高校生編〈5〉

「高平君、もうそっちは終わった?」


「もう終わるとこだよ。新垣さんもう直し終えたの?」


今僕たちは図書室で本の返却の整理をしている。

 毎週金曜日の放課後に、その日返ってきた本を元の場所に直すという単純な仕事だ。


「うん。私、よく来るから場所を覚えてるの」


「流石だね。僕、ラベル見ないとわかんないよ」


正直、図書委員の仕事をナメていたのかもしれない。

 まさかこんなに本を読んでいる人がいるとは…。


 窓から見える景色も段々と暗くなってきている。

 これじゃあ今日は調べ物はできそうにないな。


「ふう。終わった終わった。さ、帰ろうかな」


「え?調べものはしなくて大丈夫なの?」


「もう暗くなってきてるし、また今度でいいよ」


「…そっか。そだね」


なんだか残念そうだな。

 もしかしてホントに僕といたかったのか?いや、ないない。和也と変な話したせいで意識してしまってる。


「もう暗くなってきちゃってるから一緒に帰ろうか。確か同じ駅から乗ってたよね?そこまで送るよ」


「え?あ…ありがとう。お願いします」


こうして僕たちは到着駅まで一緒にいることにした。


「高平君は何を調べたかったの?」


駅までの帰路で新垣さんが聞いてきた。

 割と直球での質問だったから、きっと本当に気になっていたんだろう。


「んーなんて言ったらいいのか…。わかりやすく言うなら、不思議な体験をしたから原因とかを詳しく知りたくなってさ」


「不思議な体験…か。それってどんな?」


んん…言いたくないな…僕が見殺しにしたみたいなもんだしな…。


「あ…ごめんなさい。言いたくないならいいの」


ありゃ。顔に出てたかな。


「ごめん。なかなか説明しづらくてさ…。そういえば新垣さんは?気になってたものは解消できたの?」


「私は…そんなすぐに解決するものでもないから」


「そっか。僕に手伝えることがあったら言ってね」


「うん。ありがとう」


その後は取り留めもない会話をしながらゆっくり駅に向かった。

 新垣さんに意外な一面があることもわかり大いに盛り上がった。


彼女は意外にも登山が趣味だという。

 小さな頃からお父さんの趣味である山登りに付いていってたらしく、その内に自分一人でも登るようになったんだとか。


「山頂で本を読むのが気持ちいいの。特別な環境で読むから内容もスッと入ってきて覚えちゃうし」


という話には口を開けて笑ってしまった。


「ハハハッ!普通は景色なんかを見るんじゃないの?山頂でも本を読んでるなんて新垣さんらしいね」


「そ、そうかな?フフッ。でも確かに変かもね」


彼女は顔を真っ赤にしながら微笑んでいた。



楽しい時間はアッという間に過ぎていった。

 気付けば僕たちは駅の前まで来ていた。

空は黒ずみ、すっかり夜になってしまっていたが、駅のホームには帰宅途中であろう人がごった返している。


「うわ…。こんな遅くに帰るの初めてで知らなかったけど、この時間帯はたくさん人がいるんだね」


「そうみたいね。どうしようかな」


新垣さんにも予想外だったみたいで困惑している。

 とりあえずはぐれないようにしないと。


「まだ電車も来てないみたいだから、並んで待つしかなさそうだね。ついてきて。こっちに居よう」


列と呼べるのかもわからない様な、均一で歪な線の最後尾に僕らは並ぶことにした。


しかし、横から次々と人が移動してくる。

 このままではテンパってしまっている新垣さんとはぐれてしまうかもしれない。

 こうなったら仕方がない…。


「新垣さん、ごめん!ちょっと手を繋いで………」



その時だった。


なんの脈絡もなく、フワッと海の匂いが漂ってきた。


まさか!!

…あぁ!嘘だろ!!


そう。気付けば景色が、視界が、世界が、全て…時が止まったように静止していた。

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