第34話・気付かないのは当人たちばかり


「ああ。ややこしい。アデルさまがなんの為に、トゥーラさまの身代わりを勤めてると思いますの? 今トゥーラさまの人気を貶めるということは、アデルさまの評判を落してる様なものですわよ。もし離宮にいるのがトゥーラを名乗る王女だと知れれば、暴動になりかねないじゃないですか? なにを考えているのです? あなたがた親子は」


 興奮して言うリリーに、ハロルドがまあ、落ち着けと声かける。


「親父や兄貴のことは済まない。あの二人は悪気はないんだがその…… 詰めが甘くてさ。離宮の女官たちや近衛兵たちは、みんな噂とはあてにならないって結論付けて、トゥーラ王女を名乗るアデルさまに好意を抱いてるから問題はないし。アデルさまが離宮に居る限りは、身の安全は大丈夫だ。保障する」


(今まで離宮で何事もなく暮らせてたから心配してなかったけど、王都では間違ってもトゥーラと名乗りを上げてはいけないわね。おお。怖い)


 アデルは自分が初めてこの王都に足を踏み入れた日のことを思いだした。皆がリスバーナ北国からの王女を歓迎していたのには、このような裏事情があったのだ。


「芝居に魅了された人々が皆、リスバーナで幽閉されていた王女を、国王が奪還したのだと思い込んだのね? 陛下がたまたまリスバーナからわたくしを連れ帰って来たから。それが意地悪役として定着したトゥーラ王女だと知れたら、確かに暴徒になりかねないわね」


 アデルは今すぐにこの場から立ち去りたくなった。離宮はアデルを守る砦でもあったのだ。ナネットやトリアムのおかげで穏やかな日々を送れていたことを再確認して有り難く思えてきた。傍らではリリーがアデルの為に怒っていた。


「ローラン! 本当になんてお馬鹿な事をしてくれましたの!」

「それって僕が悪いの? もとはといえば当事者が思い出せばいい話じゃない? そしたらアデルも嘘つかなくて済むし。いっそのことライバル登場させちゃう?」


 激昂するリリーに言い寄られ、ローランが弱気になって言う。


(リリーを怒らせたら怖いのよね。触らぬ神に祟りなしだわ)


 黙って見ているアデルの前で、リリーは目を三角に釣り上げた。


「もお。あなた方親子はろくなことをしないんですから。いいですか? 姫さまの為にもう何もしないで下さい。頼みましたよ」

「リリー。まさかとは思うんだが、その親子には俺も含まれてるのかな?」

「当然です!」


 とばっちりを受けたハロルドが、ぽつりと呟いた。


「そんなのは嫌」


 兄や父と同じにされて、部屋の隅でショックに打ちひしがれるハロルドを見やって、アデルは同情した。


「あの。ところでローランはここにいていいの? 二幕の開幕じゃないの?」


 出番が来るんじゃないの?と、訊ねたアデルにローランはいいの。いいの。と、気軽に言う。


「皇子役は二人いるんだ。二人一役。だから僕が出ない時は、もう一人の俳優が舞台に出てる。アデル達と話がしたかったから代わってもらったんだよ」

「そう。一つの役に二人の人間がいるっておかしなものね」


 アデルは、トゥーラのことを思った。自分はトゥーラの偽者を演じている。


「わたくしが演じてるのは偽者だけど」


 自虐的な笑みを浮かべたアデルに、ローランが言った。


「僕らはその人に成りきろうとするのが商売だ。それが仕事だ。他の人間を演じて鳴りきるのが楽しいと思ってやっている。だけどアデルはそこまで頑張んなくていいんだ。嘘を付き通すのが辛いと思うのなら、陛下に本当のことを告げてみるのはどうだい?」

「兄貴!」

「ローランっ」


 ハロルドとリリーの制止の声が飛ぶ。アデルは虚しくなってきた。


(振られた相手に、実はわたくしはトゥーラ王女じゃありませんなんて言えないわ。聞かされたソラルダットさまも、対応に困るだけだと思うし)


「ローラン。それは告げても無理よ。逆にご迷惑だわ。その気もない女性にそんなこと言われても」


 泣きそうになるアデルを見て、何か感じ取ったローランはハロルドに事情説明を求める。


「どうなってるんだ? ハロルド」

「兄貴。俺も言いたくないが、姫さまはあいつに振られたんだ」

「なんで?」


 ハロルドは、渋面を作りつつ半分やけになって言う。


「元凶は親父だ。親父が姫さまをあの子ブタちゃん王女の身代わりにしたから……」

「みなまで言うな。ハロルド。なんとなくわかって来たぞ。つまり陛下はアデルをトゥーラ王女と信じ込んでいる。と、いうことだな?」

「ああ」

「なんてことだ。もどかしいな。陛下は本当は……」


 ローランは事情が分かった様で、アデルに思いきり同情の目を向けて来た。


「言うな。兄貴! それにさっき言っただろう? 当事者たちが気がついてないって!」

「なんならアデル、僕が教えてあげるよ。陛下のしょ…… ぐあっ」

「言うなあああああ」


 アデルの前で、ローランの口と鼻をハロルドが押さえにかかり、ローランは必死に喘いだ。降参と片手を地に付けて何度も叩く。


「ぐああああ。ギブ。ギブ。ギブ~」

「ちょっとローラン大丈夫? ハロルド止めてあげて、息が出来てないみたい」


 アデルの制止の声に、やっと息を付くことが出来たローランは、青白い顔をしてゼーゼ―と肩で息をしていた。アデルが止めなかったら、どんなことになっていたか想像するだけで恐ろしい。ハロルドが正気に戻って良かったとアデルは安堵した。


(ハロルドの扱い方には要注意だわ)


 心の中でかたく誓う。


「いくら芝居で肺活量を鍛えている僕でも、今のは堪えたよ。ハロルド」

「兄貴。すまん。つい……」


 穏やかな雰囲気に戻りアデルは冷静に考える。皆の様子に何か重大な秘密が隠されている様な気がしてならない。ハロルドがローランの口を封じてまで、アデルに隠したがってる事とはなんだろう。


(みんなが知っていて、わたくしが知らないこと?)


 いくら考えてもさっぱりだった。何も思い浮かばない。


「ねえ。お願い。みんな何を隠してるの? わたくしには言えないこと?」


 懇願してもハロルドやローラン、リリーは容易には靡いてくれないようだ。黙ってしまう。


(わたくしには関係あることなのよね?)


 アデルは急に皆から、自分だけ取り残された様な気分になっていた。


「お願い。教えて欲しいの。みんなは何をわたくしに隠しているの?」


 リリーが意を決したように前に進み出た。


「このことは私達が勝手にアデルさまにお伝えする訳には参りません。このことは陛下とアデルさまが気がつかれなければ、前に進めない問題なので」


(陛下とわたくしが気がつくこと? わたくし達の問題?)


「僕から一つ言えるとしたら…… おお。こわっ。大丈夫だって。僕だって学習能力はあるんだから、もう余計なことは言わないよ」


 ローランが言いかけたことに、ハロルドが目をむく。ローランは苦笑いを浮かべた。


「ねぇ。アデル。ハロルドはきみの熱心な信奉者なんだよ。僕と知りあうよりはるか前にアデルと知り合ってる。忠義者のハロルドのことは思い出してあげてくれないかな?」

「えっ。そうだったの? だからかしら? ハロルドとは初めて会った気がしなかったのよ。どこで会ってたのかしら? 言ってくれればいいのに……」


 ローランに教えてもらった事実に、アデルはリスバーナでの生活をもとに思いだそうとしたが、すぐには思い出せない。心の中に何か引っかかった様な思いを引きずりながら帰城することになった。

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