第10話・陛下には内緒でお願い致します

「そうだ。おふたりのお国の話を聞かせてくれませんか? 実は俺の父もリスバーナ出身なのです。訳あって今は離れて暮らしてますが」

「まあ。そうなの。あなたのお父さまがリスバーナの御方? お母さまはマクルナ王国のお方なのかしら?」


 ハロルドがリリーと握手を交わしてるのを見ていたアデルに気が付いて、話題を変えた。話題を変えた不自然さを感じながらも、アデルは、彼の父親がリスバーナ出身と知り、親近感がわいて来た。


 初対面の時にも感じたが、ハロルドはリスバーナと何かしらの関連がありそうに思っていたからだ。それなら容姿のことも納得できる。リスバーナ北国の民の大半は、リリーのような赤毛はまれだが、金髪か白金に灰色の瞳をしている。ハロルドの容姿はそれを如実に表していた。

 アデルは、王族特有の金髪をしていたが、良く見れば従妹のトゥーラよりも明るい蜜色をしている。そのことはあまり知られていない事実だ。


「母方の祖父がこの国の商人でして、仕事でリスバーナ北国を訪れた時に、同行した母を父が見染めたようです」


 ハロルドの両親は恋愛結婚なのだと知れた。リスバーナ北国の民は、王族や貴族と違って自分が見染めた相手と添い遂げると聞いている。珍しいことではない。


「素敵なお話ね。でもリスバーナは極寒の地ですから、マクルナ国出身のお母様には、寒さが険しく思われたのではないかしら?」

「まあ、初めのうちは環境や習性に慣れるのに、時間がかかったようですが、物珍しさもあってすぐに慣れたようです」

「そんな物珍しい要素なんてあったかしら? ねぇ。リリー?」

「そうですね。他国のひとに興味を持ってもらえるとしたら、バイカン湖の神渡りとか、冥界洞窟か、スワン温泉でしょうか?」


 アデルの問いに、リリーはリスバーナの珍しい名所を上げる。どれもアデルにとっては懐かしい場所だ。幼馴染達と仲よくかけ回った思い出が浮かんできた。


「そうそう。その冥界洞窟。鍾乳洞ですよね? 母は初めて見た時大変驚いたそうです。氷の剣みたいなものが沢山足もとから伸びていて、天井からも下がってたので、頭上に落ちて来ないかと思ってヒヤヒヤしたと言ってました」

「確かに初めて見たら大変驚くと思うわ。わたくしも6才の時に初めて見てびっくりして泣きだしたことがあったもの」


 アデルは自分の住んでいた古城近くにあった鍾乳洞を思い出していた。そこは初めてできた友達ハルに教えてもらった場所だ。それからはリリーと二人の秘密の場所になり、大人たちの説教や自分達にとって都合の悪いことをやり過ごす為に、そこで時間をつぶしたりするようになっていた。


「わたくし達はよく鍾乳洞の中で遊んだのよ。冬は寒風が吹いていてもなかは温かかったし、夏はひんやりしてとても涼しかったから」

「へぇ。意外ですね。トゥーラ王女陛下は、それはそれは王に大事にされていて、王城から一歩も出たことがないものと思ってました」


 ハロルドの指摘に、自分がトゥーラに成り変ってることを忘れそうになっていたアデルは、慌てて言い変えた。


「もちろん王城の皆には内緒でこっそり出かけていたのよ。見つかったらお母さまから大目玉でしたもの。ね。リリー?」

「ええ。あの頃は楽しかったですわね。大人達に見つかるとお叱りを受けましたが」


 つい、ハロルドがリスバーナ北国とも縁があると知って、気を許して饒舌になっていたようだ。


(危ない。危ない。リリーが話を合わせてくれたから良かったけど)


 アデルは、警告の視線を向けてくるリリーに、分かっていると片目をつぶって見せた。

 ハロルドの父がリスバーナ出身ということは、ハロルドもトゥーラについて何かしら知ってる可能性があるということだ。

 王族の者は滅多に王城から姿を現わさないし、リスバーナの民とは直接に顔を合わせたりしないものなので、民はお触れがきや絵姿でしか王族の動向や姿を知ることが出来ないが、そのなかでアデルは違った。

 古城に幽閉されていた時、気軽に城を抜け出して民と気安く接していたので、もしハロルドがどこかでその場面を見ていたとしたら、アデルがトゥーラではないとばれる可能性が大きい。アデルは気を引き締めることにした。


「トゥーラさまは見た目によらず、案外お転婆なんですね。ますます興味が湧いてきましたよ」

「嫌ですわ。ハロルドさま。お恥ずかしい。陛下には内緒にしておいて下さいね」


 アデルは口元に人差し指を当てて、お願いした。その行動は、十四歳の少女にしてはぶりっこし過ぎただろうか? ハロルドは、凝視していた。


「どうしてですか? 隠す事はないですよ。可愛らしいエピソードではないですか」

「そんな。幼い時のころですからご勘弁を」

「トゥーラさまに懇願されては仕方ありませんね。ではこのことは我々の間の秘密ということで」

「そうして頂けると嬉しいわ」


 アデルは両手を組んで頼むと、ハロルドは快く請け負ってくれた。


「承知致しました」


 ハロルドが了承してくれたことで、アデルは胸を撫で下ろした。ハロルドはアデルの心情を慮ったわけではないだろうが、真剣な顔をして言う。


「姫さま。大丈夫ですよ。私はあなたさまの味方ですから」

「ハロルドさま?」


 その言葉の真意を問おうとしたアデルに、彼はソファーから立ち上がった。


「ではそろそろ戻らないと。陛下にどこで油を売ってたのかと、お叱りを受ける事になりそうですから。出立は一刻ほど後になると思うのでゆっくりなさってください」

「ありがとうございました」


 退出するハロルドを見送ろうとしたアデルだったが、


「姫さま。お気遣いなく。どうぞそのままで。それと私に敬称はいりません。どうぞハロルドとお呼び下さい」

「分かりましたわ。ハロルド。ありがとう」


 これからアデルはマクルナ王妃となる身。自分のことは臣下として扱い下さいと言うハロルドに、アデルは頷いた。ハロルドはそれを見て満足したように、空いた食器を持って部屋を出てゆく。その後にリリーが続いた。


「ハロルド。もうひとつの籠は私が持ちますわ」

「そうかい。じゃあ、お願いしようか」


 ふたり仲良く並んで退出するのを微笑ましく思い、アデルは見送った。

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