魔王退治へ行こうっ!!~こうして私は【聖女】から【聖母】へとジョブチェンジしました。
ちい。
ジョブチェンジした理由
魔王が復活した。
この世界は多くの国により地域ごとに統治されており、多少の小競り合いはあるが、ここ数十年間、大きな戦争と呼ばれるものはなく、至って平和であった。
そんな平和を打ち砕くような神からの言葉を預かる者として誉ある預言者からの言葉。
世界は震撼した。
互いに均衡を保ち、平和に過ぎていく日々。
それが同じ人間の興した軍事大国相手の戦争なら、まだ対策のしようがあったが、しかし、相手は魔王。
遠い遠い昔、この世界に現れた魔王は各国の軍勢をものともせず、人間を蹂躙し、恐怖のどん底へと突き落としていった。しかし、とある国の魔術師が召喚した勇者により、魔王は退治され、再び、平和な世界へと戻ることが出来た。
殆ど神話の話しである。御伽噺の類。世界中の人々はそう思っていた。
しかし、魔王復活を知らせたのは、そんじょそこらの預言者紛いの者の言葉ではない。世界中で信用ある預言者の言葉。
それにそれだけではなかった。
今まで、人間達と適切な距離を保ち共存していたエルフ族やゴブリン族、オーク族、そして、魔物と呼ばれる獣達がそれまでの様子とはうって変わり、人間への敵意を表し始めた。
確かに、極稀に人里を襲う魔物達もいたか、それはほんの僅かであり、そこに配備された駐屯軍でも容易に討伐できていた。だが、今は違う。襲いくる魔物の数が増えたのだ。
各国の首脳達は集まり、対策を練った。しかし、彼らも自国の兵達を各地の魔物対策へと送り込み、魔王相手に軍隊を結集する事は難しい話であった。
そこに、決して規模が大きいとは言えない王国が名乗りを上げた。
かつて勇者を召喚したと言われる伝説の残る王国。
その名はビス王国。
あの伝説の魔術師の子孫が立ち上げた国である。
その血を受け継ぐと言われる国王とその一族。特に、その国王の娘である第三王女コッティ。コッティはあの伝説の魔術師の再来とも言われる程の魔力の持ち主であり、多彩な魔術を使え、現在も各地で魔物相手に奮闘している。
そのコッティに一か八かで勇者を召喚させてみようと言うのである。
勇者召喚など神話や御伽噺の世界の話し。各国の首脳達がおいそれとそんな話しに乗るものか。
否、残念ながらそんな眉唾、伝説の様な話しにさえも、藁にもすがる思いの各国の首脳達は話しに乗ったのだ。
そして、王国のとある一室に設けられた魔法陣。その魔法陣の前に数人の人間が集まっている。
ビス王国の国王と女王。今回、召喚の儀を行う第三王女コッティ。そして、三人の若者。
三人の若者は王国の才ある若者だけが集められたアカデミーの中で、特に秀でた者達である。
一人は【聖女】の資格を獲ているサナ。もう一人は【剣聖】の資格を獲ているカイト。最後の一人は【賢者】の資格を獲ているカイトの妹であるキラ。
この三人は召喚が成功した時に勇者を支え、魔王を退治するために集められた精鋭達であった。
サナとカイトは十七歳。キラは十六歳。若い三人であるが、実力は折り紙付きで、各地で魔族討伐でも活躍し世界中に名を知らしてめている。
そんな三人も勇者召喚の儀を固唾を飲みながら見守っていた。
魔法陣の前に跪き、頭を垂れ、胸の前で手を組み祈るコッティ。
亜麻色の最高級
静かな部屋にコッティの詠唱だけが聞こえる。
そして暫く詠唱が続いていた、その時である。
魔法陣から白金色の眩い光りが放たれ始めると、コッティのその亜麻色の髪がふわりふわりと持ち上がりだしたではないか。
「いよいよ……召喚が始まる……決して伝説の……神話や御伽噺の話しではなかった」
王の呟きが皆の耳へと大きく聞こえてくる。
ごくり……
【剣聖】カイトの唾を飲み込む音が【聖女】サナの耳に届く。
魔法陣から放たれる白金色の光りがさらに増す。
その場にいる誰もが直視できず、思わず瞼を閉じる者や、掌で視界を覆う者がいた。
そして……魔法陣から光りが消えると、誰しもがその中央に目を奪われた。
その魔法陣の中央に座る一人の人間に。
「こ……これが……否、この方が勇者か……」
魔法陣の中心に座る人間にたいし、驚きの言葉を放つ国王。そして、その横で、国王の腕を握りしめる女王は、ただ、ただ無言でその人間を見つめてい。
「……はい、お父様、お母様。この方こそが魔王を退治するために召喚された勇者様です」
閉じられた瞼を開き、大きな瞳で勇者と呼ばれた人間を疑うこと無く見ているコッティ。そして、【聖女】【剣聖】【賢者】の三人も女王と同じく、黙って勇者を見つめているだけである。
「真に……この方が」
「えぇ……私はこの目でこの方のステータスを確認致しましたから」
「真に……真に勇者なのであるな?」
「くどいですわよ……お父様?一回、煉獄の炎で焼いて差し上げましょうか?」
自分の召喚した勇者を疑われた事に対して腹をたてたのか、コッティはその零れんばかりの大きな瞳を半開きにし、じとりとした目で国王である父親を睨んでいる。そのコッティの視線にあたふたと慌てる国王はもう一度、勇者の方へと目を向けた。
——真に……この者が勇者であるのか……コッティもステータスを確認したと言っておった……間違いはないのであろうが……まさか……こんな事になろうとは……
国王は視線の先にいる勇者を呆然とした顔つきで眺めている。
国王だけではない。
女王も【聖女】も【剣聖】も【賢者】も皆、同じ気持ちであったが、コッティ一人だけが自信を持って勇者を見つめている。
それも致し方ないのである。
別にコッティの腕を疑っているのではない。多分、誰が見てもそう思ってしまうだろう。
だって、魔法陣の中央に座っているのは、どう見ても一歳に満たない赤ちゃんなのだから。
そんな赤ちゃんはぽやっとした表情で辺りを見回すと、自分を囲んでいる大人達からの視線に驚き、怖かったのか、その表情が次第にくにゃっと歪み始めると、眉間に皺を寄せ、眉尻が下がり、その団栗の様なまぁるい瞳に涙を浮かべ、ぷるんと下唇を突き出した。
——泣かれるっ!!
その場にいる皆がそう思った。
しかし、そんな時、何を考えたのか【剣聖】カイトが勇者である赤ちゃんをひょいっとだき抱えると、あやす様に背中をとんとんっと優しく叩いている。
「ごめんごめん……怖かったよね……驚かせちゃったよね……こんな所に突然来させられて、知らない大人達に囲まれて……もう、大丈夫だからね……泣かないでね」
ゆっくりと勇者の頭を撫で、優しい声で語りかける【剣聖】カイトの首に勇者は小さな小さな腕を回してしがみつき、その肩に顔を埋めている。
その間も優しく語りかけ、頭を撫ぜながらあやしている【剣聖】カイトに、【聖女】サナが近寄り声を掛けた。
「あ、あんた……赤ちゃんの扱いに慣れてるのね?」
「うん、だって僕はよく姪っ子達の世話をしてたからね」
「確かに、お兄ちゃんは昔から赤ちゃんのお世話が大好きだったもんね」
「へぇ……戦場では【鬼神】と恐れられた【剣聖】カイトの意外な一面ねぇ……」
【聖女】サナがそう独りごちた時である。その声に反応した勇者が【剣聖】カイトの肩から頭を上げ、【聖女】サナの方へと顔を向けた。
そして……勇者の口から出た一言に皆、驚くのである。
「ママ……マァマ……」
顔だけではなく、その小さな身体を捻るようにして【聖女】サナの方へと向け、両手を伸ばす勇者。それはまるで抱っこをせがんでいる様に見える。
「……へ?……ママ?」
勇者の言葉に驚き、固まっている【聖女】サナ。その【聖女】サナの様子にまた、眉間に皺を寄せ、下唇を突き出し始める勇者。
「ほら……サナ。勇者が抱っこしてくれってさ。なんでかお前を『ママ』って呼んでるしさ」
「はぁ?!私はまだ未経験よ?【聖女】だし、ママになった覚えはないわよっ!!」
【聖女】サナの言葉にびくりとした勇者の目からぽろぽろと涙がこぼれ落ち始め、とうとう口を大きく開け泣き始めた。
「マァマァ……マァマァ……抱っこぉ……」
そんな勇者におろおろとし始める【聖女】サナに、【剣聖】カイトが勇者をゆっくりと預けた。
慣れない手つきで勇者を抱く【聖女】サナに抱かれた事で安心したのか、勇者はひっく、ひっくとしゃくり上げながらも何とか泣き止んでくれた。
「ママ……」
【剣聖】カイトにした様に、腕を【聖女】サナの首に回し、涙で濡れた頬を愛おしげに【聖女】サナの頬に寄せた。
そして、【聖女】サナに抱かれ落ち着いた勇者が、またぐるりと周りを見回すと、一人の人間の方をじっと見つめている。
そして……また、驚くべき言葉を発したのだ。
「パァパ……パァパァ」
【剣聖】カイトへ向けて手を伸ばし、笑顔で抱っこをせがむ勇者。その言葉に【剣聖】カイトは目をぱちくりとさせている。
「パパ?僕が?」
「パパ……抱っこ……」
またまた固まってしまった【聖女】サナから勇者を受け取りだき抱えると。やっぱり、勇者は安心した様ににぱぁぅと笑顔の花を咲かせた。
「パァパァ……マァマァ……」
【剣聖】カイトと【聖女】サナを、交互に指さしながら喋る勇者に、何故か【賢者】キラが悩ましげに溜息をついている。
「この歳で……もうおばさんかぁ……」
その【賢者】キラの言葉に我に返った【聖女】サナが真っ赤な顔をして叫んだ。
「ちょいちょいちょいっ!!どうして私が勇者のママなの?!ましてや、どうしてパパがこいつなの?!わ、わ、私はこいつがパパなんて……認めないからっ!!」
まるで熟れたトマトの様な顔をした【聖女】サナ。その言葉に困り果てている【剣聖】カイト。
「こりゃぁ……サナを【聖女】じゃなくて【聖母】にジョブチェンジさせにゃいかんね……」
国王の独りごちるその声が虚しく部屋の中に響くのであった。
そしてここから始まる勇者と【聖母】サナ、【剣聖】カイト、そして【賢者】キラの魔王退治の旅が始まるのであった。
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