮やかな剣捌きに憧れて、大人たちは真似できない剣捌きで安心する。シュバーレもかつての憧れを手にした一人だ。
相手となるリデルも同等の経験をしている。シュバーレはライバル視しているが、リデルからはそんな素振りがなく、いつも余裕の振る舞いを見せている。実力は本物で、特注の鎧にはチューリップの紋が輝いている。装備に紋を入れられるのは国軍の中でもひと握りで、リデルは前年の剣技対決で優勝した功績で紋を認められた。
シュバーレも今年こそ紋を得たい。
シスター・ノモズはひと通りの話を頷くのみで聞き届けた。最後まで一言も発さず、胸中に渦巻くわだかまりを吐き出させた。シュバーレは一呼吸の後に、晴れやかな顔で鎧を着直し、寄付金のみを残し礼拝堂を後にした。
寄付金を確認する。金貨が四枚、銀貨が八枚、銅貨が一枚。意図してか知らずか、アナグマへの依頼を示している。殺傷せず、露見せず、情報を求む。
ノモズはすぐに金庫の中身に混ぜた。夕方を待ち、これ以上の客人が見込めなくなった頃、礼拝堂に隠されたほうの二階へ向かう。
厳粛な礼拝堂とは一転して、俗な生活感に溢れているのが秘密の二階だ。名のある絵画のレプリカがなけなしの高級感を出している他は、椅子には鞄が置かれ、机には飲みかけのコップが置かれ、ベッドには寝巻きが丸まっている。
部屋の奥のソファの手前に狙撃銃が立てかけられている。ノモズが声をかける相手が決まった。
「キメラさん、仕事ですよ」
返事はない。居眠りと思って覗き込んだが、そこには誰もいなかった。飲みかけのコップの持ち主がキメラならば、あわせてお説教をしなければならない。
最新型の水洗トイレを流す音が聞こえた。そちらへ顔を向けて待つ。現れた姿は目当てとは別の、最も小柄な仲間だ。
「あれ、ノモズさん。お仕事?」
「その通り。キノコさんを頼りますよ」
まだまだ幼い少女だが、彼女も訳あってアナグマの一員になった。ノモズは相手の年齢では態度を変えない。仕事の内容をキノコに伝えて、すぐに動けるかどうかを確認する。
「そのチューリップのリデルさんについて、調べればいいのね」
「剣技対決に関わる部分だけですよ」
「そういわれてもさー、食べ物とかも戦い方の情報になるから、調べられるようにしとくね」
キノコは話しながらメモを取り出し、機械の部品の名前を並べていく。最後にいくつかの数字を並べて、ノモズに渡した。
「はいこれ。数字の数だけ使うのと、バツ印は切らしてるやつ。これらとお小遣い、ちょーだい」
「やけに高額な部品も書かれていますが、以前あげたものは?」
「全部キメラおねえちゃんがうっかり壊しちゃったの。直せば使えるけど、一週間じゃあ足りないんだ」
「わかりました。順に用意します。それと念のため。こっちの狙撃銃もキメラさんが?」
「そだよー。今夜はいらないって置いてったの」
ノモズは頭を抱えた。非武装と掲げている以上、自分たちの逸脱は信用を失うに十分であり、せめて見えない場所にしまうべきだ。アナグマ以外を招かない空間とはいえ万が一がある。お説教の準備をする間にもキノコは早速、二階の資材庫から部品を取り出していく。大きな部品は地下の資材庫にあり、こちらを出すのは夜になってからで間に合う。おそらく今夜は、適材適所といって押し付けやすい相手が戻らない。ノモズが受け持つしかない。
今すぐでは人目につくので、まずは食事の用意だ。今日の礼拝堂にいる全員分の夕食を作り、各部屋に届けていった。余った材料で、キノコが作業の合間に決まって求めるおやつを作った。あとで「冷蔵庫に入れた」と伝える。
*
翌日の昼。今日のノモズは眼鏡をかけている。非番の日の証を見てキノコはとびきりの笑顔で発明品を見せびらかした。たっぷり時間を使って、たくさん褒めてもらえる。
今回の発明品は、はるか遠くを見る道具だ。望遠鏡に近い形をしているが、光ではなく音を使う。色がわからない反面、動くものなら光が通らなくても感知できる。
「さすが天才発明家のキノコ先生ですね」
「へへん。そうでしょーとも。もっと褒めていいぞ!」
ノモズはキノコの頭に手を置き、髪の流れに沿ってゆっくりと動かす。見た目に違和感はなくとも、触れるとざらつきがわかる。材料を加工する際に飛び散る小さなくずだ。それとは別に、指同士をすり合わせる感触も、不愉快な色ともやつきがあった。
「キノコさん、お風呂に入りましょうね」
「やったあ! ノモズさんすき!」
二人は礼拝堂の上部にあるレドームまで発明品を運び、その足で浴場へ向かう。二人の間には三個の決まり事がある。流す時は声をかけること。立つ時は必ず声をかけること。そして、傷痕とその近くには決して触れないこと。
「ノモズさん。昨日来た人を勝たせるの?」
「どうしようかしらね。あの言い方なら他の解釈もできるけど」
「けど?」
「無計画に勝たせたら、束の間の資金が増えて、その後に私たちの破滅が来る。かと言って何もしなかったら、資金繰りが苦しくなる」
「めんどいなあ。リーダーっていつもそんな、大変なの?」
「実働も違った大変さがあるでしょう。お互い様」
キノコは唸りながら、背中をノモズに預けた。大きな湯船では脚を伸ばしても届かないので、ノモズの片膝を抱える。
「キノコさん、先の質問は、何か思うところがあったのですか」
「いつものノモズさんらしくなかったから。決着をつける手伝いなんて」
ノモズの顔が少し陰った。
「そうかもしれませんね。私にもまだ、思うところがありました」
「何を選んでも、きのはずっと、ノモズさんについていくよ」
キノコの言葉を最後に、浴室は心地よい沈黙に包まれた。たまの水音が互いの存在を伝える。ノモズは腕の力を強めて、水面下でキノコを抱き寄せる。返事として抱える先をノモズの膝から腕に移す。湯船から湯気がなくなるまで二人は互いの体温を共有した。
「ありがとうございます。さあ、立ちますよ」
「うん」
二人は体を拭き、本来の仕事に戻る。
目標をカラスノ合衆国、リデルの邸宅に定める。間合いの詰め方、動きの癖、重心の移動を読み取っていく。キノコは食事も関係あると言っていたが、今回はノモズ自身のみでの確認を求めた。軽いヒントのみをキノコから教わり、情報に追加する。
まとめた情報をシュバーレの邸宅に届ける方法として、自動人形を向かわせた。左手を伸ばして鞄を持ち、左脚に色が塗られて、右肩の内側に凹みがある。アナグマが提示する情報はいつでも的確だが、読み解く能力を要求している。
半日後に試合が始まり、結果が出る。
1話完結『傷心の調停者』 エコエコ河江(かわえ) @key37me
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます