第22話・さばよみは辛いです

 ソラルダットはアデルの快諾に童心に帰った様な表情を浮かべ、アデルの手を握って外に連れ出した。予定では案内係となるはずだったアデルだが、ソラルダットに逆に案内され色々と教えてもらうことになった。

 離宮の前は、赤や黄色や白やピンク等のチューリップが色とりどりに咲き乱れ、蝶や蜂が蜜を求めて飛んでいた。


「ここのチューリップは一万株ある。チューリップはマクルナ王国の特産品の一つでもあるんだ。マクルナ国内のさまざまな品種と掛け合わせて作ったものばかりで、なかには食用のチューリップもある」

「まあ。こんなに愛らしい花が食用に?」

「ああ。生で食べられるのもあるが、一番のお薦めは加工品だ。チューリップの花の花弁を煮つめてジャムにした物や、茎ごと干して干し菓子にした物、花を散らして固めたゼリーもある。それを国内だけではなく、国外に輸出している。いつもあなたが食しているスコーンにもジャムは添えられている」

「あの飴色のジャムが? 林檎かなにか果実のジャムだと思ってました。とても美味しかったです」 


(食時に出て来るスコーンのジャムが、チューリップで出来てるなんて知らなかった)


「だからチューリップはマクルナ国の国花なんですね? ナネットから聞きました」


 アデルは純粋な興味につられて言った言葉だったが、その言葉にソラルダットが笑みを消した。


「王女はこの国に付いて何か聞いてるだろうか?」

「詳しくは存じ上げないですわ。知ってるのは新興国で軍事大国だということぐらいでしょうか」


 女官長のナネットから教わったところによると、マクルナ王国はもともと王という者は象徴として存在するのみで何の権限も持たされず、各領主が自分の所領を増やすことに躍起になり、領主たちは領民に重税を課し自分達は贅沢に溺れきった生活を行っていた。

 領政や警備の事など、なんでもお金を払って能力のある者にまかし、自分達は贅沢に着飾り、毎晩豪勢な食事で宴会や夜会を繰り返した。


 そんなある日、某領主の下で傭兵として雇われていた一団が、領民と組んで反乱を起こした。これが後にマクルナ国の領主国全てを掌握し、アルカシア大陸の覇王を生みだすきっかけとなった統一戦争だ。

 この戦争で傭兵の隊長だった男が、王族の娘と婚姻して正式にマクルナ国王となった。それがソラルダットの祖父だと聞いていた。


「祖父の時代、雇われ傭兵の遠征の食糧としてもっとも重宝したのが、食用のチューリップの球根で、それを干して食したり蒸したり焼いたりして当時の領民たちは飢えを忍んだらしい。祖父がこの花を国花に指定したのは、そのことを忘れず次代に繋いでいく意味もあるのだろうと思う」

「先人の方々が残した教訓でもあるのですね。わたくしたちは平和な生活のなかにあってそのことを忘れがちですけど」


 ソラルダットの説明を聞いてもっともだと思ったアデルは頷く。ソラルダットはアデルの反応を満足したように見て、懐からある物を取り出して見せた。


「これをナネットから受け取った」

「そ。それは……」


 アデルが刺繍したハンカチだ。裾の方に真っ赤なチューリップの花弁と、それを挟むようにして左にソラルダットのイニシャルのS、右には反転させたSを刺繍していた。

 はじめナネットはアデルの名前を右側に入れてはどうかと言ったが、まだソラルダットの正式な妻でもなく、交流すらとれてない状態で彼の持ち物に刺繍するのはおこがましいと遠慮したのだ。


「ありがとう。大事に使わせてもらっている」

「それは良かったですわ」


 ソラルダットから礼を言われて、失礼には思われなかったようでアデルは安堵した。


「余にもこのチューリップは大事な花なのだ。これを見るまですっかり忘れていた」

「素敵な花ですものね。わたくしも好きです」

「なぜだろう? あなたには初めて会った気がしないのだ」

「そうですか? どなたか陛下の知人がわたくしに似ているのでしょうか?」


 アデルをソラルダットが見返す。黒い瞳がアデルの瞳を探るように見つめていた。


「そうかもしれぬ。誰だかはすぐに思いだせぬのだが。それが気になる」

「どこかで会った気がするようなお方って、時間が経つと思いだしたりしますわよね。ふとなにかのきっかけで思いだしたりしますけど。分からないままだとモヤッとした変な気持ちになりませんか? そのままにしてると気になって仕方ないものですよね?」

「その通りだ。あなたは十四歳の割に聡明なのだな。こうして話をしていると余より十一も年下のはずなのに、同じ世代のように感じられるから不思議だ」


 ソラルダットの言葉に、アデルはまたやってしまった。と、内心ひやっとした。


(わたくしにどだい十四歳なんて無理な設定なのよ。誰よ。わたくしにトゥーラの身がわりをさせようともちかけたのは。五つもさばよみするなんて辛すぎる~)


 アデルは心の中で国許のトンスラ宰相を思い出し毒付いた。ソラルダットが黙ってしまったアデルを気にかけてくれる。


「どうかしたのかな? 王女。黙ってしまわれて?」

「あ。いえ。その。そんなに老けて見えるのかしら? と、思いまして」


 苦笑するアデルに、ソラルダットは不思議そうに言った。


「いいや。あなたは外見は年相応の十四歳に見えるが? 愛らしくて物おじしない所も愛嬌があって可愛らしいと思う」

「そうですか」


 年相応と言われても、本当はもうじき二十歳になるアデルにとっては微妙な褒め言葉だ。それだけ見た目が幼いということだろうか? アデルがため息をつくのを見て、ソラルダットは訂正した。


「ああ。いや。見た目の割にしっかりしていると感心したのだ」

「見た目の割に?」 

「その。年齢の割に…… かな。すまない」


 墓穴を掘りつつあることに気が付いて、ソラルダットは両手を上げて観念した。


「そろそろ日が傾く。なかに入ろう」


 ソラルダットと話していたら思ったよりも時間が過ぎていたようだ。頭上にあったはずの太陽が、西の空へと転がっていた。夕日を浴びたソラルダットが微笑んで手を差し出して来る。アデルはその姿に誰かの面影を見たような気がしながらも、その手に自分の手を重ねた。

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