5話:大樹を退ける

 


 停留所にバスが来るまでのわずかな時間でイテュードから忠告を受けた。魔界人の多くは、表の人間の感覚では奇妙な顔つきをしている。目の数、鼻の場所、口の数をはじめ、常識には決して囚われないこと。覚悟しておくこと。


 道の先から丸みを帯びた車両が近づいてくる。説明をそこそこにして、残りはレーニの覚悟の時間だ。最悪を想像し、さらに下へ掘り下げる。想像よりましだったと言える準備だ。幸い、異様なのは外見だけで、気性は大人しいほうが多いそうだ。外見さえ乗り越えればよい。


「二人分」


 イテュードに連れられてバスに乗った。レーニの感覚では、バスに乗るときは小銭を使うものだったが、目の前では小さな板をかざして済ませる。これも魔界技術として頭の片隅に置いた。運転手の顔はすだれに阻まれてよく見えないが、口元に口が見えない。マスクか、もしくは話の通り、本当に口がないか。


 奥に向かう。座席は疎らに埋まっていて、奥の二人席まで進む。その途中で顔が合った人物は、目が五個もあり、その一個を動かしてレーニを捉えた。慌てた様子で荷物を漁り、すれ違う頃には例の仮面をつけている。


「表から迷い込んだ人の前では、この仮面をつける。驚かなくて済むようにね」

 イテュードは自身の仮面を指して語った。

「表のために、献身的なのね」

「そっちが表だからね。そして迷い込む人は、思ってるより多い」

「神隠しが?」

「他の方法が。あいにく、そっちは意思疎通が困難だから、解析はまだ。急に現れて、あちこちへ歩き回って、姿が薄くなって、やがて消える」


 レーニにはわからないことだらけで、仮定で埋めて話を進めるのも限度がある。話を怪物退治に戻す。トルーエンに有効な武器とは何で、どこにあるのか。


 窓の外は代わり映えのない植物や建物が並んでいる。じっくり観察すれば違いがわかるだろうが、レーニはまだ魔界植物の区別はできない。どれを見ても灰色の樹皮に灰色の葉で、違いが全くわからない。もしかしたら、現地人ならば色が見えているかもしれない。さながら人間が紫外線と呼ぶ不可視光を、鳥ならば色として認識できるように。


「この先に武器職人のアトリエがある。怪物に対して使いやすいよう調整されてから、それを持ち出そう」

「奪うってこと? 諍いは地元でなくとも控えたいけど」

「助けあいだよ。こっちじゃあ必要なときに必要なだけ融通しあうのが慣わしだ」


 イテュードの話ぶりから、レーニは気遣いと想定した。単に助けあうだけならば、バスに乗るときの動作に違和感がある。あれが仮にクレジットカードに相当する決済ならば合点がいく。これらから、イテュードが『必要なだけ融通』と言っているのはレーニに対してだ。その気遣いに対し、レーニはまず言われるがままに受け取り、別の所で助けあえるようにすると決めた。


 二人の話を聞いていた様子で、近くの席にいた老人が話に加わった。


「お二方、儂に用事と見受ける」

 恵比寿顔の、気前のいいテノールで声をかけた。イテュードは肯定し、レーニを紹介する。

「このお爺さんがその武器職人のノッペクサさん。奇遇ですわ」

「本当に。お若いのに大義である。うちの倉庫にある分は贈り物として受け取ってくれたまえ」

 レーニはこれを聞いて、本当に異文化と思った。まずは「お言葉に甘えて」と受け取る意思を見せる。同時に、お返しをしたい意思も見せた。


 バスが停まったのはほとんど森林の真ん中だ。鉄の道と停留所を示す看板がある以外は植物が並んでいる。わずかな獣道から森林の奥を目指す。


 道中の木々には、道を示すためか、傷がついている。看板で見たのと同じ、楔形の縦書き文字だ。どの木にも同じ形が刻まれていて、おそらくは最後に文字の中央を貫く一本線がある。レーニの感覚ならば取消し線にも見えるが、看板にも中央を貫く一本線があった。なのでこの線は、魔界の文法において単語か文章を示す区切りと想像した。


「魔法に興味が?」

「魔法? 本当にそんな、いや、魔界があるなら魔法もあるとは納得できますが」

「表で言われる魔法とは違うそうだがね。呪文を刻んで、燃料を流しこめば動作する。燃料さえあれば誰でも使えるものだ」

「ノッペクサさんも表に詳しいのですか」

「客人は多いからな。昨日も若い男が来た」


 話もそこそこに、ノッペクサは足を止めて到着を示した。屋根の斜めが見えるが、そこへ続く道を倒木が塞いでいる。


「倉庫がこの先だが、この老体では倒木を退かせなくてな」

「いい言い方をしてくれたね。わかった、やるよ。レーニもそれでいいね」

「もちろん」


 二人は作業を始めた。倒木をどかすために、突起を減らして転がすか、扉の前だけでも開けられるよう切断するかと話しあう。道具はアトリエから拝借する。二人がかりに道具も揃っており、作業は順調だ。


 ノッペクサは作業の様子を眺めながら、ひとつ気にかかった。昨日の客人が言っていた女性の特徴と、目の前のレーニはよく似ている。

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