第5話 クズな義兄
「それで? お話というのは何でしょうか?」
「まぁ、そう慌てるな。茶でも飲め」
執務室で二人っきりになった私に、そんなことを言って下卑た嗤いを浮かべたクズは、侍女に入れさせたお茶を勧めてくる。
私は匂いを嗅いだ後、一口だけ口に含んだ。
(ふうん、なるほどね。今回は媚薬を入れやがったか)
確認した私は、ハンカチで口を拭く振りをしてそっと吐き出した。ハンカチに滲み込むがクズからは見えないだろう。
案の定、クズは更に嫌らしく嗤った。私が飲んだと思っている。本当に醜悪な顔だ。今すぐ蹴り倒したくなるが、今はまだ我慢だ。
「お話というのをお早目にお願いします。お義姉さまの所に早く戻りたいので」
「フンッ! 相変わらず生意気なヤツだ! いいだろう! 話してやる!」
いや、話しがあるって呼び付けたのはそもそもお前の方だろ!? なのになんだその態度は!? 舐めてんのか!?
「今度、我が家はディード王国と取り引きをすることになってな。その際の通訳を貴様に任せてやる。光栄に思ってしっかり働け! 分かったな!」
「通訳の仕事の依頼ですか? それは構いませんが、本当にいいんですか? 私、高いですよ?」
「なっ!? 貴様、金を取るというのか! この恩知らずめ! 恥を知れ!」
いや先代の伯爵夫妻ならともかく、お前には何の恩も無いし。寧ろ恨み辛みしか無いし。
「そう言われましても、私は王宮に勤めている身ですから、勝手に仕事を取ることは出来ません。私に仕事を依頼する場合は、必ず王宮を通して下さい」
大嘘である。私にはかなりの裁量権が与えられているので、王宮の仕事に支障が出ない限り、結構自由に動くことが出来る。
だからこの間のように、ヘンリー様のために動くことが出来たのだ。それを馬鹿正直にこのクズに言うつもりは毛頭無い。
「だ、だったら格安で済むようにお前が交渉しろ!」
いやだから、なんで頼む側が上目線なんだよ!? 私はため息を吐きそうになりながら、クズに視線を向ける。
金が無くて焦ってるって顔してるな。無理も無い。このクズが後を継いでから家計は火の車だと聞く。こいつ無能だからね。領地経営も上手く行ってないらしい。いい気味だ。
そしてしきりに時間を気にし始めた。どうやら私に飲ませたと思い込んでる媚薬が、そろそろ効果を発揮する頃合いだと思って期待してるんだろう。だが甘いよ。
前世で製薬会社に勤めていた私は鼻が良く利く。最初にこのクズが、私に睡眠薬入りのお茶を飲ませようとした時から、こいつから勧められる飲み物や食べ物は常に警戒しているんだから。痺れ薬を入れられたこともあったっけな。
だけどまぁ、ちょっとくらいは夢を見せてやろうかな。私はブラウスのボタンを外しながら、
「ねぇん♪ お義兄さまん♪ この部屋暑くないですかぁ? アビー、なんだか身体が火照っちゃってぇ♪ 脱いでもいいですかぁ?」
「おぉっ! いいぞいいぞ! どんどん脱げ! いっそ全部脱げ!」
おぅおぅ、鼻息荒くしちゃって。キモいったらないね。
「でもでも~♪ 私みたいな~♪ 下賎な女の裸なんて~♪ お目汚しじゃないですかぁ~?」
「そんなことはない! そなたは綺麗だぞ、アビー!」
「本当ですかぁ~?」
「本当だとも! 今まで薄汚いとか下賎だとか言って悪かった! あれは素直になれない愛情の裏返しだったんだ! 俺は昔からアビーのことが好きだ!」
「嬉しいです~♪ お義兄さまん♪ でもぅ~♪」
そこで私は素に戻って、近付いて来たクズの股間を蹴り上げた。
「ぐぴゅっ!」
クズが奇怪な声を発してその場に崩れ落ちる。
「私は死んでもお断りですわ」
そう言って私はクズを冷たく見下ろした。
「このことはお義姉さまに報告させて貰いますね」
私は急いで部屋を後にした。
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