第39話・酔っ払い陛下


「くすぐったいです。陛下。離れて下さい」

「やだぁ。もう少しこのままで」

「陛下ぁ。やめ……」


 ソラルダットから離れようとして、身を抗うとますます抱き締められる。


「陛下。酔っておられますね?」

「ああ。気持ち良く飲んだよ。爽快だぁ」


 顔を顰めて言えば、本人は満足した様子で言う。


(この酔っ払い陛下が。どうしてくれましょう。やっぱり警備の兵を呼んで)


「だ。誰か来……」

「駄目だよ。他のひとを呼んだりしちゃ。せっかく二人きりになったのに」


(へっ。陛下ぁ)


 いきなり唇を手で押さえられて、アデルは驚愕した。


(なんだか怖い。陛下じゃないみたい) 


「さぁ。寝るよ。余には時間がないのだから。おいで。早く」


 強引に手を引かれてベットに連れて行かれ、いとも簡単にその上に転がされたアデルは慌てた。ソラルダットはぽいぽいと服を脱ぎ始め、シャツとズボンのみになるとアデルに迫って来る。


「いい子だ。さあ。おいで」

「ちょっとお待ちを。陛下」

「もお。待てない」


(なんだか普段と違って、酔ってる陛下は強引すぎ)


 布団の上でアデルを前にした陛下の態度は、肉食動物が獲物を前にして舌舐めずりしている構図に見えて来るから最悪だ。アデルは両手を突っ張って、ソラルダットとの距離をとろうとした。


「そんな。困ります。正気に戻って下さい。陛下~」

「どうして? こんな余は嫌いか?」


 アデルに拒まれ、しゅんとしたソラルダットは、なんだか子犬のように可愛いらしくて、小動物には弱いアデルには拒めない。でも酒に呑まれてしまった陛下は欄外だ。


「余よりもハロルドがいいのか?」


(どうしてそこでハロルドが出て来るの?)


「白金に灰色の目で余よりも麗しい顔立ちをしているし、愛想もよい。性格も良い男だ。王女が惚れるのも無理はない」

「ハロルドのことはなんとも思ってませんから」


 酔っ払い相手に本音をいっても仕方ないと思ったが、ソラルダットは嬉しそうな顔をした。 


「本当か? ずいぶんと仲よくしてたようだが?」

「本当です。わたくしは陛下のことが大好きですから」


 焼きもちを妬いてみせる陛下に思わず、自分の気持ちを吐露してしまうと、ソラルダットが凝視した。瞳が潤んでいる。


(まさか素面ということはないわよね?)


 思わぬかたちで告白してしまったアデルは、口元を押さえて言い募る。


「陛下のことは嫌いではありませんけど、でも酔っ払いは嫌です」

「なら問題はないではないか。さあ。寝るぞ」

「いやあ。離して下さい」


(問題大ありです。婚姻前の異性が一緒の布団で寝るなんておかしいでしょう。すけべ陛下。酔っ払い嫌い。大嫌いっ)


 ソラルダットは抗うアデルを引き寄せて、自分の腕の中に囲んでしまった。ベットのなかに引きこまれる。簡単に屈伏させられてしまったアデルは、布団のなかで背中から抱え込まれている形だ。横になって寝ているアデルのお腹の辺りに、ソラルダットが腕を回して来た。


「ん~ そなたは柔らかい。非常に触り心地がいい」

「陛下。背中がもの凄く密着してるのですが、少し離れて頂けませんか? それにお腹に圧迫感があると悪夢を見そうです」

「それは却下だ。悪夢なら大丈夫だ。悪魔でも怪物でも幽霊でも、余が側にいれば大丈夫だ。助けに行ってやるぞ。安心して身をまかせるが良い」

「それこそ気になって任せられませんわ」

「大丈夫だ。何の問題もない」


 何を言っても大丈夫だと、ソラルダットは背後で言いはり、酔っ払いを相手にしてるのが馬鹿らしくなってきた。


「陛下?」


 そのうち何も言わなくなってきた背後を伺うと、寝息が聞こえて来る。どうやら先に夢の中に冒険に行かれてしまったようだ。


(もお。ずるいんだから)


 背中から伝わって来る陛下の温もりに包まれながら、アデルは目を閉じて行った。

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