第12話 デート

 その日、用があって外出しようと思っていた私は、王宮の入口が騒がしいので何事かと物陰から覗いてみた。


「だからここに妻と娘が居ると言っているだろう! なんで俺に入場許可が下りない?」


「奥様は面会をお断りしているそうです。速やかにお帰り下さい」


 王宮の門番に食って掛かっているのはクズ義兄のブラドだ。義姉のクレアは面会を拒絶している。顔も見たくないと言っているので当然だろう。そもそも離婚調停中に会おうという方がおかしい。暴力に訴えられたら堪らない。


「クソッ! だったらアビーに合わせろ! あの女もここに居るんだろう?」


 あの女呼ばわりかよ、このクズが!


「同じく面会をお断りしております」


 当然だ!


「ふざけるなっ! アイツは俺の義妹だぞ? そんな権利がある訳ないだろう!」


「面会をお断りしているのは王太子殿下でございます」


「んなぁ!?」


 ビックリしてる! ビックリしてる! このクズにされたことをアレックス王太子に伝えたら、そらもう大層お冠で私への接近禁止命令が出てるんだよね! ざまぁ!


「お分かりですか? そもそもあなたは王太子殿下の命により、王宮への出入りを禁じられております。これ以上ここで騒ぐようなら逮捕しますよ?」


「くそっ! 覚えてろよ!」


 誰に向かって言ってんだか。クズは捨て台詞まで三流だね。



◇◇◇



 王宮の入口で不快なことがあったのは忘れて、今日はヘンリー様と食事に行く約束をしてるんだから、気分を入れ替えないとね。


 義姉のクレアには「デートなのね~」って揶揄われたけど、デートちゃうし! そらそういう関係になれればいいな~とは思ってるけどさ...私なんかとは釣り合わないよね...ヘンリー様は大人だし、素敵な人だし、きっともう心に決めた人がいるんだよね...


 だから今日はそういったことは気にせず、純粋にヘンリー様と一緒に過ごす時間を楽しみたいと思ってる。それくらいの贅沢は許されてもいいよね?



◇◇◇



 ヘンリー様に誘って頂いたのは、ここ最近OPENしたばかりの人気店だ。ビイラ王国に本店を持つこの店は、各国に支店を出していてそのどれもが人気らしい。我がアルファ王国にもついに出店して来たので私も楽しみにしている。


 早速店に入るとヘンリー様の顔が奥のテーブルに見えた。ウキウキしながら歩いて行く私の視界にチラッと見覚えのある顔が目に付いた。あれは確か...ビイラ王国の大使だ。あのキモい感じは忘れない。なにやら店の支配人らしき人と話してるな。


 気にはなったがヘンリー様をお待たせする訳にはいかない。私は奥のテーブルに急いだ。


「ヘンリー様、お待たせして申し訳ありません」


「お気遣いなく。僕も今来たところです」


「このお店、凄い人気ですよね! 私、とっても楽しみにして来たんです!」


「えぇ、僕もです! 今日は目一杯楽しみましょう!」


 そう言ってメニューを広げたヘンリー様が固まってしまった。どうしたんだろう? そう思ってメニューを開いた私は得心がいった。メニューはアルファ語で書かれているでもなく、ビイラ語で書かれているでもなく、ましてやエイナ語で書かれてもいなかった。


 ほとんど国交のない南方の海洋国家、ジーラ諸国連合の言葉で書かれていたのだ。


 ヘンリー様には読めないだろう。固まってしまったのも無理はない。注文を取りに来たウェイターがニヤニヤと嫌らしく嗤っている。


 どうやらビイラ王国の大使が、例の鉱山売却の件で恥を掻かされたヘンリー様に、みみっちい嫌がらせを仕掛けて来たんだろう。本当に器の小さい男である。だけど甘いよ。


「ヘンリー様、ここは私が頼んでもよろしいでしょうか?」


「え、えぇ、それは構いませんが...」


「では、前菜にトマトとモッツァレラのカプレーゼ、メインディッシュに牛フィレステーキの赤ワイン仕立て、デザートにパンナコッタ、ワインは赤で」


 ウェイターが唖然とした顔をしてる。ざまぁ! ヘンリー様は、


「やっぱりアビーさんは素敵だ...」


 そう言ってくれた。


 いやあ、照れちゃうなぁ。

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