第11話・嘘もつき通せばいつかは真実に

「姫さま。そろそろマクルナの王都、レイディアに入るそうですよ。起きて下さい」

「う…ん」


 馬車の揺れに身を任せてうとうとしていたアデルは、リリーが窓から顔を覗かせて、馬車の警備についている乗馬の兵と何やら会話しているのには気が付いていたが、いつの間にか寝入ってしまっていたらしい。

 一昨日、マクルナの駐屯地でハロルドと打ち解けてから、ハロルドを通してリリーは他の近衛兵にも紹介されたらしく、色々と親切にしてもらえてるようだ。それを見てアデルは安心して再び、目蓋を閉じようとした。


「姫さま。姫さま」


 向かいに座るリリーの声が聞こえてるのは分かってはいるが、眠たくてかなわない。原因はこの穏やかな日差し。リスバーナではまだ遠い小春日和がさんさんと窓から差し込んで来るのだ。ぼんやりとした思考の先で、リリーが愉しそうに窓から外を見ていた。

 リスバーナ北国からたった一人、アデルに付いて来てくれたのはリリーだ。なんでもそつなくこなすリリーが孤立するような事はないと信じてはいるが、マクルナ国は良く知らない国だ。


 近衛兵たちも敗戦国から送られてきた王女に対し、立場上低姿勢をとってはいるがその侍女まで親切にしてくれるとは限らない。少し不安もあったが、近衛隊隊長のハロルドがアデル達に気を配ってくれるせいもあってか、彼らはリリーに対しても親切にしてくれているようだ。陽だまりで微笑んでいるリリーが眩しく思える。


「姫さま」

「大丈夫。大丈夫。リリーなら…」


 アデルは口角を上げてにんまり笑った。


「寝ぼけていらっしゃるのですか? 姫さま。もうじきレイディア城に付きますよ」

「ええっ。もう? いつの間に王都に?」


 リリーの言葉に、冷や水を浴びせられたようにアデルは跳ね起きた。


「ぐっすりお休みでしたね。良い夢が見られましたか?」

「覚えてないわ。でも気持ち良かった……」


 両手で口元を押さえつつ、欠伸を噛み殺すと、リリーに笑われた。年頃のレディーらしくない行動だとは十分に自覚している。思わず居眠りしてしまっただなんて。慣れは恐ろしい。

 朝から駈けて来た馬車の揺れはだいぶ収まって来ていた。初日は乗りなれない馬車で、長時間揺られているのに退屈し苦痛も感じたが、ハロルド達が気遣って二時間置きに適度に休憩を入れてくれたのと、さすがに二日も経つと慣れてきたせいもあって、多少の揺れではびくともしなくなっていた。


 おかげで棺桶のような装甲性の馬車の中でちゃっかり昼寝が出来てしまったのだから。


 窓から外を見れば、煉瓦で彩られた街並みが続いていた。道のわきにはテントを張った屋台が並び、その前に人だかりが出来ていて、その人々を取り締まる様に、縄を持った警備の兵たちが立っているのが目に入った。


「なにかしら? あの人達。けっこう集まって来てるけど」


 アデルは、大勢の人々が何かを目的に集まって来てる様な印象を受けて、身を乗り出した。アデルの乗り込んだ馬車に向けて、花売りの少女たちが手にした籠から花びらをまいてくる。


「陛下。お帰りなさい!」

「ようこそ。リスバーナの王女殿下。マクルナ王国へ」


 窓から歓喜の声が入り込んで来た。リリーが様子を教えてくれる。


「姫さま。ご覧下さい。皆さま、姫さまの到着を心待ちにされていたようですよ」


 王都の市民の人々は、リスバーナ北国からやってきたアデルを歓迎していた。アデリーナを乗せた馬車の通る道の両脇に、人々の列が出来ていて、建物の所々では横断幕が下がり「リスバーナ北国王女歓迎」の文字が目に飛び込んできた。

それを見てアデルは複雑な思いに駆られた。


「歓迎してくれてるのは嬉しいけど、なんだか申し訳ないわね」

「姫さま」


(ごめんなさい。わたくしはトゥーラではないのに)


 この歓迎は本当はトゥーラが受けるべきものだ。自分はトゥーラの偽者。これからこの自分をトゥーラ王女だと信じ込んでいる、善良な国の民を騙して暮らしていかなくてはならないなんて。


「嘘をつくのがこんなに苦しいとは思わなかったわ」

「姫さま。嘘もつき通せばいつかは真実となりますわ」


 リリーの慰めに頭を切り替える。リスバーナ北国の民を救う為に、自分はトゥーラ王女となって嫁いで来たはず。マクルナ国民の思いにふれてこんなに簡単に、感情が揺るがされてしまうとは。このままではマクルナ国王のソラルダットを前にして平気でいられるか自信がなくなってしまう。

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