第43話・十三年前のプロポーズ再び
「何を言ってるの? アデルは、アデリアーナは王籍をはく奪されて幽閉されていたのよ。あなたを雇うお金なんてないはずだわ」
「リスバーナ北国の者ならば、誰もがアデリアーナさまの為になら膝を折るでしょう。スルファム王の忘れ形見を命がけでお守りするのは我らの役目。サッシュ男爵。貴公もそれはよくご存じのはずだ」
アデリアーナはローランの言っていた事を思い出した。父王、スルファムは密偵を作り各国に放っていた。ローラン率いる劇団はその隠れ蓑だ。ハロルドもマクルナ国に放たれた密偵だったのかもしれない。それがどういった経緯で、国王の側に上がることになったのかは不明だが。
難しい話は苦手のトゥーラは、サッシュの服の袖を引く。
「何の話? サッシュ?」
「トゥーラさま。ご案じ召されますな。あなたさまは思うようになさればよろしいのです。そこの国王が気に入られたのなら、夫になされるがよい」
「馬鹿にするな。そこの雌豚が大事なら連れて帰れ。なんなら今すぐ丸焼きにしてやっても構わぬぞ」
トゥーラに言い聞かせていたサッシュは、ソラルダットにいきなり後ろから蹴られて床の上に転がった。トゥーラが側に寄り添う。
「ぐおっ……!」
「サッシュ。大丈夫? サッシュ。これはマクルナ国王。なんと野蛮なっ」
サッシュが喚くと、ソラルダットは皮肉に笑い、床に転がるサッシュの腕を足で踏みつけた。トゥーラは血の気が引いた。
「うわああああ」
「止めて。なにをなさるの」
「マクルナは傭兵あがりの男がうち立てた国だ。力こそ全てだ。どっかのボンクラ王族と同じにされては困る。なんならこの場で切り刻んでやろうか? そこの雌豚もちょうどいい具合に肥えてるじゃないか。人肉も美味しいらしいしな?」
「ひぃい」
ソラルダットが腰から剣を引きぬくと、舌舐めずりしてみせる。傍でみていたアデリアーナもぞっとした。噂に聞いた黒豹王がそこにいた。
「分かったら二度と余の前に現れるな。今度会ったら容赦はしない」
ソラルダットがぶんっ。と、剣を振るうと、サッシュ男爵の髭が切り落とされていた。風圧でトゥーラの巻き毛が一部切れた。
「きゃああ。野蛮人っ。来ないでぇ。いやあああああああああ」
「トゥーラさまあああ」
トゥーラは起き上がるとその場を駈けだし、サッシュ男爵も自分を置いていかないでください。と、その後を追いかけて行った。アデリアーナはトゥーラの退散に胸を撫で下ろすと同時に、みんなを騙して来たことについて黙ってはいられなくなった。
まだ苛立っている様子のソラルダットに、何もかも白状しようと進み寄った。
「陛下。ごめんなさい。わたくしは」
「アデル。アデルなのか? そうかきみが。やっぱり」
今まで偽っていたことを打ち明けようとしたアデルに、トゥーラに向けていた視線の険しさを消したソラルダットは、笑みを浮かべて両手を広げた。
「僕だよ。アデル。分からないかい? あれから十三年も過ぎてるから無理もないか」
ソラルダットが以前からの知り合いの様に話しかけてくる。
(十三年前?)
十三年前といったらアデルの脳裏に浮かぶのは、古城で出会った少年たち。人懐こいハルに、人見知り激しいトム。そして童話に出て来る王子さまのように優しかった黒い髪に黒い瞳の……?
「ひょっとしてソール? あなたソールなの? 会いたかった」
「ああ。アデル。僕だ。やっと会えた」
アデリアーナがソラルダットの胸に飛び込むと、優しく抱き締められる。二人の様子を黙って見守っていたナネットやトリアムたちは、互いに目配せしてその場から退出し、最後にリリーが静かにドアを閉めて出て行った。
「あなたはこの国の王子さまだったのね? 知らなかったわ」
「あの頃は父が病に倒れて、叔父や側室を母に持つ兄達が世継ぎを巡って争っていた。僕は第三王子で争いとは無縁だと思ってたが、正妃の母に毒を盛られて生死の境を彷徨い、身の危険を回避する為に、乳母のナネットの手引きで、ナネットの姉を頼ってリスバーナ北国へと逃れたんだ」
ソラルダットがソファーへと導いて、アデルはその隣に腰を下ろした。ソラルダットは自分のことを余ではなく、あの頃のように僕と言う。ふたりの間には十三年の月日が流れているはずなのに、別れた時のことが昨日のことのように思われた。
「そこでわたくしと出会ったのね?」
「ああ。他人を疑ってかかってみるようになっていた僕に、きみは何の警戒もなく近付いて来て、慕ってくれた。きみの純粋な思いに触れているうちに、荒んだ心が洗われていくようだったよ」
「どうしてかしら? 今のお話あなたから初めて聞いたはずなのに、どこかで聞いた様な気がするわ」
アデリア―ナはソラルダットの身の上話に、聞き覚えがある様な気がして首を傾げた。
(最近、どこかでそのような話を聞いた気がするわ。ソールたちとのことを思い出したのがきっかけだったような……)
「そうだわ。芝居小屋。あの悲劇の皇子の恋物語。お芝居の中のお話と似てるのよ。あなたのお話が演じられてるようだったわ」
「芝居小屋? ああ。女官たちがはまっている旅の劇団か。今王都に来てる劇団の? 父が倒れてからのことは、国内中、皆が知っている事だから、たぶん題材にしやすかったんだろう」
「不愉快に思わないの? あなたのことを芝居にしてるのに?」
「いいや。芝居は民衆の娯楽だ。好きに演じてもらって構わないさ」
ソラルダットの顔色を伺うと、問題はないと言われてアデリアーナは安心した。さすがは大国の王。細かいことは気にしないらしい。
「ありがとう。実は主人公を演じてるのはわたくしの知り合いなの」
「僕よりもカッコイイのかい? それは妬けるけど?」
アデリアーナの告白に、ソラルダットは反応を見る様に言う。
「わたくしのなかではもちろん、あなたが一番よ」
「良かった。アデル。十三年前の約束を覚えてる?」
「約束?」
「忘れてしまったのかい? 酷いなぁ。僕はずっときみとの約束を忘れずにいたのに。チューリップの花が咲いたら、必ず会いに行くって言っただろう?」
アデリアーナとの別れ際、ソラルダットはチューリップの球根を差し出し、その時に頬にキスしてきた。好きな男の子からキスされたことにびっくりして、声も出ないアデリアーナに、彼は囁いたのだ。
『おおきくなったら、ぼくのおよめさんになって』
忘れてはいない。大好きだった男の子からのプロポーズ。嬉しくて涙が出そうになった。幼心にもソラルダットは真剣なのが分かったから。
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