第28話・行き場のない想い
「姫さま。大丈夫ですか?」
「リリー。笑っちゃうわよね。陛下には心に思う御方がいらしたのに… 馬鹿みたい」
騒動の後、アデルは自室にこもっていた。女官たちに陛下から結婚する気はないと拒まれたのを見られていた気まずさと、陛下に言われた言葉のショックからすぐに立ち直れそうになかった。
リリーはそんなアデルの気持ちを慮るように、静かに部屋に入って来て、ソファーの上で背中を丸めるアデルに寄り添ってくれた。行き場のない想いを吐露すれば、抱き締められた。
「そんなことありませんよ。あれは陛下が悪いんです」
「陛下は悪くないわ。人の心は自由だもの」
「姫さま。無理しなくていいんですよ。こんな時まで我慢しなくても」
「リリー」
リリーの優しさが身に沁みる。でも陛下を悪く言いたくない。陛下もあの言葉をいうまでにきっと沢山悩んだことだろうと思うし、ヘタに期待させられて結婚してから側室を作られるよりは、はるかに誠実だと思ったからだ。
王族間の結婚とは、大概が親や国の思惑によって、当人の気持ちには関係なく婚姻させられる。そこに愛情はなく、互いに婚姻してから愛人を持つのが容認されているような状態だ。アデルの場合、両親は政略結婚だったが、そこから愛情を育み、穏やかな夫婦生活を築いて来たのは稀なことなのだと言うこともよく分かっている。
しかし、陛下に拒絶された自分は今後どのように暮らしていけばよいのだろう。
「どうしたらいいの? リリー。わたくしはどうしたらいい?」
「姫さま……」
「こんなことになるなんて思ってなかった。どうしていいのか分からない」
リスバーナ北国を出てきた時は、自分はマクルナ国王への戦利品にして人質と理解していたはずだった。すぐに結婚という運びにならないことに拍子ぬけしたものの、それなりに今の現状を受け入れて離宮暮らしを楽しんでいた。
(それなのに。どうして悲しくなるの?)
それ以上のことを望んでいた自分に自覚して、思ったよりもソラルダットのことが自分の胸のなかを占めていたことに気が付いた。
(わたくしはソラルダット王のことが好き?)
友好的に思っていたマクルナ国王が、いつの間にか自分のなかでそれ以上の、特別の存在へと移行していたらしい。
ソラルダット国王の先ほどの告白が脳裏に響いた。
『余には心に決めた女性がいる』
アデルに向けた瞳は辛そうだった。自分の発言によっていかにアデルが傷付くか分かっていて、それでも告げなければならない痛みを抱えていた。
ソラルダット国王。皆の前では清廉潔白な少々堅物陛下にも思われているようだが、アデルにとっては頼りがいのある男性で、どこか幼心を宿したアデルの心をくすぐる魅力的な異性だった。
今すぐと言わなくてもゆくゆくは、彼の隣に立てる日が来るのではないかと期待していたのだが、すでに彼の心は別の女性に占められていたらしい。
「残念だわ。もう遅いのかしら?」
(あの御方の心の中にわたくしの入り込む隙間はない?)
落胆を覚えるアデルにリリーが囁いた。
「姫さま、泣いてもいいんですよ。こんな時は大声を上げて泣いていいんです」
リリーが泣きそうになって言う。あの時と同じ顔で。
『いつの日か再び会えるから……』
ふいに遠い日が脳裏に蘇って来た。ソールたちと別れたあの日。あの時もこんな風にリリーは慰めてくれたのだ。
「わたくし罰が当たったのね。きっと……」
「姫さまは何も悪くありません。何の罰ですか?」
「わたくし今まで忘れていたのよ。ソールたちのこと。ソールたちのことを忘れて幸せになろうとしたから罰が当たったのよ」
アデルが顔をあげると、リリーがはっとした顔をしていた。
「……姫さま。思い出したのですか?」
「あの頃はきっといつの日かソールが迎えに来てくれるって信じていたの。でも何度も春が通り過ぎる度にそんなことはないって失望して、そのうち期待しなくなった。だけどそれじゃいけなかったんだわ。信じてあの古城で待っているべきだったんだわ」
「姫さま。もう遠い日の出来事なのですよ。待っていても訪れるのは遠い記憶だけ。なにも助けに来てはくれません」
「分かってる。自分を救い出してくれる方なんてそうそういない。訪れるのは試練ばかりよ。わたくしが何をしたと言うの……!」
世の中の理不尽さに憤りを感じたら、涙が頬を伝っていた。悔し涙があふれて来て、わああ。と、声を張りあげていた。涙があふれてきて収まりそうにない。
「リリー……!」
「大丈夫ですよ。姫さまは何も悪くありませんから」
リリーの背中を撫でる手が温かかった。
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