第36話・あなたはわたしの保護者ですか?
「お帰りなさいまし。姫さま。お祭りはいかがでした? 楽しまれましたか?」
「ええ。楽しかったわ。帰りが遅くなってごめんなさいナネット。でもどうして陛下がこちらに?」
「それは良かったですわ。もお。すいませんね。驚かせてしまいまして。先ほど陛下が懲りずに訊ねてきて、今までお待ちになっていたのですよ。どうなさいます? 即刻帰って頂きますか? 断られても構いませんよ。断っていいのですよ」
邪険にされている陛下に同情を覚える。女官たちの視線も冷たいままだ。そのなかでアデルの帰りを待っていたのだから、陛下に申しわけなく思った。
(陛下は素直に自分の気持ちを伝えてくれただけなのに。そのことにショックを受けたのはわたくしの勝手だし、皆もわたくしに同情してあおってしまったから、陛下が悪者になってしまわれた……)
「わたくしは構いません。陛下にはこうしておいで頂いたのですから、みなさまそろそろ許して差し上げて下さい。お願いします」
「姫さま。よろしいのですか?」
アデルがもう陛下との事はわだかまりが残っていない。と、伝えるとナネットが本当に大丈夫なのかと確認してくる。アデルは肯いた。
慣れというのは恐ろしいもので忘れがちになるが、もともと彼女たちの主人はソラルダットだ。国王を今まで蔑ろにしてきただけでも不敬罪にあたるのに、何もお咎めがないのはそれだけソラルダットの懐が広いのか、彼女たちを恐れているかのどちらかである。
「俺は席を外しましょうか?」
「そのままでいい。後はナネット以下は外してくれ」
空気を読んだハロルドが退出を申し出たが、ソラルダットは他の女官たちを退出させるのに留めた。部屋の中はアデルの他に、ハロルドとナネットが残された形になる。
「王女。ずいぶんとお楽しみのようだったが?」
「はい。楽しませていただきました。王都はかなり広いのですね。色々と歩きつくして、足に肉刺が出来ました」
「それで帰りが遅くなったのだな?」
「はい。それがなにか?」
正直に答えたアデルに、ソラルダットは機嫌が悪くなったようだ。今度は苛立ちを隠そうともしないでハロルドを見る。
「ハロルド。お前はこの時間まで、一体何をしていた?」
「何を。って、殿下のご希望で、お祭りをご案内したまでですが」
ハロルドは自分はアデルの護衛業務についていたが、それに対し何か問題がおありでしょうか? と、淡々と答える。それについても嘘はない。なのにソラルダットは疑っているようだ。
「それにしてはやけに帰りが遅いのではないか? いまも二人でいた様だし」
「行けませんか? お子さまの姫さまに合わせて友好を深めていただけです」
「ハロルド」
(お子さまって。ここで言わなくとも……)
恨めしそうにハロルドを見やれば、その様子を観察していたらしいソラルダットが問題発言をしてきた。その目には何かを悟りきったような老成したものが見られた。
「友好にしては随分親密に見えた。王女は未成年だ。心配にもなる。お子さまで目が離せない気持ちも分からないでもないが」
(陛下はわたくしの父親ですか? 思いきり保護者発言ではないですか?)
「陛下にも子供扱いされた…… もお。いや」
落ち込むアデルの呟きは、ソラルダット達には聞こえていないようだ。
「ハロルド。分かってるとは思うが、そなたには王女には良き兄として、節度ある態度で接してもらいたい」
「陛下はなんだか姫さまの父親のようですね。そんなにご心配ならいっそのこと、姫さまを陛下の養子にされたら如何ですか?」
ハロルドがおお。やだやだ。口うるさい男は嫌われますよ。と、茶化して言う。
「何をいう? 王女に失礼だろう? 第一、余は二十四だ。親子設定にしては年齢に無理があるだろう」
「そこを真面目に受け取られるあなたさまもどうかと思いますよ。頭のなかはがすでに老成なんだから。あ~あ。面倒くさい」
陛下相手にこの発言はいかなるものかとアデルが思っていると、ソラルダットが何かに気がついた様に言う。
「そういえば侍従長はどうした?」
「あら。本当ですわね。先ほどまで私たちと一緒におりましたのに。いつの間にか姿を消す技を身に付けたようですわ」
そんなはずはない。いくら侍従長が大人しくて、暴走しまくる女官長の影になりがちだとしても、急にその場から姿が消せるわけはない。
(密偵じゃあるまいし)
「お帰りなさいませ。王女殿下。お楽しみだったようで。リリーから聞きましたよ」
そこへ噂の本人がやってきた。後ろにリリーを従えている。確かリリーはハロルドから何か受け取ると駆けて行ったが、トリアムに報告していたらしい。出かけるときはアデルと同じ商人の娘の格好をしていたのに、今は女官の服装に改めていた。
(リリー。素早い。いつの間にトリアムに?)
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