第31話・世間は狭い
「さあさ。お嬢さま。そろそろ芝居小屋の開演の時間になります。参りましょう」
ハロルドに促されて、芝居小屋へと赴いたアデルは、芝居小屋のテントの前に、人だかりが出来ているのを発見する。人だかりの中央には竪琴の演奏に乗せて、歌をうたっている吟遊詩人風の白金の髪の美青年がいた。アデルたちが近付いた時にちょうど歌が終ったようで、吟遊詩人を取り囲んでいた周囲が割れる。
「開場時間となりました。それでは芝居をご覧になる方はこちらに並んで下さい」
吟遊詩人が人々を誘導する。芝居小屋の開場時間まで時間があるので、待っていた人達の為に舞台俳優が歌を披露していたらしい。
「入口は狭いので二列でお願いします。入場券はお持ちですか? 確認させて頂きます。お持ちでない方は五百マノク頂きます」
マノクはマクルナ国の通貨だ。人差し指と親指を丸めてくっつけたくらいの大きさの銀の硬貨だ。硬貨の表側は初代国王の横顔が、裏側にはチューリップの花が刻印されていた。
「リリー。入場券あるの?」
「大丈夫です。ナネットさまから三枚お預かりしてきましたから」
さすがはナネット抜かりはない。安心して列に並ぶと、アデルは吟遊詩人に肩を叩かれた。人懐こい顔に見覚えがあった。
「あなた…… ローラン?」
「やあ。久しぶりだなぁ。ひ……」
リリーが慌てて吟遊詩人の口を押さえる。面識があるローランからアデルの身元がばれると大変だと思ったのだろう。自分達の後ろには何も知らないハロルドが付いている。だが、そのハロルドの言葉でさらにアデルは驚いた。
「やあ。兄貴。相変わらずのようだな。元気で何より。こちらのお方はお仕えしているお屋敷のお嬢さまだよ」
「お前も変わりない様で。母さんの様子はどうだ」
「元気だ。いまはナノッシュに旅行中だ。家に行っても誰もいないぞ」
(ローランとハロルドが兄弟?)
ハロルドがローランを兄貴と呼びかけたことと、くだけた物言いや、二人の容姿が似てる事からして赤の他人とは思えなかった。どうりでハロルドと初めて会った時に、親近感が湧いたわけだと、アデルは思った。
「そうか。親父から伝言があるから直接伝えるつもりだったんだが……」
「いまさらだろ。そんなの」
「あの。二人ともお知り合いなの? ずいぶんと親しそうだけど?」
「それについてはまた後で。これから開演なんだ。後でこいつに楽屋口まで連れて来てもらって。お嬢さま」
ローランが手を振ってテントの中へ入って行く。これから芝居の用意に入るのだろう。アデルたちがテントのなかに入るとじきに暗転となり、詳しいことは後で聞こうと詮索するのをやめたアデルは芝居に注目した。
お芝居は恋愛物語の様だ。極寒の地を舞台にした悲劇の皇子の恋物語。主人公ソラルは大国の第三皇子に生まれながら、政権争いに巻き込まれ、実の母親に毒殺されそうになったことから心を病み、誰も信じられなくなった皇子。政権争いで自分の命を狙う兄弟たちの手から極寒の地へと逃れ、そこで心根の優しい王女、アデリアーナに出会い、恋におちる。
アデリアーナと過ごすうちに他人を愛することを知った皇子だったが、ある日父が倒れたと知らせが入り急遽帰国することになる。
(これは…… このお話は……!)
アデルには身に覚えがあった。登場人物や名前や設定に多少の違いはあっても、この話は自分とソールのことのような気がした。
思わず立ちあがったアデルの後ろから「見えないよ」と、苦情の声が上がる。アデルは「ごめんなさい」と、身をかがめて、芝居小屋のテントの外へと抜けだした。
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