第46話・幼馴染の正体

「やっぱりアデル。きみを離宮に留めておいた方がいいかな。きみの麗しい姿を、王城の男たちの目に晒したくない。しかし離宮に置いておいても、不届きな者が忍びこんで来るとも限らないし、きみに何かあったらと思うと心配だ」

「ソール」


 想いが通じ合ってからというもの、ソラルダットは時間がある限り、アデリアーナのいる離宮に毎日通って来た。十三年間の離れていた時間を取り戻すかのように、アデリアーナと過ごす時間を貪欲に求めるようになった。

 二人で薔薇園に散歩に出ると、ブツブツ言いながらハロルドとリリーが後を追って来た。


「あ~あ。とんだ馬鹿っプルぶりですね。俺たちがいることもお忘れなく。ねぇ。リリー?」

「ええ。今日もまたお暑い日になりそうですこと」

「悪いなハロルド。アデルを前にすると、周囲が見えなくなってしまうほど、余は浮かれてしまうらしい」


 ソラルダットに目配せされて、ハロルドはぼそっと呟いた。


「こいつの一体どこがいいんだ。アデル~」

「おや。何か言ったか? ハロルド? 今誰かが余をやっかんだような声が聞こえたが?」

「いいえ。何も聞こえませんよ。そら耳じゃないですか? なあ。リリー?」

「陛下はやっかまれても仕方ありませんわ。ハルにとっては初恋の……」

「うわああ。やめえええええええええ!」


 リリーが何か言いかけたのを、ハロルドが慌てて止める。

 ソラルダットに長い間仕えて来たハロルドは、主従の関係を超えた関係らしく、アデリアーナの前でも他の臣下の目がない所では、遠慮のない物言いをする。それが幼い頃のソールと、ハルやトムの関係を思い出させた。


(きっとハルやトムも立派な青年になってるわよね?)


「ねぇ。ソール。そういえばあの頃一緒に遊んでいた、仲間のハルとトムはどうなったの?」


 リリーとハロルドのやりとりを尻目に、ソラルダットに訊ねれば可笑しそうに笑った。


「ハルならきみの目の前にいるし、トムは現在、この離宮の侍従長を務めてるよ」


(じゃあ。ふたりは……) 


「ハロルドがハル? トリアムがトムだったの? 全然気がつかなかったわ」


 驚いてハロルドを見れば、拗ねたような声が帰って来た。


「駐屯地で会った時に、リリーもすぐに気がついてくれたのに。気がついてなかったんですね?」

「だってあの頃よりみんなずいぶん変わってたし。でも道理でどこかで会った様な気はしていたの。後からローランとは兄弟で、リスバーナの宰相が父親だと知ったから、自分の知ってる人に、ハロルドが似てるからそう思い込んだだけかと思って。リリーは気がついてたの?」


 ごめんなさい。と、謝れば、ハロルドはしょうがないな。と、いう顔をした。リリーにも聞いてみれば当然です。と、返って来た。


「存じてましたよ。姫さまたちがいつ気がつかれるかと思い、ハラハラしておりました」


 リリーは、ソラルダットとアデリアーナが、互いに気がつくのを見守っていてくれたようだ。もしかしたらハロルド達もそうだったのかも知れないが。


「ねぇ。あの頃からハロルドとトリアムは、ずいぶんとソールと親しい様子だったけど、三人は本当はどんな間柄なの?」


 侍従長がトムだとすると、あの頃ソールと兄弟とアデルに言っていたのは嘘になる。きっとそれはソールを匿う為についていた嘘と、今のアデリアーナには分かっていた。

 ソラルダットが説明してくれる。


「トリアムはナネットの息子なのは知ってるね? ハロルドの母がナネットの姉で、トリアムとハロルドは従兄弟同士なんだ。余が母から毒を盛られた時に、ナネットが余と、トリアムを連れてリスバーナに逃れたんだ。しばらくハロルドの家で匿われていたんだよ」


「じゃあ、ソールはリスバーナの宰相とも顔見知りだったんじゃ?」


 宰相の家に匿われていたのだから、当然、トンスラ宰相と見知った間柄だったのではないかと思ったアデリアーナだったが、それは違ったようだ。


「いいや。あの頃、宰相は王城に泊まり込んでいたらしく、余が滞在中は顔を合わせたこともなかった。時折、使いの者が来てたようだったが」


 ソラルダットが言いにくそうに言えば、ハロルドが苦笑して言う。


「あの頃から父と母は別居してましたから。先王に恩がありながら、姫さまたちが幽閉された一件で、他の重鎮らと一緒に何の手も打てずに現王に従った父に、母が愛想を尽かしまして。父はマクルナ国の第三王子が、まさか自分の邸で匿われてたとは知らなかったと思います」


(トンスラ宰相も色々あったのね。別居の原因がわたくし達親子の幽閉にあったなんて)


 アデリアーナが考えていたことが顔に現われていたのが、ハロルドに読まれたように言われてしまった。


「姫さま。気にしないで下さい。もともと母は気が強くて、父を尻に敷いて来たタイプなのです。母は宰相の妻として暮らすよりは、自分で事業を起こして生きてゆく方が性にあってまして、今は幅広く商いを行って生き生きしてますから」


(さすがはあのナネットと姉妹だけあるわね)


 離宮で今も続けられている、軍隊のような掛け声で始まる女官たちの仕事ぶりを思い出し、アデリアーナはこの国の女性達にはとても適わないと思う。


「余も匿われていた時は、ハロルドの母に容赦なくしごかれたからな。そのおかげで刺客に襲われても簡単に追撃出来るようになったが」

さりげなくソラルダットの口から、物騒な言葉が飛び出した様に思う。


(どんなしごきだったの? 刺客に襲われても追撃だなんて。確か前にハロルドが、自分達近衛兵は、陛下にとってお飾りの様なものだって言ってたけど。あれって単なるおべっかだと思っていたのに違ったの?)


 ナネットの姉にして、ハロルドの母恐るべしである。

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