第35話・あなたさまは出入り禁止のはずですよね?


「姫さま。その。なんというか、すみません。今日は色々なことを聞いて混乱なさってるかと思います。俺のことはいいんです。元気出して下さい」

「ありがとう。ハロルド」


 離宮に戻って来て、部屋の前まで送ってくれたハロルドが、別れ際に声をかけて来た。


「いつもあなたには気遣ってもらって、わたくしもリリーも大変助かってるわ。ねぇ。リリー?」


 リリーがなぜか、ハロルドの前に手を差し出す。ハロルドはちぇっ。抜け目ないな。と、言いながら懐の包みをリリーに手渡した。するとリリーは脱兎のごとく駈け去る。


「あの。リリー?」


 リリーが自分を置いてかけ去り、この場にハロルドとふたり残されたアデルは気まずく思った。ふいにローランの言葉が蘇る。


『ハロルドはきみの熱心な信望者なんだよ』

「姫さま……」

「は。はい。ハロルド」


 ハロルドの視線が熱を帯びているようで、直視するのが気恥かしく思われる。そんなアデルの前に、ハロルドは大事そうに何かを差し出された。


「姫さま。これを」


 ハロルドの手のなかには、アデルが食べたいと望んだものがあった。


(チューリップ飴! 後でと言うから、てっきりはぐらかされたのだと思ってたわ)


「覚えていてくれたの?」

「後でお土産に買って帰りましょう。と、約束しましたからね」

「ありがとう。ハロルド。嬉しい~」


 微笑むアデルに、ハロルドは肯いた。


「俺はあなたの味方です。俺はあなたが望むことならなんでもします」

「どうしてそんなにわたくしに良くしてくれるの? 宰相の息子だから?」


 思えば、ハロルドにはマクレナの駐屯地で会ってからというもの、アデル達の為になにかと尽くしてくれている。彼の主はマクルナ国王なのに。


「親父は関係ないです。姫さまは俺の大事なひとだから」

「ハロルド?」


 ハロルドは、そう言うなりつかつかと歩み寄ってきて肩を抱いた。肉親や兄弟とも違う抱擁で、異性を意識したものでもなく、なんだか幼い頃、戯れに幼馴染と抱擁した感覚を思い出した。


(………!)


「すみません。一度だけ…… 一度だけ子供の頃に戻らせて下さい」

「ハロル……ド……」


 鳥の羽が重なるようにふわりとした抱擁。ハロルドにはアデルに何かする気はないのだと知れた。ただ互いの友情を確認しあいたいだけ。


「アデル……」


 ハロルドの声が、どこか懐かしく思われて、遠い忘れていた日の記憶を揺りさまされそうになる。ハロルドの白金と青の瞳が誰かの面ざしと重なりそうになって、目を閉じかけたところで、謁見室のドアが派手にバーンと開いたと、思ったらすぐに閉じられた。


「な。何? 今のは? お客さま?」


 驚きに身をすくめると、ハロルドに肩を引き寄せられて、彼の背後に回された。何が起きてるのかと、庇われたハロルドの背から覗いてみると、そこには思いがけない人物が待ち構えていた。


「いま帰りか? トゥーラ王女」

「へ。陛下? どうしてここに?」


(当分ここには出入り禁止だったんじゃないんですか? なぜいつも登場が突然なんですの~)


 誰か説明を。と、思ってると、陛下を押しのける様にして、ナネットが前に進み出てきた。さあさ。謁見室のなかへと促され、アデルはハロルドを伴って中へ入った。部屋の中では数人の女官たちが壁際に控えていた。


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