魔界にて

4話:対人交友



 女性的なシルエットの何者かは、怪物と同じ仮面をつけていた。


 点で目を、線で鼻を表す、傾けた除算記号の仮面だ。怪物との違いとして、回転はしていない。差し伸べた手の皮膚こそ灰色だが、人型の造形も合わせて、常識が通じそうだ。


 とはいえまだ受け入れ難い部分もある。仮面の後ろの髪は太く、人間の毛髪とは異質だ。色も質感も、皮膚との区別がない。レーニはこの形を見たことがある。ちょうど想像した怪物の、触手に近いものを感じた。


 仮面の下からアルトの声が聞こえる。いくつかの言語を試す中にはヨーロッパ風の音もあった。日本語にたどりついた所で確信し、返事をする。


「よかった。私の名はイテュード、あなたを助けます」


 名乗りあって握手を交わす。そのついでに手から情報を探る。まずは彼女の皮膚の触感から。外見は艶があり、ぬめりそうに想像した。触れるとすぐにそうでないと気づいた。外見に反して乾燥に近い。力を込める筋肉の動きからは違和感がなかった。


 イテュードはレーニに触れて、魔界人の気配を薄く感じ取った。表の人間がそんな気配を出すはずはない。しかし、外見は表の人間そのものだ。矛盾した状況に至る方法は、ひとつだけ候補がある。


「あなたもクォータか、もう少し後の世代だね」

「私が?」


 レーニはもちろん思い当たらない。振り返ると、母方の祖父母は会ったことがなく、その時代は戸籍の管理が甘かった。


 すぐわからないことは後回しにして、眼前に迫る疑問と向き合った。


「何が起こったか知りたい。ここはどこです」

「あなたの言葉で言うなら、ここは魔界です。地名としては221番街。たまに表から迷い込む人がいる」

「表、私がいた場所が」

「そう。そっちが表。神隠し、を聞いたことがあるでしょう。今のあなたのことです」


 レーニの疑問に答えを返す。その度に次の疑問が出る。神隠しならば、やがて戻る方法があるはずだ。その考えは肯定された。出口へ案内すると言って、歩き始めた。


「出口があるのに、同じ場所ではない?」

「その通り。ゲートを作るのはまだ新しい技術で、設備が必要になる。偶然で見つかるよう願うしかなかった時期に、帰れなかった者の子孫が、私」


 イテュードはその出自から、両世界を繋ぐのは自らの使命と考えた。幸いにも魔界の技術は表よりも発達していて、確立までは時間の問題になっている。それでも協力はほとんど得られていない。魔界人が表に出るには、特殊な方法が必要になるからだ。レーニは話を聞いて、理由に思い当たった。


 紫外線。かつての地球で、オゾン層が生まれる前は、宇宙から送られてくる紫外線を直接受けていた。強力な電磁波は細胞を破壊する。オゾン層のおかげで最も有害な部分から守られて、そのおかげで生物の地上進出が進んだ。


 一方でここ魔界は、空も灰色の、弱々しい光だ。手に指を立てても影ができない。こちらの太陽はきっと、紫外線を出していないのだ。


「神隠しの逆もある? その仮面をつけた怪物がいたのだけど」

「ある。表ではカッパとして知られてる奴、聞いたことあるでしょ。で、どんな怪物? ものによっては放っておけない」


 一旦、足を止めて、イテュードは懐から板を取り出した。かまぼこ板ほどの大きさに画面がつき、さながら新聞をルーペで覗くようにして、怪物の写真を見せていく。鳥型や獣型など、様々な姿が並んでいる。共通点は仮面だ。レーニには未知の技術に目を丸くしながらも、本来の目的、怪物退治に話を戻す。見覚えがある形を探し、見つけたときに呼び止めた。


「『トルーエン』か。大問題だな。全力で協力するよ」

「それほどに厄介な?」

「殺すだけなら、仮面の下にあるコアに傷をつけるだけでいい。ただこいつは、水を吸うと膨れ上がって仮面が埋まるんだ。泳ぎも速い。その様子だと、水辺ではなかったみたいだね」

「内陸で、川とも遠い。水を吸うと、なるほど、それで」


 有効な武器を近くで調達するのがいい。そのためにまず、イテュードは時刻を確認した。


「急いでバスに乗るよ。これを逃すと次は明日になる」

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