第12話・ようこそレイディア城へ

 アデルが深いため息をついたとき、馬車が止まった。いよいよ最終目的地のレイディア城についたようだ。マクルナ国王の居城で、ここがアデルにとって新しい生活の場となる。ドアが外側から開かれて相手が顔を覗かせた時、アデルは凝視した。まさかソルトダット王自ら、ドアを開けてくれるとは思ってもみなかったからだ。


「陛下」

「ようこそ。トゥーラ王女。レイディア城へ」


 ソラルダットが手を差しのべてきて、アデルは戸惑う。その後ろでは近衛隊隊長のハロルドが苦笑いを浮かべていた。


「陛下。私の仕事が無くなってしまうのですが…」

「許せ。つい、な」


 ハロルドの発言から、本当は彼がドアを開けてくれるはずだったのだろうと推測したアデルは、ソラルダットの手を受け取ったほうが良さそうだ。と、判断した。


(でも驚きだわ。どうして急に?)


 この三日間、行動を共にしてきたソラルダットは、アデルに対して一線を引いた態度を崩さなかった。かといって冷たくされていたわけではなく、すぐに打ち解けたハロルドとは違って、皆と一緒に居る時はよく会話も振ってくれるが、古風な考えの持ち主なのか、婚姻前の自分達が急接近するのをよく思わないようで、二人きりになるのを避けて、宿泊する為に寄った宿でも、寝る時も寝室は別でアデルに触れてくることはなく、手を握る様なことさえなかった。こうして自分から傍に来るようなことはなかったのだ。

 ソラルダットは馬車から下りてきたアデルを熟視した。


「これは驚きだ。移動中の装いも年相応に見えて愛らしかったが、今のあなたは成人女性だと言っても通るくらいに見える。綺麗だ」

「ありがとうございます。これはお気に入りのドレスなのです」


(今は理由あって十四才のふりしてますけど、実際の年齢はもうじき成人ですから)


 心のうちで言い訳して、ソラルダットから差し出された手を取り、アデルはにっこり微笑んで見せた。

 初日に花嫁衣装で馬車に乗り込んだアデルだったが、白は汚れが目立つし、装飾が多いドレスだと長時間の馬車移動には邪魔と考えて、駐屯地で休憩をとった後、古城で良く着ていた外出着には少し劣るが、庶民の娘を真似た機能性のよい、丈の短いドレスに着替えていた。それに編みあげの長いブーツを履いて歩きまわってたら、初めは

「深窓の王女さまも市井の民の様な格好を着られるのですか?」

 と、驚く近衛兵たちもいたが、そのうち「可愛い」と評判になりすぐに好意的に受け入れられていた。


 だが今日は本拠地につくと知り、最後の休憩地点でリリーに手伝ってもらって、今の薔薇色のドレスに着替えていた。髪も結いあげて造花の薔薇を挿している。その隣に黒地に金糸の薔薇が刺繍されたマントを羽織ったソラルダットが並ぶと、意図してふたり申し合せたような形に見えるかもしれないが。


「薔薇の花の精のようだ。美しい」


 庶民の娘の服を着たそなたは、愛らしかったが、今のドレス姿も綺麗でよく似あっている。と、言葉すくなに褒められて悪い気がしないアデルは、隣に立つソルトダットを見上げた。この三日間、黒の衣装が定番のソラルダットは見慣れたと思っていたが、引き締まった体に一部の隙もないほど黒の衣服はとてもよく似あっていて、整った顔立ちに麗しさも備えていた。


(見目よい御方だとは思っていたけど、こんなに素敵なお方だった?)


「あなたさまも凛々しさが伝わって来て、眩しいくらいですわ」


 思わず見惚れたアデルに彼は微笑んで、アデルの手に唇を押しあてた。


(………!)


 ソラルダットの不意打ちの行動に、言葉もなく頭の中が真っ白になったアデルだったが、その隙に腰に彼の手が回されていて、急な変化に付いていけない心臓が悲鳴を上げる。バクバクと鼓動が激しく鳴りだした。


(こんなことをされる御方だったの? 今までのことは演技だったの?)


「さあ。行こう。足もとに気をつけて」 


 腰に回された腕や、重ねた手からソラルダットの温もりが伝わって来る。視線も近過ぎる気がして気が休まらない。相手の息が近く感じられるほど、抱き寄せられている気がしないでもないが、正面を見据えたアデルはそのことよりも、目の前の障害物の方に気が捕らわれていた。

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