少年編〈4〉
ー8月1日ー
僕は、かれこれ30分ほど鏡の自分とにらめっこしている。
今日は生まれて初めてのデートなんだ。これくらいしても足りないくらいだろう。
髪のセット…バッチリドライヤーでフサフサだ。良し。
鼻毛…バッチリハサミでカット済み。
少し中を傷つけてしまいヒリヒリしてるけど良し。次からもう少し小さめのハサミを使うべきだと学習した。
決め顔…良し。多分。
ルート確認…良し。お父さんから確認済み。
体臭…良し。お母さんから了承済み。
「じゃあ、行ってきまーす!」
意気揚々と僕は
「おう。頑張れよ」
「優しくエスコートするのよ」
いつもは冷やかしみたいに聞こえてムムッってなるけど、何故か今日は味方からの応援がとても頼もしく思える。
8月1日、駅に10時集合が約束の日時だ。
僕の家からは徒歩15分程で近場の駅に着く。
本当は、家が近所だからどっちかの家に行けばいいんだけど、せっかくの雰囲気を楽しみたかったからわがまま言って駅にしてもらった。
20分前に到着した僕はまだ春ちゃんが来ていないことを確認し、先に目的地までの切符を2つ購入した。
お父さん曰く、手間をかけないスマートなデートが良いんだと。
正直何を言っているか分からなかったけど「めんどくさいと思うことは率先して先にやっておけ」ということらしい。
キッチンからお母さんが鼻で笑ってたけど…。
「よし。後は地図を確認しとこうかな」
待ってる間にお母さんに描いてもらった簡易的な地図を見て予習しておくことにしよう。
僕は駅前のベンチに腰掛け、小さな紙を取り出した。
「ふむ。やっぱ迷子になりそうだなー。も少し細かく書いてもらえばよかったかな」
「何を?」
「何って…わっ!」
後ろからの予想外の声に、恥ずかしいくらいに飛び退いてしまった。
「それ地図?」
突如現れた春ちゃんがキョトンとしている。
いつもと変わらないちょっと自己主張強めの格好だけど、今日はなんだか大人っぽく見える。
「え?あぁ…うんそうだよ。迷わないようにって一応書いてもらったんだ」
「ほぅ。流石航大だね!これはおでかけが楽しみになってきたよ。今日はヨロシクね!」
「う、うん。ヨロシクね」
僕は先手を打たれて心臓が盛大に鳴っていた。
「さぁ行こっか!航大、案内お願いね」
「うん。まかせて」
僕等は並んで駅へと歩き出した。
足が弾む。軽やかに。飛んでいきそうなくらい。
好きな子と二人きりでおでかけなんて信じられない。
今日は絶対良い日になるぞ!
僕はこの時、本当にそう思っていたんだ。
だって今日も明日も、ずっとこの日常が続く。
春ちゃんと僕はそうやって大きくなっていくんだって。
それが当たり前だって。
そう思っていたんだ。
崩れ散るのは一瞬なんだって、一体誰が想像できただろう。
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