第27話・揺れる気持ち


(傷つけてしまった… 泣いていただろうか?)


 傷心のアデルが女官たちに連れ去られるのを、黙って見送る事しか出来なかったソラルダットにトリアムが非難するような目を向けて来た。


「今回の件は私も王女殿下に同情致しますが、今後はどうなさるおつもりですか?」

「どうしたんだ? なにかあったのか? 今もの凄い形相で女官たちが歩いていたぞ。話しかけたらえらい怖い目で凄まれた。女は怒らせたら怖いからなぁ。なにかやらかしたのか? トリアム?」


 事情を知らないハロルドが、今しがたすれ違った女官たちの態度がおかしかったと言って、東屋で立ちつくしているソラルダット達を見つけて話かけて来る。トリアムはソラルダットの隣でため息をついていた。


「それだったらまだ良かったんですけどね。彼女たちの地雷を踏んだのは陛下です」

「陛下? またなんで?」

「王女殿下に添い遂げるつもりはないと断言されたからですよ」


 トリアムの説明を聞いて、大体のことが想像できたのだろう。ハロルドは額に手をのせ天を仰ぐ。

 トリアムは乳母ナネット仕込みの深い忠義者。ハロルドはそんなトリアムの従兄にしてナネットの甥だ。ふたりともソラルダットに忠誠を誓っているが、このことに関しては、ソラルダットを甘やかしてはくれないようだ。


「またなんでそんなことを言ったんだ? 陛下」

「気持ちは偽れない」


 ハロルドに探る様な目を向けられて、正直に話せば呆れる様な声が返って来た。


「まだ気がつかないのか? 案外鈍いんだな」

「ほんとに朴念仁ですよね」


 トリアムも頷く。ソラルダットは自分の知らないことを、ふたりが共通認識してるようで面白くなかった。


「ちょっと待て。ふたりともなんの話をしている。余の気持ちにケチをつけるな」

「くだらない妄想にとらわれているだけだろう? あんたの立場はなんだ? 俺には今のあんたは結婚に怖気づいてしまってるようにしか見えないね」

「なんとでもいえ。余の気持ちはそなたらには分からないさ」


 ハロルドたちとは長い付き合いだ。気心が知れていることもあり、他の臣下の目がない所では遠慮のない物言いを許していた。


「ああ。分かろうとも思わないね。じゃあ、なんであの姫さま連れてきた? あちらの国が差し出して来たからか? 違うだろ? 本当は駐屯地で本人に会った時に断るはずだったんだからな」

「それは……」


 リスバーナ北国の王女は噂とは違って、可憐で愛らしい少女だった。噂どおりの王女殿下だったなら、悪口を並べ立ててベールをわざとめくって嫌われる予定だったのに、あてが外れた。あの場で突き返すには惜しい存在に思われたのだ。


「いい加減気持ちを認めろ。あの姫さまに好意はあるんだろ?」

「認めないこともない。だが神の身前で跪く相手はすでに決まっている。他の女性では有り得ないんだ」

「頑固だなぁ。そこはお前が譲れない部分か? ならあのお姫さまをどうしたいんだ?」


 ハロルドが言い寄る。どうにもならない現実に、ソラルダットは苛立ちを覚えた。


「王女を前にすると心が揺れる。彼女さえよければいつまでも側に置いておきたいと願ってしまうほどに。愛らし過ぎて選べないんだ」

「分かった。お前の気持ちは、心に決めた女とあのお姫さまとの間で揺れてると言いたいんだな?」


 ハロルドの指摘で、ソラルダットは自分の気持ちに気が付いた。


(そうなのか。王女を手放す事が出来ないということは、幼い彼女を思う兄のような気持ちでいたが、余は王女を異性として見ているのか?)


 ソラルダットの表情の変化を感じ取ったらしいハロルドが、


「厄介だな。答えはすぐそこにあるのに。よく考えろ」


 と、ポンポンと気安く肩を叩いて来た。これはお前の宿題だと言うように。

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