少年編〈5〉

「見てこれカワイイ!」

「待って!コレもカワイイ!」

「こっちのキャラ好きなんだー。カワイイんだもん!」


今僕らは文房具店にいる。


春ちゃんが夏休みの間に筆箱の中身を一新したいと言っていたからデートプランに含めていたんだけど、どうやら正解だったみたいだ。さっきからカワイイ無双状態だ。


女の子のカワイイはよくわからないものが多い。


どう見ても太り過ぎだろうというくらいふっくらしたネコのバッジ。

 目が異様にでかい鳥が描かれた消しゴム。

 かと思えば、点と点と点で目と口が書かれているだけのペンギンの置物。


「ねぇこれカワイイよね!」


春ちゃんが持ってきたのはどう見ても真っ黒い毛の塊だった。


「そ、そだね。カワイイね。この…触り心地とか?」


「ちがうよー。形とー、ココの毛を上げたらちっちゃな目が出てくるんだよ!カワイイー!」


いつも元気な春ちゃんだけど、今日はとてつもないほどエネルギッシュだ。買い物の時はいつもこうなのだろうか。


「航大ー。せっかく買い物来たんだから同じキーホルダー買おー!」


「え!いいね!いいと思う!」


なんてこったい。お揃いなんて漫画の中だけで起きるイベントなのかと思ってた。

 春ちゃんとお揃い…突然謎のキャラクター達が可愛く見えてきたぞ。

 なるほど、コレが噂のカワイイ無双なんだな。


「航大。コレとコレどっちがいい?どっちもカワイイし、男子がしてても別におかしくないかなって。でもどっちも良くて悩んじゃってさ。だから選んでほしいんだけど…どう思う?」


「僕はどっちでもいいよ。春ちゃんが好きな方で…」


僕はそう答えかけてハッとした。

 お母さんが僕に質問した時、「何でも良い」って答えて不機嫌になったことを思い出したからだ。


そして、お父さんの言葉も思い出した。

「その気持ちに答えるにはどうすれば良かったのか」


だから僕は考えた。一生懸命考えた。

春ちゃんが持ってきてくれた謎のキャラクター達、どちらをお揃いにするものとして欲しいのか。


片方はペンギン…なのか?触るとブニョっと潰れるブサイクなもの。

 もう片方はハムスターだ。常にひまわりの種を頬張って、これでもかというくらい顔が膨らんでいる。これは僕でも見たことあるアニメのキャラだ。


「ハムスターはみんな持ってそうでお揃いって感じがしないかな。だから、僕はどちらかっていうとペンギンが良い。それに、色も青とピンクの2種類あるから、お揃いだなってわかりやすくて嬉しいし」


これが僕の考え抜いた答えだ。どうだろうか。

横目で春ちゃんを見てみた。


ん?こころなしか耳が紅潮してる?

 横からだからよくわかんない。気のせいかな?


「嬉しい?フフッ…。じゃあペンギンにしようか!」


っ!!

心臓に一際大きな雷が落ちた。

 少しうつむきながらこっちを向く春ちゃんの笑顔は、間違いなく世界で1番のカワイイ無双だった。


あぁ…なるほど。なんとなくわかった気がする。


お父さん。僕はちゃんと考えてなかったんだね。相手に嫌われないようにって考えすぎて、を選んでいなかったんだ。そして相手にを伝えなきゃいけなかったんだ。


これからはどんなに怖くても、少しずつでも自分の気持ちを出していけたらいいな…。

 そう思った僕は改めて彼女に感謝の気持ちを口にした。


「ありがとう、春ちゃん」


僕等は文房具店で買い物を済ませ、次の目的地へ向かった。

 少しムズムズと、でも陽気に当たっているようなポカポカとした気持ちになった。


その後のデートも最高に楽しかった。

 ソフトクリームを食べたり、ゲームセンターに行ったり、道中に見つけた公園のベンチでお喋りしたり。


僕がワルガキの名前を覚えていないのが面白かったのか、春ちゃんは大爆笑していた。


どうやらワルガキの名前は牛島と言うらしい。

 牛島君のおかげでデートが出来ている。ありがとう牛島君。名前、頑張って覚えておくね。


そうして楽しい時間はアッという間に過ぎていく。

 気付けば景色がオレンジ色に染まり始めていた。


「もうこんな時間かー。そろそろ帰らないとね」


彼女は本当に残念そうだ。


「そうだね。暗くなる前に帰らないと怒られちゃうよ」


もちろん僕もそうだった。

 そうして、僕等は泣く泣く駅へと向かって歩きはじめた。


「でもまだまだ遊びたかたったなー。また今度どっかいこうよ!」


「もちろん。夏休みはまだいっぱい残ってるからね」


「約束だよー?あ、先にこれ渡しておくね!青いペンギンちゃん!」

 

駅への道で1番大きな交差点。丁度赤信号になって止まっていると、可愛く包装された袋を渡された。

 中身はもちろん、ブサイクで愛しいペンギンちゃんだ。


今日一番の戦果はこのペンギンちゃんだろう。

 一生大切にしよう。

 僕はそっと袋を握りしめた。


「落とさないようにバックに入れておこう」


「何してんのー?行くよー!」


あら、いつの間にか青になってたみたいだ。

 春ちゃんは先に渡り始めてしまっている。


僕は袋を潰さないように仕舞い込むと前に視線を戻す。


 その直後…いきなり潮の香りが鼻を突いた。

アレ?なんで海の匂いが…?


僕が疑問を抱いたその瞬間ーー


目の前に広がる世界が


空間が


完全に止まった。

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