第26話・頼もしい女官軍団

 落胆を覚えるアデルに、ソラルダットは衝撃の告白をした。


「あなたにはいつか話さねばならないと思っていた。実は余には心に決めた女性がいる。あなたとは添い遂げられない」


(やっぱり。そうだったの)


 心のどこかで予想していたが、実際に耳に聞かされるのでは衝撃の度合いが違う。


「あなたには本当に申し訳ないと思っている。マクルナ国まで連れてきてしまったが余の心は偽れない。国の為を思って余の下に嫁ぐ覚悟をしたあなたには酷な話だが、もしあなたさえ良ければ、この離宮にいつまでも留まってもらって構わない」

「わたくしは……」


 離宮に来てから、結婚のことなど関係なくこのままの生活が出来たらそれはそれで構わないと思っていたが、いざ当の本人から自分との結婚は考えてない。と、告げられてしまっては、一国の王女としても立つ瀬がなかった。


「済まない。あなたには一生をかけてお詫びしなければならないと思っている。あなたはまだ十四だ。今すぐ結婚に走らなくともこの先、余よりも相応しい男性が現れるだろう。その時が来たら余が相手の男性との仲を取り持っても良いと考えている」


 目の前で話しているソラルダットの声が、遠く聞こえる。アデルは立ってるのがやっとの思いでその場にいた。ソラルダットの決意はかたい。この先、アデルに惹かれる可能性は絶対にない。と拒絶していた。


「本当に申し訳ない」


 段々と目の前で起こっている事が悪夢のように思えてきて、自分の耳が借りもののようにさえ思って来る。マクルナ国王の求めに応じて、人質のように送られて来た自分がいらなくなった?


(今後、どうしたらいいの?)


 謝る国王になんと応えたらいいのかすら分からなかった。茫然とするアデルの耳を打つように薔薇園から声が上がった。ナネットだった。


「陛下! 見損ないました。私のお育て申し上げた陛下が。こんなお粗末な人間になり下がったとは。あなたさまにはガッカリですよぉ!」


 そうだ。そうだ。と、連呼するように、薔薇園のあちらこちらから女官たちが立ちあがる。彼女たちの腕には小さな花籠が下がっていた。それを見てアデルは泣けてきた。

 彼女たちはソラルダットがそろそろ告白して、婚姻の運びになるのではないかと満を持して待ち構えていたのだ。二人の気持ちが最高に盛り上がった瞬間に、花篭から花を撒いて「おめでとうございます」と、登場する予定だったのに違いない。

 さっきのアデルがそら耳かもしれないと思った声は彼女たちの応援で、薔薇園に隠れて見守っていてくれたのだ。


(それがこんな形になるなんて…)


 アデルも他の女官たちも想像のつかない展開の運びとなっていた。


「今まで女性との噂が立ったこともなく、もしや女性には興味ないのかと思ってましたが、今回リスバーナ北国から王女殿下を連れられてきて、将来をお考えになられているのだと思っていました。それなのにあなたは女性をなんだと思ってるのですか? 恥を知りなさい!」


 ナネットの憤りにつられて、他の女官も耐えきれない様に口々に言った。


「陛下の今の発言はひどいです。王女殿下がお可哀そうです!」

「王女殿下に失礼です。お謝り下さいましっ」

「陛下。陛下は王女殿下を弄ばれたのですか!」

「釣った魚にえさを与えないだなんて人でなし!」

「陛下の卑怯者! ろくでなし!」

「女性の敵!」

「疑惑の総合デパート!」

「我々の期待と感動と労費を返せ!」

「税金ドロボー!」

「引っ込めぇ!」


 ののしる発言がどんどん酷くなってゆく。アデルは青ざめた。最後の方は聞くに堪えない言葉まで飛び出した。このままでは国王に対して不敬を問われ、皆が処分されかねない。女官たちを、アデルはおさめようとした。


「あの。皆さん。思う所は多々あると思うのですが、まずは怒りをおさめて……」


 アデルが女官たちの方へと進み出ると、わあ。と、女官たちに取り巻かれた。


「王女殿下。ご安心ください。私たちは皆、殿下のお味方ですから。こんな人でなし陛下など放っておいて、あちらへ参りましょう。ささ。こちらへ」


 ナネット以下皆が、その場からアデルを連れ出そうとした。


「あの。皆さん、落ち着いて……」


 皆に連れ去られようとするアデルの目に映ったものは、ナネットが左手を腰に置いて、右手を頭上から大きく振りかざし、ソラルダットの顔の前にビシッと指を付きつけた場面だった。


「あなたさまとは絶縁致します。もう二度と金輪際、この離宮には顔を見せないで下さいまし。王女殿下にはもう二度と近付けさせません。私たちが殿下をお守り致します。さあ。お帰りを」


(ああ。なんと頼もしい)


 でもこれでいいのか?

 アデルには判断がつかなかった。

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