少年編〈6〉
なんだこれ…。何が起きたんだ?
身体が動かない。
瞬きも、息すらしていないのに苦しくない。
それに周りの景色が全て止まっている。
目は動かせないのに視界の全部を認識できている。
動いているのは僕の思考だけだった。
僕はパニックにならないよう落ち着いて考え始めた。
まず音だけど、全く聞こえない。
いや、ノイズ…なのかな?悪い電波に乗せた時のラジオのような音は聞こえている。
そして匂い。
この異変が起きる前に突然漂ってきたあの匂い。
潮の香りを強くしたような、まるで海を間近で嗅いでいるような匂いが未だに僕に纏わりついている。
最後に景色だ。
とりあえず周りを見渡してみる。目が動かせないので、視界に入っているものを確認してみた。
動かない車、動かない人達。片足を上げたまま止まっている人までいる。
その中でも明らかに異様なものがあった。
春ちゃんだ。
笑顔の春ちゃんが交差点の中央付近から、コッチに手招きしたまま止まっている。
そこまでは普通なんだ。
そう、彼女自身は普通なんだけど、彼女の左右に何かがある。
何か…というか、よく目にするような「記号」が、浮き出ている。
それはーー
○ と ✕
○と✕…春ちゃんの肩くらいの高さに、この視界の中で唯一揺らめき動くその記号。
意味がわからない。
だんだんと腹立たしい気持ちになってきた。
(何なんだ一体…○?✕?僕はどうしたらいいんだ…?)
何もわからない状態で止まったままの世界に、僕は苛立ちと恐怖を募らせていた。
するといきなりノイズの中から『声』が聞こえてきた。
『選べ』
その声は僕の声にソックリでそう言った。
いや、僕の声そのものか?
頭の中に響くその声は、何故だかわからないが明らかに自分のものだと理解した。
(選ぶ?何を?)
『助ける?助けない?』
何を言っているんだろう。
ーーいや、ホントは気付いてしまったーー
(助ける…って誰を?)
『春ちゃん』
何で助ける必要があるんだろう。
ーーいや、わかっているーー
(助けなかったら…どうなるの?)
『死ぬ』
ーーあぁ、やっぱりそうだーー
何故かわからないけど、○と✕を見たときに感じてたんだ。
春ちゃんは恐らく、今どうにかしないと死ぬかもしれない状況にいる。
ここが交差点だということ。視界の端に映る大きな黒い車。
これはきっと……。
(○を選んだら春ちゃんは助かる?)
『助かる可能性はある』
(わかった。じゃあ助けた後、僕はどうなる?)
そう、僕はどうなるのか。
薄々わかってはいるけど、聞いておきたかった。
『死ぬ』
(やっぱりそうなんだ…。どっちかを必ず選ばなければいけないの?)
『選べない、選ばない。それは助けない、動かないのと同義』
(つまり✕と同じ…)
頭に響く声は至って冷静に、僕の疑問に答えてくれる。
それが逆に、僕の恐怖を煽いでいた。
(僕は…死にたくない…)
『では、✕を』
(違う!春ちゃんにも死んでほしくない!でも、死ぬのが怖い…。)
『では、✕を』
(でも春ちゃんを助けたい!でも死にたくない…。)
『では、✕を』
(でも二人で一緒にまた出かけようって約束したんだ。でもお父さんやお母さんに会えなくなるのも嫌なんだ…。)
『では、✕を』
やめてよ、ちがう!
あぁなんでこんなことに…さっきまであんなに幸せだったのに…いやだ……できない…選べるわけない…どっちかなんて…
(選べないよ!)
『了』
(え!?ちょっと待っ…!)
突然全てが返ってきた。
音も、街の匂いも、景色も。
春ちゃんの…笑顔も。
僕は全力で春ちゃんの元へ駆け出した
ーーはずだった。
足が動かない!進まない!なんで!
まさか選ばなかったから?✕になったから?
あぁ、嫌だ…春ちゃん!!
「春ちゃん!!!」
ドガッ!キキーーーッ!ガシャン!!
手を伸ばしたその先に…彼女の笑顔は存在しなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます