第42話・ぶちまけられた真相
声の主に思い当って、顔を上げたアデルをソラルダットが気遣うように見て来る。騒動の主はすぐそこまで来ていた。
バーンと思いきり、蝶つがいが外れそうなほどの勢いをつけて食堂のドアが開けられると、そこには真っピンクのドレスが、ボンレスハム状態になったふくよかで美味しそうな子豚ちゃんもとい、十四歳の少女が立っていた。金髪にくるくる巻き毛が印象的な少女は、アデルを見つけて指差した。
「この。泥棒猫。わたしになりすますってどういうこと?」
泥棒猫もなにもない。アデルは好きでこの子豚ちゃんに成り変ったわけではないのに。目の前にはマクルナ王国に敗戦して、いち早く国を抜け出したリスバーナ北国の王の娘トゥーラが立っていた。後ろには豚の糞よろしく、シークレット男爵と有名だったダンディーな中年オヤジを引きつれている。その後からナネットとリリー、トリアムが追いかけてきた。彼らの制止を振り切って、強行突破したらしい。
「でも残念だったわね。あなたの悪行はこれでばれたわ。さあ。皆の者。わたしを敬いなさい。わたしこそがリスバーナ北国の王の娘、トゥーラよ」
辺りが静まりかえる。トゥーラの発言に呆れかえったようだ。トゥーラはアデルの隣にいたソラルダットに目を向けて、瞳を輝かせた。
「あら。あなたがマクルナ国王? 素敵なひとじゃない。気に入ったわ。よろしくね」
「姫さまっ」
トゥーラはアデルを押しのけて、ソラルダットの側に並ぶ。アデルはリリーに支えられて転倒を避けた。トゥーラは見た目に負けず馬鹿力で、か弱いとは程遠い存在だ。ちょっと押しただけでも、相手にはもの凄い威力となる。
ソラルダットは冷たい目で訊ねた。
「そなたは何者だ?」
「わたしがトゥーラよ。あっちのアデルは偽者。わたしのふりして嫁ぐだなんて、オバさんのくせしてよくやるわよね。若づくりしてるけどアデルは本当はそろそろ二十歳なんだから」
トゥーラが馬鹿にした目で、アデルを見る。アデルは皆の前で真相を暴露されて俯いた。自分を信じて尽くしてくれていた皆に申しわけなく思う。
「アデル?」
「あのオバさんの愛称よ。本当の名前はアデリアーナ。アデルは最近まで幽閉されてたの。前の国王の娘だったんだけど、お父さまの邪魔になってね。なのに腹黒宰相がわたしの代わりにアデルをマクルナに送ったのよ。ひどくない? 本当はわたしが嫁ぐはずなのに」
ソラルダットは痛ましそうにアデルを見た。
(これでもうお終い。なにもかもなくなってしまった……)
落胆するアデルの脇で、トゥーラが声を荒げる。
「さあ。あなた。何ぼさっとして見てるの。わたしを部屋まで案内なさい」
傲慢な口調でトゥーラはナネットに命じ、自分を案内させようとした。するとナネットは無視を決め込んだ。トゥーラは懐から扇子を取り出しひらひら振った。
「まあ。なんて態度なの。ずーずーしい。ではあなた、代わりになさい」
「お断り致します」
トリアムにも同じことを命じたが断られた。
(ごめんなさい。みんな。騙されたって分かって怒ってるわよね?)
それを見て、アデルには謝罪の言葉しか浮かんでこない。トゥーラは苛立った。
「ここの者は気が利かないわね。わたしを誰だと思ってるの?」
「早くしないか? 王女殿下のご命令だ。お前が駄目ならお~い、そこの」
トゥーラの腰巾着のサッシュ男爵は、トゥーラの機嫌を損ねないよう必死だ。アデルを支えるリリーに振るが、睨まれて終わる。そのなかで嘲笑が響いた。
「はっははっははははははははは……」
突如、起こった笑い声に、サッシュ男爵は怒鳴った。
「いま笑ったのは誰だ!」
「俺ですよ」
いつの間にか入室していた、近衛隊騎士団総隊長のハロルドが前に進み出た。サッシュ男爵は睨みつけ、トゥーラはハロルドの白金に灰色の瞳という容姿に、心奪われた様にぼうっとなった。
「あらん。あなたもいい男じゃない」
「お褒めに預かり光栄ですよ」
「きさま。いい気になるなよ」
「じゃあ、あなたは特別にわたしの騎士にしてあげるわ」
一目でトゥーラに気に入られたハロルドが、気に食わないとばかりにサッシュ男爵が噛みつく。トゥーラはいっこうに気にしていない。ハロルドは仰々しく言った。
「まことに残念ですが、俺の心はすでに決まっているのでお断り致します」
「マクルナ国王にはわたしから直訴するわ。それでいいでしょ? ねぇ。陛下?」
トゥーラはソラルダットの腕にすがるが、それを払われた。それでもめげないトゥーラは言い寄る。ハロルドは笑いを堪えたような声で、トゥーラに言った。
「現在、俺の主はマクルナ国王陛下ではありませんよ」
「えっ。違うの?」
「はい。俺が心からお仕え申し上げているのは、リスバーナ北国で民衆に愛されし薔薇姫アデリアーナさま。他にはあり得ません」
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