第25話・もどかしい関係

 内心ため息をつくアデルの前では、女官たちが新緑の季節に合わせたオレンジ色のテーブルクロスの上に、生ハムとレタスを挟んだサンドイッチや、蒸し鶏のオリーブソース添え、赤や黄色や緑の細切れにした野菜と豆のゼリー寄せ、帆立てと葉物野菜のクリーム煮。と、色とりどりの料理を並べてゆく。そこへトリアムが、ワインを運んで来た。それを見たソラルダットは断った。


「余はいらない。この後、まだ政務が残っている」

「そうですか。陛下はいつも嗜むくらいには飲まれていると思うのですが?」


 アデルのもとを訪れて会食するソラルダットは、ワイングラス一杯くらいは飲む方だ。それをいらないというなんて珍しいとトリアムは反応した。


「今日は、王女殿下に重要な話があってきたのだ。お酒に飲まれてしまっては大事な話も出来ないからな」

「そうですか。ならばお水の方がよろしいですね」


 アデルは十四歳設定なので当然、お酒は用意されていない。この国もリスバーナと同じく飲酒は二十歳からのようで、アデルのあと半年で本当は飲酒出来る年なのに。と、いう声は心の中で呟くだけにする。


「おおっ」


 なぜか茂みの方で、歓声のような雄たけびのようなものが聞こえたが、アデルの気のせいだったらしい。不思議な声の出所を探してキョロキョロしていたアデルに、トリアムが取りなすように言った。


「どうぞ。お召しあがり下さいませ。歓談がすすみやすい様に食後はお茶をお持ちしましょう」


 トリアムは一礼し、女官を連れて去って行く。アデルは心もとない気がして来た。ソラルダット王と二人きり。でも会話は弾まない。緊張は強いられるばかり。

 アデルなりに気が付いたことがある。ソラルダット王はアデルと二人きりになるのはどうも苦手のようだ。


(他に誰かいれば色々話してくれるのに。どうして? わたくしとふたりだと気づまりなのかしら?) 


「頑張れ~」


 会話もなく黙々と食事をしているのが淋しく思われて来た頃、どこかからそんな声が届いた気がした。隣のソラルダットを伺えば、平然と食事をしている。今の声はアデルのみに聞こえてきたものらしい。


(わたくしのそら耳みたい。ソラルダット陛下に相手にされてないことが分かって、よっぽどこたえてるのね)


 しょんぼりと食事を進めてると、ソラルダットが気にかけてくれる。


「今日は食事のペースが遅いようだが、あなたはどこか気分でも悪いのか?」

「いいえ。大丈夫です。ちょっと考えごとをしてたので」


(どうしてそこで優しくしてくるの。そんなこと言われたら勘違いしてしまうのに)


 俯きかけたアデルの機嫌を取るように、ソラルダットが言った。


「そうか。では食後に余自らお茶を入れようか」

「陛下がわたくしの為にお茶を入れて下さるのですか? 楽しみですわ」

「だから食事を済ませてしまうがいい。余がお茶を入れる機会は滅多にないからな。貴重だぞ」


 ソラルダットの言葉が優しすぎて辛い。アデルはどうにか笑みを浮かべて頷いた。

 トリアムがお盆でお茶のセットを運んでくると、ソラルダットはポットに茶葉を入れてお湯を注ぎ、十分に茶葉をむらしてカップに中身を注いだ。その手つきは淀みがなく、トリアムやハロルドにも劣らない風味のお茶が、アデルの前のカップに注がれた。


「女官長ナネットのお墨付きだ。味はそう悪くないと思うが?」

「美味しいですわ」


 アデルに自分の入れた紅茶を進めておきながら、評価は気になるらしい。アデルがお茶を飲むのを用心深く見守ったソラルダットは、アデルの反応に気を良くしたらしい。


「ナネットにはこの国一番の味だと褒められた」


 ナネットも褒めていたが、確かにソラルダットの入れたお茶は美味しかった。ハロルドやトリアムにも入れてもらった紅茶とはまた違った風合いで、同じ茶葉とは思えないほど入れ方に違いがあると感じさせられた。


「同じ茶葉なのに入れる人によって味が違うなんて」

「余のは少しコツがあるのだ」

「そのコツを教えて頂けませんか?」


 興味に駆られてソラルダットに微笑みかけると、ソラルダットは度を失ったように言葉を濁らせた。


「それは…… またの機会に」

「そうですか。残念ですわ。じゃあ。またこうしてお茶を入れて頂けますか?」

「……機会があればそのうちに」


(ほらまた。近付いたと思ったのに)


 ソラルダットはアデルに対して、一線を引いて来る。それがもどかしくてならない。こちらが近付けば近付くほどソラルダットは、距離をとるのだ。


(近付けない)

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