少年編〈2〉
「おはよ!航大、学校行こう!」
よく通る大きな声だ。画面越しからでも、はち切れんばかりの元気が伝わってくる。
この女の子は春(はる)ちゃんだ。
肩までかかった髪にちょっと派手なキャップをかぶり、いつもキラキラとラメで文字が装飾された服を着ている。
3年生のときから同じクラスになったんだけど、いつもこのテンションだ。
ちょっとした出来事があってから、毎日のように家に迎えに来てくれている。
「ちょっと待ってて。すぐ準備するから」
僕は急いで歯磨きを終わらせ、ランドセルをからってから玄関に向かう。
お母さんが気を使ってくれたようで、彼女は中で待っていた。とても退屈そうに玄関口の段に腰掛け、足をばたつかせている。
「ごめんね。おまたせ。」
お。と、こっちを向き途端に笑顔になる。
僕は、春ちゃんのこの顔がとても好きだ。
以前、彼女と出会ったときもこの笑顔と元気に救われた。
あれは3年生のクラス替えで顔見知りが少なく、周りとの温度差に困っていたときだ。
ウジウジしていた僕は、同じクラスになったヤンチャな子達に学級委員を押し付けられそうになっていた。
委員の仕事はしたくないけど、断ってしまうと他の子たちに迷惑がかかるんじゃないかって思ってハッキリ言えなかった。
「航大がやってくれれば俺たち助かるんだよなー」
ホームルームの時間、そう言ってくる数名の男子に囲まれていた。
すでに別の委員に入っていたけど、ウチのクラスは人数が少ないから掛け持ちもOKだ、と先生からお達しが出たからだ。
そこで、ウジウジしている僕に白羽の矢が立ったというわけだ。
「僕は別にいいよ」
みんながそうして欲しいのなら…と我慢を決意した。
その時だった。
「航大君はどうしたいの!?」
クラスの窓際の席から、よく通る大きな声で話しかけられた。
これが春ちゃんに初めて話しかけられた出来事だった。
優しい笑顔でまっすぐこっちを見て、堂々と立つその姿はとてもかっこよかった。
「春は黙ってろよ!航大は今いいって言ったんだよ」
せっかくの所を邪魔された男子たちのブーイング口撃が春ちゃんに向けられる。
でも春ちゃんはそれらを全部無視して僕を見ていた。そしてもう一度大きな声を張り上げる。
「航大君がどうしたいかを聞いてるの!学級委員をしたいんですか?したくないんですか?」
…したくない。したくないけど…断ったら嫌な思いをさせてしまう。
言葉が出てこない…どうしよう。
そっと周りを見回すと男子達と目が合ってしまった。
みんなこっちをしかめっ面で睨んでいる。
僕は結局ーー
「僕は…別に、やってもいいよ…」
春ちゃんの優しさを台無しにしてしまった。
僕はその日、悔しくて情けなくて、何かがお腹を這いずり回るような感情を押し殺しながら学校を後にし、うつむきながら帰っていた。
今日の出来事がずっと頭の中を駆け回る。
なんでハッキリ言えないんだろう…自分の選んだ気持ちを言うだけなのに。
泣きそうなになるのをこらえ地面とにらめっこをしていると、後ろから肩を叩かれた。
そこには、春ちゃんがいた。
「航大君ヨロシクね!」
…?なんのことだろう?
いや、それよりも謝らなくちゃ。
「今日はごめんね。せっかく春ちゃんが聞いてくれたのに…怖くて言えなかった。委員になるのは嫌だって。みんなに嫌われるんじゃないかって…」
チラッと彼女の方に目をやってみた。
やっぱり怒っているのだろうか?春ちゃんが訝しげな顔をしている。
どう思われたのだろうか?僕が何も言い出せないでいると。
「別に気にしてないよ?それより私も学級委員するんだから、これからお願いね!」
え?開いた口が塞がらなかった。
あのホームルームの時僕は、罪悪感のせいで机に突っ伏して半ば放心していた。
まさかそんなことになっていたなんて。
「でも、なんで春ちゃんが学級委員に?女子はもう決まってなかった?」
そうだ。あの時は男子の委員が決まるのを待っていたはずだ。
「だって2つの委員なんて大変じゃない?私も手伝おうかなってさ!」
あっけらかんと話す春ちゃん。
「大丈夫だよ!私に任せておきなさい!」
のけ反って威張ったポーズを取ったあと、その太陽のような笑顔を僕に向けてくれる。
「だから!これからヨロシクね!」
この出来事があってから彼女はずっと僕を気にかけてくれている。
家が近かったことも知って毎日の登下校も一緒だ。
4年生になった今でも、僕は彼女をとても大切に想っているんだ。
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