第24話・会話がすすまない


「ナネットの行動力は凄いわね。迫力があるというか、清々しいほど迷いがないわね」

「猪突猛進なだけですよ。周りが見えてないだけです」


 アデルが感心して言うと、トリアムがとんでもないと否定する。それでもナネットの意欲はアデルにはすごいことに思われる。


「でもなかなかない人材よね。マクルナ王国には良い人材が揃ってるように思うわ」

「それはお褒めの言葉に預かり光栄だな」


 ベランダの方から声がして、アデルは驚いた。


(へ。陛下。また。またなの?)


「陛下。玄関はあちらですよ。殿下の部屋に踏み込んで来るなんて失礼にあたりますよ」


 トリアムが注意する。レディーの部屋にいきなり窓から入って来るとは何事だと、品行方正な侍従長は指摘した。


「済まない。急いで来たんだ。それぐらい見逃してくれ。トリアム」


 ソラルダットが一人外からベランダ越しに入って来た。アデルの部屋は一階の南側にあり、窓は開いたままになっていた。そこからふらりとソラルダットは入室してきた。


「いつも陛下の登場には驚かされますわ。今日もおひとりでいらっしゃいましたのね?」

「ああ。とりまき連中がいると、あなたとはゆっくり会話できそうにないからな」


 ソラルダットは離宮を訪れる際、必ず一人でやって来た。供の一人でもいた方がいいのではないかと言うアデルに、色々面倒なのだ。と、言っていた。それにここに来れば、近衛騎士団もいるので身の危険はないと言われてしまえば、アデルもそれ以上、何も言えなかった。


「今日は薔薇のドレスか。あの時のドレスなのだね。よく似あってるよ」

「ありがとうございます」


 ソラルダットはレイディア城に行った時に、このドレスをアデルが着ていたことを覚えてくれていたようだ。アデルの髪に挿した生花にも気が付いてくれた。


「あの時は造花だったが、今日は生花の薔薇か。あの時より数倍いい」

「陛下も今日のベルベットのお召し物がよくお似合いです。ミッドナイトブルーなんて初めて目にしましたわ。素敵です」

「そんなに褒めないでくれ。あなたに言われるとなんだか照れる」


 ソラルダットが、トリアムに助けを求める様に目を泳がす。アデルはそんな彼の行動が実際の年齢よりも幼く見えて、くすくす笑った。


「ミッドナイトブルーは、別名真夜中の青とも呼ばれてますが、我が国自慢の特殊染色技術で生み出した色ですからね。王が着るのに相応しい色です」


 トリアムが説明をしてくれる。アデルもミッドナイトブルーという色は知っていても、その色を実際に着る物に映し出すのは難しい工程があって、リスバーナ北国では無理だと思われていた。それがこのマクルナ王国でこうして目にすることが出来るなんて思ってもみなかった。


「幻の青とリスバーナでは言われてましたわ。素晴らしい技術ですのね」


 アデルはしみじみ思った。この国に来てから驚きの連続である。やはり極寒の地で他国との交流が閉ざされたような地と、流通で経済が潤っている国との栄え方は大きく違う。マクルナ王国はこれからも発展してゆく国だと感心した。


(すごいわ。あのミッドナイトブルーが衣服になって存在してるなんて)


「まあ。なんてなめらかな。手触りも素敵」

「王女。ちょっと。待った。止めてくれ。くすぐったい」


 ソラルダットに近付いて、彼の上着に手を伸ばすと、彼は身をよじった。


「あら。すみません。つい……」


 ミッドナイトブルーの手触りが気になって、つい、撫で回してしまっていた。その結果、服越しとはいえ、成人男性の体を撫でまわしていたことに気が付いて、自分のしでかした行動が今更ながら恥かしく思えてきた。


(ひゃああ。またやってしまったわ)


 どうもソラルダットの側にいると落ち着かない。


「申し訳ありませんでした」


 赤面するアデルの手を、ソラルダットが優しく包み込んだ。


「このミットナイトブルーのベルベットが気に入ったのなら、今度あなたにも同じ素材でドレスを作らせよう」

「よろしいのですか? わあ。嬉しい。ありがとうございます。陛下」


 アデルが感謝すると、ふたりの様子を見ていたトリアムが促してきた。


「陛下。本日は天候も良いので東屋の方にお食事の御用意がしてあります。王女殿下と薔薇園を愛でながらお散歩でも如何ですか?」

「では遠慮なくそうさせてもらおうか。ここには薔薇の精がいるし、案内して頂こう」


 ソラルダットは、アデルの手を引いてバルコニーから庭へ出た。玄関から回るつもりはないらしい。朝から玄関掃除に精を出してくれていた女官チームに、心の中で詫びながらアデルは東屋へと陛下をご案内した。

 薔薇園の中央に八角形に白木が組まれた東屋が存在する。ひさしには葡萄棚が出来ていて、蔦がはっていた。これからもっと陽気が暑くなってくると葡萄が実をつけるのだろう。


「ようこそお越し下さいました。陛下。こちらへどうぞ」


 ここまで来る間にいくつか話をして来たが、ソラルダットはアデルと二人きりとなるとどこか上の空で自分から話そうとしなくなるので、もっぱら話題の提供者はアデルの役割となっていた。


(なんか気乗りしない感じがするのよね。この会食自体、ご本人は望まれておいでではないのかも)


 ソラルダットを中央の席に座らせると、ややそこから拳二個分の空白をつくってアデルは隣に座った。


「リスバーナにも薔薇園はありましたけど、ここほど大きくありませんでした。見事な薔薇園ですわね」

「単純に広いだけだが、あなたが気に入ってくれるのならそれでいい」


 と、アデルが会話を振れば、ソラルダットはそっけなく話を切ってしまう。


(会話が進まないのよねぇ)

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