少年編〈1〉

「航大、今日の晩御飯は何が食べたい?」


お母さんは、朝ごはんを作りながら僕に献立を聞くのが日課だ。

 でも僕はこの質問が好きじゃない。だからすぐに答えた。


「何でもいいよ。お母さんが作るご飯は何でも美味しいから」


寝ぼけ眼を擦りながら、いつも通り無難な答えを出す。


 「もう…たまには何が食べたいのかハッキリ言ってよー」


渋い顔でこっちを見てくるお母さん。少し呆れているみたいだ…。

 だから嫌いなんだ。困らせちゃうから。だってホントに何でもいいのに。


 まぁいっか、と肩をすぼめたお母さんはまた目の前のフライパンへと視線を戻した。


「早く準備して学校行きなさいよー!明日から夏休みなんだからねー!4年生にもなったんだから遅刻なんてしないでよね!」

キッチンから大きな声が届く。


「はーい!」


僕の代わりに返事をしたのはお父さんだった。

 寝間着姿ってことは、どうやら丁度起きてきたらしい。


 僕に向かって茶目っ気たっぷりのウィンクを決めたお父さんは、テーブルに置いてある麦茶に手を伸ばす。


「あなたには夏休みなんてないでしょ!ふざけてないでさっさと準備しなさいな!」


お父さんの麦茶を飲む手がピタリと止まる。


「お母さん機嫌悪いじゃん。航大が何かしたのか?」


「いや…僕は悪いことしたとは思ってないんだけどね。実はーー」


僕は、お母さんに聞こえないようにさっきのやり取りを説明した。


「ははぁ、なるほどな!そりゃあ航大がいけなかったかもな」


「なんで?ホントに何でも良かったのに」


僕は納得できずに問い質した。


「だってお母さんは、航大の食べたいものを食べさせてあげたいと思って聞いたんだぞ?なのに返ってきた返事は『何でもいい』だ。その『何でもいい』っていう答えが、航大に向けた愛情に対しての『何でもいい』にお母さんは聞こえたんだろう」


「んー…。よくわかんないよ。つまりどうしたら良かったの?」


僕の問いに、お父さんは眉間にシワを寄せて考えている。

 おそらく僕にもわかるように、伝える言葉を模索しているんだろう。

 それがわかったのでおとなしく待つことにした。


しばらくしてお父さんはゆっくりと話しだした。


「航大はまず、お母さんの気持ちを知ろうとするべきだったね。では問題です。何故お母さんは航大に食べたいものを聞いたんでしょうか?」


「そんなの簡単だよ。僕が食べたいものを作ってくれようとしたんでしょ?」


ウンウンと頷くお父さん。


「じゃあ次の問題です。その気持ちに答えるにはどうすれば良かったでしょうか?」


それを聞いてるのに…。僕はちょっとムッとした。


「…笑顔で言えばよかった?」


僕のひねり出した答えに納得しなかったのか、お父さんはさっきよりも眉間にシワが寄っていた。


「それもあるかもしれないが、大切なことが抜けてるんだなー。まぁ答え合わせはまた帰ってきてやろうな。仕事の準備しなきゃだ」


トントンっと腕時計を付けてもないのに手首を叩いて僕にも準備を促す。

 モヤモヤしている僕を横目に、着替えに向かうお父さん。


その時ーー


「ピンポーン」


家のチャイムが部屋に響いた。


「お、航大の彼女のお出ましだ。ちゃんとお前が出てやれよー」


お父さんは僕をからかうと、ニヤリと笑ってリビングをあとにした。


「航大ー!インターホン出てー!」


「はーい」


モヤモヤした気持ちを引きずったままインターホンへ向かうと、彼女が画面の中にいた。

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