家族団欒ピクニック
雲一つない青く澄み渡る空。ごろりと横になるとついうとうととしてしまう暖かな陽射し。ゆるりと吹く風はその心地良い肌触りを残し、常磐色の絨毯を敷き詰めたような草原の表面をさらりさらりと撫で、どこかへと去っていく。
「だぁーっ」
そんな草原の上を赤ちゃんが楽しそうな声を出して、はいはいをしている。
その赤ちゃんの後ろからお父さんらしき若者が同じ様にはいはいをしながらついて行く。
時折振り返り、その若者がついてきているのを確認し、またにぱっと笑う赤ちゃん。
「パパァ」
まさに天使の笑顔。パパと呼ばれたその若者は、でれっとした顔でとても喜んでいる。
「ほらぁ、そろそろお弁当食べるから戻ってきてよ」
少し離れた所から、若者と同じ年の頃と思われる女が声を掛けた。赤ちゃんの母親だろうか。
赤ちゃんはその声のする方へと顔を向けると、だぁだぁと手を振っている。
女は、赤ちゃんのその姿にくすりと微笑みながら、赤ちゃんへと手を振り返した。
「マァマァ……」
くるりと身体の向きを変え、ママと呼んだ女へと向かう赤ちゃんをパパが優しくだき抱えた。
「これでちゃんと手を拭いてね」
ママがパパへ濡れたタオルを渡すと、パパは小さな赤ちゃんの手をとりゆくっりと丁寧に拭いている。その間に、ママがお弁当をレジャーシートの上へと並べ、お昼の準備を始めた。
そのお弁当がとても美味しそうだったのと、お腹が空いているという事もあるのだろう。我慢できずに赤ちゃんがお弁当へと手を伸ばす。
「こぉら、ミウ。あなたのはこっちよ?」
赤ちゃんであるミウはまだ十ヶ月。やや硬めの離乳食は食べれてもお弁当は食べれない。
ミウは残念そうにしながらも、パパの膝に抱かれ、お弁当とは別のタッパーに入れられた離乳食を不器用に食べ始める。まだ上手く食べれないのは当然であり、口の周りがべとべとに汚れていく。それを、パパがふふふっと笑いながら拭いてあげている。
「ほら、パパ。あなたも食べて」
ママの言葉にパパはお弁当に手を伸ばし、美味しそうに頬張っている。それを見ていたママは、家族でのんびりと過ごすこの一時をとても幸せだと感じていた。
「……って、違うだろっ!!」
突然、大声を上げるママに、パパとミウが驚きを隠せない表情で見つめている。
「と、突然、どうしたんだ、ママ?」
パパが恐る恐るぷるぷると震えているママへと声を掛けた。するとママはそんなパパをじろりと睨みつけている。
「誰がママよ?」
「えっ?!誰ってサナの事だろ?」
「はぁ?!確かに私と【剣聖】カイトは国王様の命令で【勇者】ミウと三人で暮らし始めたけど、なんで、あんたと夫婦みたいなやり取りしなくちゃいけないわけ?」
「だって、ミウが【聖母】サナの事をママって読んでるし、僕の事はパパだって……」
「だからってっ!!」
そんな二人のやり取りに、ミウの表情が変わっていく。ぷるんと下唇を突き出しながら、ぷるぷると震えていた。
「あっ、ミウ。大丈夫だからね。これは、喧嘩じゃないよ?」
涙を浮かべているミウの頭を優しく撫でている。
「ママ、急に大声出したら、ミウがびっくりしちゃうよ?」
「えっ?!あ、あぁ……ごめんね、ミウ、パパ……ママったら……つい……って、おぉぉーいっ!!」
そう言うとサナが両手を地面に叩きつける。その衝撃で弁当箱とミウを抱っこして座っているカイトが五センチほど浮いた。
そう、サナは怪力なのだ。元【聖女】であり現【聖母】サナ。実は【剣聖】であるカイトには劣るが、それに近い攻撃力の持ち主で、アカデミー時代から体術なども好んで修得していた事もあり、サナが【聖女】に選ばられた時にカイトは【モンク】の間違いではないかと疑った程である。
「あんたと夫婦扱いされるのもだけどさっ!!私たちは魔王退治に行くんじゃなかったの?それなのに……それなのに、なんでこんなところで家族団欒ピクニックしてんのよっ!!」
「夫婦かどうかは別にして、ミウとサナと僕の三人で暮らすのは国王様からの指示で、ミウが僕達の事をママとパパって呼ぶから、僕達もそう呼びあった方が良いだろ?」
カイトは顔を真っ赤にしながら捲し立てるサナとは正反対の落ち着いた様子で答えると、水筒のお茶を一口飲んだ。
「それに……魔王退治の前に【勇者】であるミウのスキル分析をする必要があるってコッティ王女も言ってたじゃないか。その方法を見つけるまで待つ間に僕ら三人の親睦を深めろともね」
「た、確かにその通りだけどさっ!!だけど……若い男女二人が同じ屋根の下で一緒に暮らすなんて……まるで同棲カップルみたいじゃない……ごにょごにょ」
最後の方の言葉が上手く聞き取れなかったカイトは、真っ赤になって話しているサナを不思議そうな顔をして見ていた。
「何を言ってるんだ、サナ?二人じゃないだろ?ミウもいるし、それから今日の夕方からはキラもやってくるよ?」
「そ、そうだよね……私たち、何にもないよね……」
「よくわからないけど、何を心配しているんだい?おかしなママだね、ミウ」
少しがっかりした様子を見せるサナに首を傾げながら、ミウの頭を撫でるカイト。そのカイトにミウがだぁだぁと手を伸ばし微笑んでいる。
さて、なんで勇者召喚後にこの三人が共にいるのか、それはカイトが言う様に国王からの指示である。しかし、その国王がそんな指示を出したのには訳があった。とても深刻な。
それは勇者召喚をした日のことである。
見知らぬ所への召喚と見知らぬ大人達に囲まれた不安と緊張から疲れたのかすやすやと寝息をたて、【聖母】セナの腕の中で眠りについているミウ。
召喚後、ステータスで【勇者】の名前や性別、年齢などは直ぐに分かった。しかし、肝心のスキルや【勇者】が受けるべき加護がモザイクにかかっており、判別できないでいた。
何かの呪いか制限か?
しかし、伝説の魔術師と肩を並べる素質のある第三王女コッティが数日間の猶予を頂戴と言った。その間に、このモザイクを取れると思うからとの事だった。
そういう事なので【勇者】ミウの素質を調べる為、ミウだけを城に残し、【聖母】【剣聖】【賢者】の三人が帰ろうと、セナがミウをコッティへと預けようとした時である。
セナの腕からコッティの腕の中へとミウが移った瞬間、ミウのぱちりと瞼が開き、また下唇を突き出し、ぷるりと震えたのだ。
それからは、大泣きである。
ママ、パパと泣き叫び、コッティの腕の中から落ちそうになる程に身を乗り出し、両手をこれでもかとセナやカイトへ伸ばして、大泣きしているのである。
コッティが、国王が女王がどうあやそうと泣き止む素振りは見せず、逆にどんどんと泣き声が大きくなっていく。まるで今生の別れの様に。
さすがにコッティ達も、【聖母】達も困った。
仕方なくコッティからミウを受け取るセナ。そのセナの腕に抱かれた途端に、あれだけ大声を出して泣いていたのが嘘の様にぴたりと泣き止んだ。
泣き疲れたのか、額には玉の様な汗が吹き出し、癖のある栗毛色の髪が額へとへばりついている。そして、口に人差し指を咥え、恨めしそうな顔をしてコッティ達を見ているミウ。空いている方の小さな手はしっかりとセナのすぐ隣にいるカイトの洋服を握り締めている。もう、ママとパパからはなされないぞと言わんばかりに。
そんなミウの様子を見て苦笑いを浮かべる国王達。
「余程……【聖母】と【剣聖】の事が好きなのであろうなぁ……【勇者】とは言え、まだまだ赤ん坊。そうじゃ……【聖母】セナ、【剣聖】カイト、主らは【勇者】ミウと一緒に三人で暮らせ。家は用意してやる。そして、コッティがモザイクの取り方が分かり次第、城にまた呼ぼう。それまでは主ら三人は一緒に暮らし、親睦を深めよ?分かったな?」
これが、この顛末である。
実はセナはアカデミー時代より、密かにカイトへ恋心を抱いていた。初めはカイトへのライバル心だった。共にアカデミートップを走る二人だったのだが、共に競い、切磋琢磨しているうちに、セナはカイトを男として意識し始めていた、
いつかは恋人に……
そう思っていた淡い恋心。
それが、ミウの登場で、その距離がぐっと縮まり、恋人どころか、ひとつ屋根の下で暮らす、まるで夫婦の様になってしまったのだ。
——手を握った事もないのに……て言うか想いを伝える前に……きゃぁぁぁっ!!夫婦みたいになっちゃったっ!!
口ではなんだかんだ言いながらも、セナの心中は穏やかでないのである。
そんなセナをよそに、カイトとミウは家族団欒ピクニックを満喫しているのであった。
本当の親子の様に楽しんでいるカイトとミウ。その二人の様子を見ているセナは自然と自分が微笑んでいる事に気がついた。
——もし……本当にカイトと結婚して子供が出来たら……こんな風に……あわわわわっ!!
物思いに耽って顔を赤くしていたセナは、遠くの方から手を振り、何かを叫びながら近づいてくる人影に気が付いた。
その人影はキラであった。キラははぁはぁと息を整えると、深呼吸を一つすると、セナとカイトに向けて言った。
「お兄ちゃん、セナさんっ!!ミウのモザイクを取る方法が分かったって連絡があったわっ!!」
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