第29話・お忍び外出


 ナネットの絶縁宣言が利いたせいか、陛下の訪れがなくなって早くも三カ月が過ぎていた。女官たちは何事もなかったようなふりをして、アデルの傷心に気遣ってくれているようだ。

 アデルも陛下とのことは、人前ではもうふっ切れた様なふりはしていたが、それでも何かの会話の折に、ソラルダットの事が出てくれば気にしないわけにはいかなかった。

 そんなある日のこと。ナネットが突然、アデルの部屋に入ってくるなり言った。


「王女殿下。お芝居はお好きですか?」

「好きよ。リスバーナでもよく下街に出て、旅の劇団が春のお祭りにやって来ると、芝居小屋を見にいったもの」

「それなら良かったですわ。いま王都ではお祭りが開かれていて、芝居の一団がやってきてるそうですわ。良かったらお出かけしては如何ですか?」

「いいの? 行って来ても?」

「もちろんですわ。別に王女殿下が離宮にずっといなくてはならない理由なんてありませんから。着替えていってらっしゃいまし。リリーを連れて」


 ナネットは、気分転換にリリーを連れて城下にいってらっしゃいと言っていた。アデルがここの所、塞ぎこんでいるのに気が付いていたらしい。


「さあ。お召し物は明るくミモザ色のドレスにしましょうか? 御髪は結いあげましょうかね?」

「ありがとう。ナネット。そうだわ。お願いがあるの。いいかしら?」


 あることを思いついたアデルは、顔を輝かせた。




「久しぶりねぇ。リリー。こうして出歩くのも」

「ええ。懐かしいですね。姫さま」

「リリー。ここでは姫さまはなしよ。わたくしは単なる商家の娘、トゥーラよ」


 数時間後、アデルはリリーやハロルドと一緒に、王都カロルに来ていた。ナネットにお願いしたのはお忍び外出だった。

 王女として出かけると、警固や周囲の者達に気を遣わせてしまって、自分が楽しめそうにないので、一国民として目立たずに出かけたい。と、言ったらハロルドが同行を申し出てくれた。

 途中まで馬車出来たので、王都の外れの森に馬車を待たせている。その森の先には小高い丘があって、レイディア城の姿を見つけた時には、心のなかが少し疼いたのだが、優しい同行者たちはそのことには触れないでいてくれた。


「ではお嬢さまがた。参りましょうか?」


 従僕きどりのハロルドは使用人服で、アデルたちの一歩後を付いて来る。アデルはこの国の商家の娘にあわせ、ひざ丈のワンピースを着ていた。生なりにピンクや黄色の小花が描かれている花柄のワンピースで、ウエストを同じ柄のリボンで縛っている。

 足もとはお気に入りの編み込みのブーツ。髪は編み込んで横に流しひとつにまとめていた。隣を歩くリリーも似たような装いで、アデルの友人という設定だ。

 王都はお祭りということもあって活気に満ち、あちらこちらで屋台が出て、少年少女の売り子たちが呼び込みを行っていた。


「そこのお兄さん。お連れのお嬢さんにおひとつお花はいかが?」

「りんご飴。ぶどう飴。チューリップ飴はいかがすかぁ?」

「いらっしゃい。いらっしゃい。うちの焼き鳥は王都一うまいよ」

「サブレはいかが~ お土産にも評判の王都サブレだよぉ」

「海鮮ピザ。海鮮ピザはどうだい。ただ今焼き立て。ほっかほかだよ」

「野菜のおやきもあるよ。お薦めはレンコン金平おやき。美味しいよ」

「牡蠣の燻製もうまいよ。いけるよ」

「王都ビールは飲んだかい? 最高だよ。一杯どうぞ」

「イカの口。食べたことあるかい。つまみにお薦めだよ」

「オムレツ。カツレツ。カレーライス。なんでもうちの食堂はなんでもそろってるよ。今なら二階席にご案内できま~す」

「うちにはイカの姿焼き。たこ焼き。鯛焼き。なんでもあるよぉ。へぇ、こんなのはイカじゃない? たこが入ってない? クレームかい?

 何言ってんだぁ。鯛焼きに鯛が入ってたためしがあるかい。ならたこ焼きも、たこの形してれば問題はないだろうが? うちはなんでも焼き屋だ。蛸が入ったたこ焼き喰いたいんなら、他あたっとくれ」


 なんだか物騒な客引きもいそうだが、売り子達の声や屋台から漂って来る美味しそうな匂いに誘われて、客が寄って行く。


「大概売り子は子供たちなのね」

「彼らは屋台の売り込みや、客引きを手伝って主からお駄賃をもらうんです。それで彼らも他の屋台を見に行ったりして楽しんでますよ」

「そう。お手伝いをして、そのお金でお祭りを子供たちも楽しめるのね。なんだかリスバーナを思い出すわ」


 ハロルドの説明に、アデルは眼を輝かせた。幼い頃、自分も下街にいって屋台の売り子を手伝い、お駄賃をもらったことがある。そのお駄賃でりんご飴を買うのがアデルの楽しみだった。

 リスバーナ北国よりも規模の大きな王都カロル。大きな都市を持つ国の子も、極寒の地にある国の子供もお楽しみに違いはないようだ。


「さすがはアルカシア大陸一の、王都カロルね。なんでもある」


 マクルナ国は大国だけあって、海沿いや山沿いの町から商人たちが集まってくる。食材も豊富なのを感じる。アデルは美味しそうな匂いに、辺りを見回しているとお腹が派手に鳴り響いた。

 隣のリリーが肩をゆらして笑っている。ハロルドを伺うと彼は一歩後ろにさがっていたので気が付いてないようだ。リリーをちらりと睨むと取りなすように聞いてきた。


「何か召しあがりますか?」

「そうね。どれも美味しそうだけどチューリップ飴なんて珍しくない?」

「じゃあ、お二人ともそこで待ってて下さい。俺が買ってきます」


 ハロルドは屋台が並ぶ道の先に円形に広がる中央広場の、噴水の脇のベンチにアデルたちを座らせて、りんご飴の屋台の方へと向かって行った。

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