第23話・てごわい女官軍団
その日から時々、政務の合間をぬってソラルダットが訪れる様になった。アデルは単純に未来の夫になるかもしれない相手と、交流の時間が持てるのを喜んでいたが、周囲は2人の仲のさらなる進展を望んでいる様で、ソラルダットが来る日は離宮では本人よりも女官たちが朝から気合いを入れまくり、一大イベントさながらの盛り上がりを見せていた。
着替えの済んだアデルが、トリアム侍従長に入れてもらった紅茶を有り難く頂いてると、突如、ナネットの気合いの入った号令が始まった。
「整列っ。点呼始め!」
「いち! に! さん! しーぃ! ごお! ろく! しーち! はーち! きゅう! じゅう! じゅういち! じゅうに! じゅうさん! じゅうし! じゅうご! じゅうろく! じゅうしち! じゅうは……」
女官たちが声を張り上げる。それは軍兵のような勢いがあった。ドアひとつ隔てた廊下側で見られる光景である。
「今日も皆、気合いが入ってるわね」
「段々と激しさを増す一方で参りますよ」
アデルが恒例となりつつあるドアの方を伺うと、トリアムがぼやく。そこでは軍隊よろしく一列に居並んだ女官たちが、女官長のナネットに報告を始めるのだ。
「担当チームごとに報告始めっ」
「女官長さまにご報告申し上げます! 食器担当チーム終わりましたぁ。グラスもお皿もカップも全てぴっかぴかに磨き終わりました!」
女官たちは幾つかのチームに分かれて行動していて、その中でチーム代表のリーダーが報告してるようだ。リーダーたちは報告のある順から一歩前に出て詳細を告げ、終わると一歩下がって他のリーダーの報告を聞いていた。
「よおし。次っ」
確認をとるナネットの声にも、妙な小節が利いている。
「東屋担当チーム終わりましたぁ。テーブルも椅子のセッテイング。一寸の狂いなく終了です!」
「よおし。次っ」
「食事セッテング担当チーム終わりましたぁ。お食事の手配、食後のお茶にお菓子の手配、厨房との連絡終了致しましたぁ!」
「手抜かりはないな?」
「はい。侍従長にも確認済みであります!」
「よおし。次っ」
「衣装担当チーム終わりましたぁ。ご本人様お着替え終了で待機しておられます!」
(それはきっとわたくしのことよね)
トリアムと目が合う。
「申しわけありません。後で女官長にはきつく言っておきますので」
「あら。構わないわ。みんな楽しそうに取り組んでいるみたいだし、このことで女官たちから苦情でも上がってるの?」
母親の暴走に皆を付き合わせてしまい申しわけありません。と、トリアムに謝られたが、ナネットの暴走は、今に始まったことではない。彼女が良かれと思ったことは、すぐに実践されてしまうので、息子のトリアムにしても母親相手では分が悪そうだ。
トリアムが注意したところでおさまるようにも思えないので、害がないうちは傍観していても大丈夫だろうとアデルは結論づけた。
「それが…… なぜかまったく上がって来ないのです。みな女官長を恐れているのか、私に言っても無駄だと思ってるのかは分かりませんが」
「じゃあ、問題ないのよ。みんな嬉々として仕事を楽しんでる様だし、わたくしたちの出る幕はないんじゃないかしら?」
「殿下がお気になされないようでしたら、このまま経緯を見守る事に致します」
生真面目なトリアムの言葉にアデルは肯いて了承した。ドア一枚向こうの世界は、みな活気に満ちていた。
「清掃担当チーム終わりましたぁ。玄関も窓もトイレも完璧です。陛下が使用される際に不浄の匂いが残らない様に、芳香剤も完璧であります!」
(確か陛下とは今日は東屋でお茶するだけなのに、皆大変なのね)
女官たちの報告を聞いてると、頭が下がる思いのアデルである。
「よおし。次っ」
「お庭担当チーム終わりましたぁ。庭木の剪定も庭師にお願い済みです。手折っても薔薇の花に肌を傷つけられることはないそうであります! 花籠も準備致しました!」
(あら。最後の報告の声はリリーみたいだけど。それにしても剪定って? 手折るって? 花籠って何に使うのかしら?)
なんだろうと思っているアデルの耳に、ナネットの労(ねぎら)いの声が飛び込んできた。
「よおし。皆よくやった。皆の行動はいつの日か成果に現われる。それを信じて我々は突き進むのみ。では今日も一日死力を尽くして頑張ろう。エイエイオーっ」
「エイエイオーっ」
「では各持ち場に戻れ。解散っ」
終わったようである。アデルはトリアムと顔を見合わせた。しかし彼女たちの仕事は死力を尽くすほどのものなのだろうか? 仕えてもらっている側としては分からない世界だが、女官たちの仕事もなかなかに大変そうではある。
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