第32話・トンスラ宰相の息子達


「姫さま……」


 気遣うようにテントの外に出たアデルを追って、すぐにリリーが出て来た。


「気が利かなくてごめんなさい。まだリリーは見てても良いのよ。わたくしはちょっと気がのらなくなったものだから」


 アデルは自分がテントから出てしまったことで、リリーまで退出することになってしまい申しわけなく思う。ハロルドは?と、思ったところで、彼も自分達の後を追って出て来ていた。


「演目が悪すぎる。あれじゃあ、姫さまが気分を害してもしょうがないな」


 ハロルドが芝居小屋の方を振り返りつつ呟く。彼の同情したような目と目があって、アデルは気が付いたことがあった。


「ハロルド。あなた…… わたくしが本当は誰か知っているのね?」

「ばれてしまいましたか。本当は黙って見届ける予定だったのに」

「いつから気が付いていたの?」

「初めからというか、あなたがトゥーラ王女として、我々の前に現れることは、父の手紙で知らされてましたから」


 ばつが悪そうに言うハロルドの様子から、アデルはもしかして。と、思う。


(トンスラ宰相繋がり?)


「あなたさっき、ローランと親しげに話をしてたわよね? ローランとは兄弟? ということはあの宰相の息子なの?」


 ハロルドは一瞬、戸惑いの表情を浮かべたが頷いて肯定した。


(やっぱり。そうなんだ。あの。トンスラ宰相の息子……)


 ローランはリスバーナ北国でも有名な、トンスラ宰相の放蕩息子だ。ローランとは三年前に、リリーと下街に出かけた時に知り合った。

この場に居ない国許の宰相を思いだし、彼らと宰相の顔立ちに共通点が見いだせないことに、嘆息が漏れる。

 確かハロルドは自分の両親が恋愛結婚だと言っていた気がする。


(肌や目や髪は確かに宰相ゆずりなのかもしれないけど、お母さま似で良かったわね。そうじゃないと、いつの日かあなた達のこともトンスラ兄弟と呼びそうだもの)


 何気に心のなかでひどいことを呟きながら、リリーと見かわす。その後方で拍手が鳴り響いた。どうやら芝居が終わってテントのなかにいた人達が出てくるようだ。この場から離れた方が良さそうだ。と、アデルが思ってると、ハロルドが促した。


「ここで立ち話もなんなのでこちらへどうぞ」


 ハロルドの案内で楽屋口に向かうと、ナイフ投げの練習をしていたらしい数人の黒髪の劇団員が、その手を止めて自分達を見て深々と一礼する。その所作は綺麗なもので、訓練されている者の動きのように感じた。アデルたちを連れているハロルドにも軽く一礼すると、ローランの楽屋へと案内してくれた。


「やあ。よく来たね。アデル。そこらに適当に座って」


 部屋の主のローランが、絨毯の敷かれた板張りの床にクッションの置かれている所をすすめる。一応、毛の長い絨毯が敷かれているので、じかに座ってもお尻が冷える様なことはなさそうだ。幼い時に下街に出て、芝居小屋に出入りしていたアデルには、床にクッションが置かれてるのは見慣れてる光景だが、実際に座ったことはなかった。


(わあ。思ったよりふっかふかなのね)


 アデルが抵抗なくすすめられたクッションの上に座ると、両脇を固める様に、リリーとハロルドが腰を下ろした。


「ありがとう。ローラン。ここの芝居小屋の人達は、皆リスバーナの人達よね? なんだか懐かしい様な思いに駆られるわ」

「さすがはアデル。気がついた?」

「ええ。みんなわたくしの顔を見て深く一礼したから」


 アデルは劇団員たちが、お客相手にしては丁寧過ぎるほど低頭したのを見ていた。マクルナに来てから自分は離宮にいるので、国民には一度も顔を見せたことがない。マクルナ国の者ならアデルのことは知らないはずなので、あんなに丁寧なお辞儀をしてみせる必要がなかった。

 きっと彼らは髪を染めたり、メイクなどでマクルナ人になりきっているのだろう。


「さすがはスルファム王の血を引くだけあるね。そうだよ。皆この劇団に所属しているのはリスバーナの者。かつらや変装で外見を変えてるけど、影をなりわいとする者たちだよ」


(影を生業って…… 日の当らない世界に生きるひと?)


 アデルの脳裏に、各国で暗躍するという人達の姿が浮かんだ。噂話とかで聞いてはいたが実際にいるかどうかは不明だ。 


「それって密偵ってこと?」

「そうだよ。僕はきみにまだ教えてなかったことがある。ここの密偵集団は君の父親で先王であるスルファム国王が、宰相の父に命じて作らせた集団だ。各国の動きを探り他国の社会状況を報告させていた。極寒の地の国が他国に踏みいらせずに、生き残る為にはどうしたらいいのか王は常に考えていた」


 あっさりとローランに肯定されて、アデルは驚いた。父が密偵集団をつくらせただなんてそんな話、父はもちろんのこと、母たちからも聞いたことがなかったからだ。


「お父さまが密偵を抱えていたなんて知らなかった」

「ゆくゆくはきみに知らせるおつもりだったんだと思う。きみに我らを引き継がせるのを考えていらしたから」


(影の者を使役する権利ということは、お父さまはわたくしを…?)


 漠然と浮かんできた言葉に実感が湧かない。リスバーナ北国の建国の時代から、今の時代まで王位継承権は、王族男子にしか与えられてはいない。夢の様な話だ。


「それって王位継承をわたくしに?」

「ああ。他国では女王が立つのも珍しくないし、スルファム王は現王に政権を渡せば、国民を顧みない政治をするのは目に見えていたし危惧されていた。だけど志なかばで倒れられて、今に至る訳だけどね」

「ああ。お父さま……」


 父の思いを知って複雑な思いに駆られたアデルに、ローランは頷いた。


「今は宰相の父が王に代わって使役しているが、もともと我らはきみの為に用意された存在なんだ。覚えておいて。ま、堅苦しい話はここまでにして。ところでアデル。僕のお芝居どうだった? 皇子役、さまになっていただろ?」

「そうねぇ。格好はいいと思ったけど……」


 ローランはここでは他の者の目もないからだろう。馴染みの顔になって気さくに呼び掛けてきた。ハロルドにはもうばれているので、トゥーラを演じる必要もない。

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