第33話・絶賛上演中です!

 悲劇の皇子の衣装を着たローランは満足そうににっこりほほ笑む。その顔を見て悪気はないのだろうな。と、思いつつ、言い淀んだアデルに代わって、リリーが感想を述べた。


「ローラン。最悪でしたわ。姫さまのお目汚しになりました」

「おいおい。リリー。そんなに悪かった? どの辺りが?」

「すべてだよ。兄貴。あれはまずい」


 ローランはリリーやハロルドにも手厳しく非難され、分からないといった顔をする。アデルを伺うように見て来たが、苦笑するのに留めた。


「なんで。王からは演目許可もらってる。どこがまずいんだ?」

「あいつはいちいち、市民の娯楽を取り上げる真似はしないからな。自分を題材にした芝居にも興味はないし」


 ハロルドは相手がその場にいないことを良いことに、一国の王を「あいつ」呼ばわりしている。ローランはおかしいな。と、言うように首を傾げた。


「そのおかげで民衆受けして盛り上がってるのになぁ。だからアデルが嫁入りした時も大歓声だったじゃないか?」

「ああ。お相手がトゥーラ王女とは国民皆思ってないからな。もし、アデルがトゥーラだと思われたなら大変なことになる」


 腕組みしたハロルドに、自分にも説明を。と、アデルは目で促す。


「兄貴じゃなかった、兄の芝居で王都の人々はみんな勘違いしたんです。兄の劇団は国王許可のもと行なってるので、我が国の王は、芝居の題材にするくらいリスバーナ北国の幽閉されている王女殿下に惚れてなさると思いこみまして」

「うん。うん。民衆は不遇な英雄や弱者に同情しやすいからね。実に誘導は上手く行ったよ。二幕はトゥーラの登場で同情票はアデルに傾く」


(どういうこと? ますます分からないわ)


「あのお芝居はわたくしとソールの話が題材ではないの? どうして陛下とわたくしの話になっているの? 二幕って?」

「確かに芝居の内容は以前、アデルから聞かされた思い出話を土台にして作った創作のお話だよ。あれ? もしかしてだけど、アデルはまだ気が付いてないのかい?」


 疑問に思ったアデルの反応を見て、おや。と、ローランは逆にハロルドに問う。


「ああ。ちなみにあちらも鈍感すぎて難航中だ」


(気が付いてないって何に? 鈍感ってソラルダットさまのことよね?)


 アデルが分からない何かについて、二人は会話を始め、リリーもその後ろで肯いている。


(話についていけてないのってわたくしだけ? なぜ?)


 当惑するアデルの前で、ローランがハロルドの肩に両手を乗せて、深いため息をついてみせた。


「長い冬になりそうだな。気の毒に思うよ。弟よ」

「同情してくれるか? 俺とリリーはすぐ気が付いたのにな。なんでだろう? このもやっとした気持ち。当事者が気が付いてくれなくて、周りが気をもんでいる」


 う~ん。アデルを覗く三人が腕組みして何やら考えごとを始めた。アデルは理由が分からなくて居心地が悪い。


(なんでしょう? わたくし三人を困らせる様な何か悪いことをしたかしら?)


「思いきって真相を告げたらどうなんだ? リリーがアデルに。お前が陛下に」

「兄貴。それは邪道だろう? 本人達が気が付いてくれたなら俺たちは万々歳なのに。なぁ。リリー?」


 ハロルドがリリーに同意を求める。リリーもそうだ。というように肯いていた。


「ええっ。待つのかい? ほんと気の長い。このふたりを見てたら雪解けが遠く感じられるよ。心配だぁ」


 このなかでは一番、お気楽に感じるローランにも、じっと見つめられてアデルは反応に困る。


「一体、どうしたと言うの? 三人とも。それより二幕にトゥーラが登場というのは何のお話?」


 やれやれ。と、いった感じで、ローランはハロルドたちに同情目線をくれながら、アデルの質問に答える。


「実は芝居は二部構成になっていて一幕が終わると休憩を入れることにしてる。これから二幕が開演で、ヒロインをいじめるトゥーラ王女が登場だ。この芝居はこの国では熱狂的なファンが多くて大人気なんだ」


(ああ。だから二幕でトゥーラが登場してどうのっていってたのね。でもちょっと待ってそれってまずいんじゃ……)


 アデルが不安を覚えて、ローランに訊ねる。


「じゃあ、トゥーラ王女は、この芝居を見た王都の人達の間では、相当嫌われてるんでしょうね?」

「ああ。ゴキブリ以上に嫌われてるよ」

「ええええええっ」


(あの黒い物体よりも嫌われてるなんて。どれだけ嫌がられてるの? その王女の身代わりをさせられてるなんて…… あのトンスラ宰相め)


 トゥーラ王女が嫌われる一因を作ったのは、ローランの所属する劇団なのだが、アデルはこの場に居ない宰相に向けて苛立ちをぶつけた。


「ま。大丈夫。大丈夫。あの子ブタちゃん姫の名前を出してるのは、この王都だけだからね。不評なのはこの王都だけ。他の国や地方では別の名前にしてるから問題ないよ」


(何が問題ないよ。問題大ありよ! ローランったら)


 アデルの顔色を読んだようで、ハロルドが兄を非難する。


「兄貴。姫さまにはご納得いただけてないようだぜ。当然だけど」

「なんで? 僕らは親父の命もあってアデルたちの株をあげるのに必至なのに。おかげで皆、国王陛下がリスバーナで幽閉されていた王女さまをお救いし、自国の王妃とすべく連れ帰って来た。と、盛り上がったじゃないか?」


 はあああ。あの。トンスラ宰相が。と、それまで黙って聞いていたリリーが立ち上がった。

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