第13話・せっかく上ったのに?
自分の前に長く伸びる赤い絨毯。それは自分たちのいる場所から長く尾を引いて、花嫁の到着を寿ぐように、白を基調とした荘厳な王城の階段へと続いている。
(なんて高い。数多いわね)
アデルは階段の数の多さにため息を付きたくなった。ソラルダットの手前、それが出来ずに我慢するしかない。
「八十八段ある。上るのがきつい様なら……」
「いいえ。大丈夫です。こうして陛下が手を引いて下さるなら上がれますから」
アデルの心を読んだようにソラルダットが言う。アデルは首を振った。登れないなどと言ったなら、ソラルダットに抱き上げられそうだ。それだけは年頃の娘として避けたい気がする。もし、自分が重くてソラルダットが持ち上げられなかったら、恥かしい思いをしそうだ。
アデルが断ると、ソラルダットが残念そうな顔をした気がしたが、アデルは構わず階段に足をかけた。それでも傍で支える気になったらしく、一歩一歩踏みしめて歩くアデルの歩調に合わせて歩いてくれた。階段をドレスで歩くのにはいつもヒヤヒヤする。ドレスの裾は踏みそうになるし、裾に気をとらわれ過ぎると、階段に躓きそうになるからだ。王族の者として階段で転ぶなんて外聞も悪い。
(はああ。なんとか登り切ったわ。やったわ)
顔は平静を装っていても、背中に変な汗をかきながら最上階にたどり着いたアデルは、無事に障害を乗り切って、笑みを浮かべた。階段の数は多かったが上りきった後の気持ちは達成感があって、やりきった自分には拍手を送りたくなった。付き合ってくれたソラルダットにも感謝である。
並び立つソラルダットに目をやれば、八十八段の階段を登りきったというのに、息を切らすこともなく、何事もなかったかのように平然とした顔をしていた。そういえばアデルに手を貸して上ってる間にも、彼はなんでもないような顔をしていた気がする。男性と女性の体の違いだろうか?
最上階にたどり着いてアデルの目に映ったのは、そこに居並ぶマクルナ国王の重鎮たちの姿だった。みなリスバーナ北国の重鎮たちよりも年は若く、体軀のいい男たちが揃っていた。
「陛下。お帰りなさいませ」
なかでも年嵩で列の先頭に立っていた事から、他のものより地位が高いと思われる男が皆を代表して進み出た。背はソラルダットほど高くなく黒髪は短く刈っていて、一重の瞳には強い眼力が感じられる。厳めしい顔つきの中年男性だ。
「うむ。エンデル。余の留守中、みな変わりはなかったか?」
「はい。こちらは退屈するほど何もありませんでしたよ。陛下こそしばらく会わないうちに、身の周りが急に華やかになられたようで。わざわざご婦人を伴って、長い階段を登らずともスロープがありましたものを」
エンゲルは、自分の主が連れて来た女性に関心を抱いた様で、アデルと目が合うと笑いかけてきた。アデルが微笑み返すと目尻を下げ、威圧を感じさせる雰囲気がさらに和らいだ。見た目と違って性格はきつくなさそうだ。
「スロープ?」
聞きなれない言葉に耳を疑うと、ソラルダットが説明してくれる。
「我が国では傾斜のことをスロープと言っている。我が城には階段の裏側に、なだらかな傾斜があって、階段を登るのが辛いご婦人方や、御高齢の方々にはそちらを使ってもらっている。そなたにもそのことを伝えようとしたのだが……」
「じゃあ、あの言葉は」
(なんてこと。じゃあ、さきほど言いかけたのはそれだったと言うの?)
アデルは、勘違いした自分の迂闊さに赤面した。
階段を前にしてソラルダットが言った、上がるのが辛ければ…の後にスロープもあると言いかけたのを、彼が自分を抱き上げてくれるものと思い込んでいたのだ。
(いやああ。恥かし過ぎる。まるでわたくしがそう望んでたみたいだわ)
耳まで赤くなったアデルを、おかしそうに見ていたエンデルが聞いてくる。
「こちらがかの有名な……」
「エンデル。リスバーナ北国王女殿下だ。失礼のないようにな」
「は。承知しました」
「頼んでおいた離宮の用意は出来てるか?」
「はい。すでに用意してあります」
エンデルは気安い態度から、主に対する臣下の態度のそれへと変えた。
「では。王女殿下をすぐに案内して差し上げてくれ。すぐに馬車の用意を」
「御意」
ソラルダットは名残惜しそうにアデルから離れると、エンデルに馬車の用意を告げた。
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